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――最初に気づいたのは、ほんのわずかな風の揺らぎだった。
リーメイが首を傾げ、掌で空気の流れを感じ取る。
「……? 空気、動いてる。」
次の瞬間、足元の石床がかすかに震えた。
崩れた壁面の亀裂から、淡い光が滲み出している。
それは熱ではなく、魔力の逆流による光。
アーサー・シルヴァが即座に目を細めた。
「いや、これは……逆流だ。風が上に昇ってる。」
凛が反射的に顔を上げた。
「……下から?」
低く唸るような音が、通路の奥から響いてきた。
まるで、巨大な心臓が地の底で鼓動しているような重低音。
壁面の魔石が一斉に明滅し、通路全体を脈打つように照らし出した。
「魔力波形が狂ってる!」
カリムが腕の計測装置を叩く。
表示された数値が、桁違いの勢いで跳ね上がっていく。
「……観測限界突破。上昇傾向……いや、これは...」
アーサーが通路を見渡す。
崩れかけた床の文様――ダンジョンの生成時に刻まれた紋章が、
まるで呼吸をするように淡く光っていた。
リーメイが息をのむ。
「……生きてるみたいネ、ダンジョンが。」
凛は静かに言った。
「悠真……あなた、今、何をしてるの……?」
空気が震え、壁面の光が一斉に上へと走った。
まるで、地上に向かって何かが伝わっていくかのように。
地鳴りが一段と強くなる。
それに呼応するように、通路の床から光の線が走った。
白銀の閃光が蜘蛛の巣のように広がり、壁面を這い、天井へと昇っていく。
アーサーが目を細めた。
「……通路全体が、光の回路になっている。」
その瞬間、全員の体を異様な熱が貫いた。
魔力の流れが“外”から押し返される感覚。
普段なら自分の意思で制御できるはずの異能が、
まるで他者に触れられたように乱されていく。
「な……魔力制御が効かねぇ……!?」
グレンデルが咆哮のように声を上げた。
掌に炎を生じさせようとするが、火は逆流して腕に絡みつく。
皮膚が焼ける寸前で、彼は強引に制御を切った。
カリムが床に膝をつき、掌を当てて呟く。
「地そのものが共鳴してる。
これは自然現象じゃない……」
彼の足元では砂粒が勝手に浮き上がり、
砂嵐のように周囲を渦巻いては、すぐに消える。
「……っ、何これ、魔力が“書き換えられてる”?」
リーメイが自身の掌から放った光弾が、
半ばで別の軌道を描き、壁へと吸い込まれた。
その光を見つめながら、
ダリオが口の端を吊り上げた。
「まるで誰かが“書き換えてる”みたいだな。
この空間そのものを...」
アシュベルが眉をひそめ、雷光を抑え込みながら呟いた。
「……いや、“誰か”じゃない。
これは――」
天井の向こう――地上の方向に、
光の奔流が吸い込まれていくのが見えた。




