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早朝――。
新宿ゲート上空に、かすかな残光が揺れていた。
地上では、封鎖線の奥で各国の十支族たちが静かに立ち並んでいる。
報告会の翌朝。まだ一般開放前の時間帯。
都市の喧騒も届かない、ただ魔力の風だけが流れる空間だった。
風のないはずの空気が、微かに脈を打っている。
まるで大地そのものが呼吸しているかのようだった。
アシュベルが、軽く手をかざして言った。
「……魔力の流れが、昨日と違うんだ。」
「澄んでるネ。いつもより軽い……」
凛は静かに目を閉じ、呼吸を整えた。
息を吸うたびに、体の中に透明な熱が通っていく。
「……感覚が、異様に研ぎ澄まされてる。まるで、今までの私は私じゃなかったみたいに。」
カリムが地面に手を当て、低く呟いた。
「私もそうだ。昨日の撤退後から体の調子も能力の調子もいい。」
「確実にあの門のせいだろうな。」
レオン・グレンデルが腕を組み、肩越しに皆を見渡す。
「要するに、俺たち全員が同じ“違和感”を感じてるってことだ。」
言葉の先、空の彼方でゲートの光が一度だけ脈を打つ。
その波紋が空気を震わせ、遠くのビルの影を淡く染めた。
「……世界の変化が始まっている。」
凛の言葉に、誰も否定する者はいなかった。
誰もが気づいていた。
沈黙を破ったのは、リーメイの一言だった。
「でも、どうして強くなったネ? 昨日までは、こんな感じじゃなかったのに。」
彼女の拳が、まだ小さく震えている。
力を抜いても、掌の奥で魔力が静かに脈打つ。
それは“活性”というより、何かが体の内に根を張ったような感覚だった。
凛が息を整え、低く答える。
「……“門”のせいかも。異世界と繋がり、あっちの世界のモンスターを倒しながら撤退した。そこ以外に考えにくいわね。」
彼女の声には確信が混じっていた。
あの戦闘の後、全員が感じた妙な高揚。
それが、ただの戦闘後のアドレナリンとは思えなかった。
アシュベルが腕を組み、思案するように呟く。
「ノヴァって奴が言ってたよな。悠真が“魔王を倒した”とかなんとか……」
その言葉に、全員の視線が自然と悠真に集まる。
彼は壁際に寄りかかり、静かに空を見上げていた。
リーメイが眉を寄せ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「まさか……“異世界のモンスターを倒す”と、力が上がるってのか……?」
カリムが目を細め、地面に手をついて気流を読む。
地脈の波が微かに変動していた。
「……あちらの世界では、物語やゲームのように――戦いのたびに力が増す世界なのかもしれない。それがこちらに流れ込んだということか。」
凛の瞳が細く光を捉える。
「もしそれが本当なら、あの“門”が繋がっている限り……世界は、変わり続ける。」
その声に、誰も軽い冗談を挟まなかった。
誰もが、体の奥底で確かに感じていた。
昨日までの“現実”が、音を立てて書き換えられていることを。
悠真は黙って、自分の手のひらを見つめた。
(本当に、そんな冗談みたいな話があるのか...?)




