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夜は、異様なほど静かだった。
報告会が終わって数時間。帝都探索学園の宿舎区は、まるで大都市の喧騒が遠い別世界の出来事であるかのように、沈黙に包まれていた。
街灯の明かりすら、どこか鈍く揺らめいて見える。
凛。
机の上に並べられた観測装置が、淡く青い光を放っていた。
その中央で、魔力の波形グラフが以前より僅かに上昇していた。
凛は眉をひそめ、端末を軽く叩く。
「……データ、上がっているわね。」
数値の誤差ではない。結界展開の反応速度も、体感で早まっている。
彼女は立ち上がり、窓の外を見やった。
夜空に、ぼんやりとゲート跡の残光が滲んでいる。
「結界の展開もしやすくなった気がするし……」
ひと呼吸置いて、ぽつりと呟く。
「夜の魔力濃度まで変わるなんて……世界のほうが、変わってるのかもね。」
アシュベル。
訓練用の杖を手に、彼は小規模な雷撃を放つ。
紫電が走り、空気を焦がした。
その威力に、自分でも驚いたように目を細める。
「……ふざけんなよ。出力を落としても、これか。」
もう一度、同じように撃つ。
抑えたはずの雷が壁を焦がし、火花が散った。
「まるで、底上げされたみてぇだな。」
呟きとともに、杖を握る手が小さく震える。
雷の熱ではなく、漠然とした違和感が腕を伝っていた。
リーメイ。
湯気の立つカップから、ほのかな香草の匂いが漂う。
彼女は両手でカップを包み込み、ゆっくりと息を吐いた。
そして、掌を見つめる。
「体が以前より動かしやすいアル……逆になれるのが大変ネ。」
指を軽く鳴らすと、地の魔力が一瞬だけ共鳴した。
彼女の感覚では、それは“地面の声”に近いものだった。
あまりに自然すぎて、逆に不気味だった。
――屋上。
夜風がビルの隙間を抜け、悠真の髪を揺らした。
眼下には、まだ完全には沈静化していない新宿ゲートの残光が、青白く脈打っている。
悠真は手すりに肘を置き、無言で街を見下ろしていた。
誰もいない夜の新宿。
静かだ。
……本当に、静かすぎる。
「……あの門、嫌な予感しかしないな。」
小さく息を吐き、拳を握る。
目を細め、その感覚を振り払うように夜空を見上げた。
そこには、まだ完全に消えきらない――異界の色が、薄く滲んでいた。




