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新宿ゲートの地表は、まだ煙の匂いが残っていた。
地上へ戻った悠真たちは、封鎖区域のテントへと運ばれていく。
ギルドの医療班が慌ただしく動き、彼らの魔力値と身体データを測定していた。
白い蛍光灯の下、金属音と魔力検査機の低い唸りが混ざり合う。
「……異常値なし、っと。いや……」
検査官の手が止まった。
「全員、基準値より2〜3%上昇……どういうことだ?」
隣の簡易ベッドで、リーメイが腕を回す。
「……気のせい? 拳、前より重かった気がするアル。」
手のひらを開くと、微かに光がにじんだ。
いつもより魔力の制御がスムーズだ――体が“勝手に反応している”ような感覚。
アシュベルは自分の掌に静電気を走らせ、眉をひそめた。
「俺もだ。雷撃の反応が半拍早い。体の中の流れが違う。」
静かな呟きに、凛がうなずく。
「……疲労はあるのに、感覚が澄んでる……」
テントの外では、救助隊の通信音が断続的に響く。
「新宿ゲート内部、魔力波確認継続中――」
「封鎖ライン、再設定急げ!」
悠真は少し離れた場所で、包帯を巻かれながら静かに空を見上げた。
夜空の向こう、ゲートのあった空域がうっすらと赤く染まっている。
風が吹くたびに、あの“門”の気配がまだ息づいているのを感じた。
(……門の余波か……? それとも...)
拳を握ると、骨の奥からわずかな“脈動”を感じた。
自分の力が、ほんの少し――“強くなっている”。
「……気のせい、じゃなさそうだな。」
――ブリーフィングルーム。
壁面いっぱいのスクリーンに、淡いノイズ混じりの映像が流れていた。
光柱、崩壊、そして“門”。
数時間前の地獄が、無機質なモニターの上で繰り返されている。
司会のギルド官僚が、硬い声で報告を続けた。
「……これが、今回の第十五層での記録映像です。
異世界個体との接触を確認。門状の魔力構造体の出現――および通信干渉を伴う異常波形。」
部屋の空気は張りつめていた。
悠真たちは医療検査を終えたばかり。
傷は浅く、魔力値も安定――そのはずだった。
だが、誰もがどこか落ち着かない。
凛が腕を組み、スクリーンに映る光柱を見上げる。
「……ここ。中心の部分。まるで誰かが“扉”を開いてるみたい。」
アシュベルが眉をひそめた。
「誰か、じゃねぇ。異世界とか言ってた連中の仕業だろう。」
リーメイが頷き、静かに言う。
「悠真のことも知っていたみたいアル。あの声...」
悠真は答えず、ただ映像を見つめていた。
モニターの中で、自分が拳を振るう瞬間――その周囲に、何かが確かに反応していた気がする。
(……まだ、終わってない。)
会議の終盤。
ギルドの責任者が重く口を開く。
「各国はそれぞれ異界対策部隊を再編中です。今夜中に封鎖線を再設定します。」
篠原先生が、それに続いた。
「学生組は今日のうちに休め。データはすべてこちらで解析する。」
その声にも、どこか焦りが滲む。
アシュベルが椅子にもたれ、深く息を吐いた。
「……休めって言われても、体がまだ戦闘モードだ。」
「同じネ。力の加減が分からなくなりそう。」
凛が小さく首を振った。
「……疲労はあるのに、魔力の循環が落ち着かないの。」
彼女の言葉に、誰もが一瞬黙る。
悠真は椅子に座ったまま、自分の手を見下ろした。
拳を軽く握ると、関節がきしむ音の代わりに――
小さな“光の粒”が、指先からふっと散った。
それはすぐに消えたが、確かに存在していた。
ブリーフィングが終わり、部屋の照明が落ちる。
他の面々が退出していく中、悠真は最後に立ち上がり、もう一度、自分の手を見つめた。
光は、もう何もない。
だが、感覚は確かに残っていた。
「……やっぱり、何か変わってる。」
誰に聞かせるでもない独白が、薄暗い室内に消えていった。




