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 ――最初に聞こえたのは、地の底が軋むような低い唸りだった。

 振動が壁を伝い、崩れかけた石片がぱらぱらと落ちていく。

 観測層の奥、黒ずんだ壁面に刻まれた魔法陣が、ひとつ、またひとつと淡い光を帯び始めた。

 リーメイが息を呑む。

 「……あの文字、動いてる……? 再起動してるネ。」

 刻印の列がゆっくりと蠢き、光の線が連鎖的に走っていく。

 崩壊した壁が呼吸を始めたかのように明滅し、古代の異世界語が再構成されていく。

 その文様は、まるで意志を持っているかのようだった。

 凛が魔力計測端末を覗き込み、眉をひそめる。

 「この層、さっきより明るい……魔力濃度が上がってる。」

 端末の数値は限界値を超え、エラーを示す赤ランプが瞬き続ける。

 アーサー・シルヴァが壁に手を当てた。

 「違う、これは“外”へ流れてる……まるでエネルギーが逃げてるみたいだ。」

 凛が振り返る。

 「外って……どこに?」

 悠真は周囲の光の流れを目で追いながら、短く息を吐いた。

 「……まさか、出口を作ろうとしてるのか。」

 その言葉と同時に、空気がひときわ重くなる。

 地面の下から響く脈動――それは、まるで世界そのものが動き出したような音だった。

 地鳴りがさらに深く沈み込み、空間全体が低く唸った。

 次の瞬間、観測層の中心――崩れた床の裂け目から、光が噴き上がる。

 まばゆい柱が天井まで突き抜け、崩壊した瓦礫の影を伸ばした。

 だがそれは、魔力の炎でも光でもない。

 粒子の流れが数字のように明滅し、情報そのものが上昇しているように見えた。

 空気の中を、無数の文字列と演算式が浮かび上がっては消える。

 リーメイが目を見開く。

 「これ、通信の光じゃないネ……!」

 凛が端末を操作するが、画面の座標値が狂ったように点滅する。

 「座標…か…?」

 数値は止まることなく更新を繰り返し、地上座標も異界座標も認識できない。

 まるで、この層そのものが「場所」ではなくなっていくようだった。

 悠真は光柱に照らされながら、ゆっくりと周囲の壁を見回した。

 そこに浮かぶ魔法式のひとつが、ふと目に留まる。

 淡い銀色で刻まれた文字――

 「……これ、異世界ってやつの文字か?」

 指先でなぞると、文字列が淡く震え、応えるように光を返した。

 悠真の表情がわずかに強張る。

 「――繋がってるのは、ここか?!」

 その瞬間、光柱が一層激しく脈動し、白い閃光が天井を突き抜け十五層全体を貫く。

 上層へ向かう光は直線ではなく、螺旋を描きながら広がり――次の瞬間、空間そのものが裏返った。


 アシュベルが息を呑む。

 「空間が……裏返ってる……!?」

 視界が反転する。

 床が空になり、天井が地となり、上下の概念が崩壊していく。

 まるで世界そのものがページをめくるように、別の層へと折り畳まれていく感覚。

 カリムが低く呟く。

 「いや……これは境界だ。

  世界と世界の“壁”が――めくれ上がっている。」

 空間の継ぎ目から黒い霧が溢れ、そこに“異界の風”が混ざった。

 凛が魔力計を見つめ、顔色を変える。

 「上昇エネルギー……!? これ、地上にまで届く――!」

 光柱は止まらない。

 まるで“地上”を探すように、上へ上へと貫通していく。

 衝撃波が遅れて押し寄せ、観測層全体が軋んだ。


 ――同時刻、地上。帝都探索学園・ギルド管制室。

 「新宿ゲート反応――急上昇!」

 「封鎖層、再活性化しました!」

 オペレーターたちの声が重なり、モニターが一斉に点灯する。

 黒く塗りつぶされたゲートの映像が再び映し出され、中心には――

 地底から伸びる一本の光の柱。

 「……十五層からの反応です!」

 「観測限界を突破! エネルギー流出、臨界を越えています!」

 指揮官が青ざめた顔で叫ぶ。

 「遮断ラインを再構築しろ! ゲートが……開くぞ!!」

 その警告が響くと同時に、

 天井を突き抜けた光柱が、地上の空を割った。



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