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悠真は、ひとり少し離れた場所で拳を見つめていた。
朝の光がわずかに差し込み、手の甲を照らす。
皮膚の下で、淡い光が脈動しているのが見えた。
それは魔力でも異能でもない。
もっと根源的な、“理そのもの”の反応。
(……魔王を倒した、だと? 寝てる間に、か?)
頭の中でノヴァの言葉が反響する。
(……けど、そのせいで俺の“身体能力上昇”が常識外れになっている。
あの時、知らないうちに向こうの理を取り込んだ……と考えると、腑に落ちる部分もある。)
拳を軽く握りしめる。
空気が揺らぎ、ほんの一瞬だけ周囲の音が消えた。
ただ力を込めただけで、世界が応える。
――それが恐ろしくもあり、どこか懐かしい感覚でもあった。
背後から、グレンデルが声をかける。
「……で、もしお前の仮説が当たってるなら、これからどうする?」
悠真はゆっくりと拳を下ろし、淡く笑った。
「簡単だろ。“倒せば強くなる”って理ができたなら――世界が戦場になる。」
短く息を吐いた凛が、静かに言葉を返す。
「……そんな世界、誰も望んでないのに。」
風が吹いた。
ゲート上空の雲が裂け、微かな光が街を照らす。
悠真はその光を見上げながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
「だからこそ……俺が止める。」
夜がゆっくりと明けていく。
冷たい風が頬を撫で、灰色だった空が少しずつ薄橙に染まりはじめた。
新宿ゲートの上空――そこに浮かぶ不気味な光はどこかで生きているように微かに脈動していた。
まるで世界そのものが、呼吸を整えているかのように。
悠真が空を見上げながら、静かに言った。
「そもそも門から異世界のモンスターが溢れていた。これからは、それをどうするか考えなければいけないな。」
凛は隣で腕を組み、薄く目を細める。
「……ええ。モンスターの強さもきちんと調査しなければならないし、
もし“討伐で強くなる”ことが本当なのであれば――世界が一変するわ。」
小さく息を吐き、ため息まじりに付け加える。
「これからのことを考えると、頭が痛いわね……」
朝日の光が二人の影を長く伸ばす。
静寂を切り裂くように、遠くの街で警報音が響いた。
「――異常波動、再観測。観測層、再活性化の兆候あり!」
報告の声が無線を通じて一斉に流れる。
凛が振り向くよりも早く、悠真はもう歩き出していた。
ゲートの方へ、ゆっくりと。
「……まだ閉じてねぇのか。」
誤字報告感謝いたします。修正しました。




