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――次の瞬間、視界が弾け、世界が歪んで戻る。
耳鳴りの中で、リーメイが息を荒げていた。
凛とアシュベル、そして他の各国代表たちが、ほぼ同時に崩れた通路へ倒れ込む。
「……っ、今の……何?」
凛が息を整え、周囲を見渡す。
そこは、確かに第十四層の構造――だが何かがおかしい。
通路の先が、まったく同じ景色に繋がっている。
壁のヒビ、床の傷、漂う魔力の匂いまで、完璧に“ループ”していた。
「進んでも……戻ってる?」
アーサー・シルヴァが手の光を伸ばし、前方を照らす。
光が反射して返るまでの時間が異常に短い。
「空間が、閉じてる...?」
リーメイが掌で空気を感じ取りながら眉をひそめる。
「……空気の流れ、全部同じネ。こっちも、こっちも……動いてない。」
凛は通信端末を起動した。
「こちら帝都探索学園、天城です。応答してください。本部、聞こえてたら応答を」
返答はない。
ただ、微かなノイズが端末の奥で鳴るだけ。
「悠真……聞こえる? どこにいるの?」
沈黙。
リーメイが不安げに首を振った。
「見当たらないネ…」
アシュベルは短く息を吐き、拳を握った。
「……あいつなら、大丈夫だろう。焦らず探すしかない。」
その声音には、焦燥よりも確信が混ざっていた。
ダリオ・エルナンデス(スペイン代表)が影の中から声をかける。
「だったら、俺たちは動くべきじゃないか? ここに留まっても、何も変わらねぇ。」
カリム・シャヒーン(サウジ代表)が腕を組む。
「だが出口もわからん。閉じた空間で、力任せに動けば潰されるだけだ。」
凛が目を伏せる。
「…とりあえず私達もここから抜け出さないといけないわね。」
「そうだな。とにかくこのままでは埒が明かない」
各国の代表が互いに視線を交わす。
ダリオが小さく笑い、肩をすくめた。
「こんなところで全滅なんて洒落にならねぇな。」
アーサーは軽くため息をつきながらも頷いた。
「同感だ。ただ、撤退するにしても出口を探すしかない状況だが。」
カリムが腰の武器を確認しながら言う。
「俺らも、いつ単独になるかわからん。
一度上層へ戻るルートを探しながら行動するべきだ。」
アシュベルはその言葉に、わずかに遅れて首を横に振った。
「撤退は……悠真を見つけてからだ。」
凛が小さく息を飲む。
「あなた、いつの間にそんな無茶を言う側に回ったの?」
「……あいつに負けてからだ。」
通路の奥――静寂の向こうで、何かが動いた音がした。
空間全体が一度だけ低く唸る。
リーメイが振り向き、拳を構える。
「……誰か、いるアル。」
凛が呼吸を整え、魔力を練る。
アシュベルが静かに言った。
「行こう――」
帝都探索学園・監視管制室。
壁一面を覆うモニター群が、ほぼ同時に暗転した。
「映像落ちました! 全チャンネル、ブラックです!」
別の職員が魔力計測装置を叩きながら叫んだ。
「センサー反応もゼロ……波形データが全部途切れました!」
モニターには、無数のエラーログが並んでいた。
【位置座標:不明】
【魔力観測:不能】
【通信波形:遮断】
「……まさか全層同時に? バックアップ回線は?」
「駄目です。サブ回線もノイズだらけで――」
「魔石通信も死んでます!」
部屋の空気が重く沈んだ。
モニターの明滅だけが、心臓の鼓動のように断続的に部屋を照らす。
「……ゼロ、か。」
職員がモニターの0の表示を指でなぞりながら、ゆっくりと言った。
「観測不能だが、それは逆に……生きてる証拠だ。」
職員たちが顔を見合わせる。
「死ねば、終端波が出る。
だが“ゼロ”は――まだ可能性がある。」
その言葉を境に、管制室の照明が一瞬だけ明滅した。
蛍光灯の光が青白く揺らぎ、
モニターのひとつにノイズ混じりの映像が再出現する。
ノイズの奥、わずかに人影が映った。
焦点の合わない映像の中で、背を向けた黒いシルエット。
その輪郭が、一瞬だけ――拳を握ったように見えた。
「……まさか、相原くんか?」
職員は立ち上がり、画面に歩み寄る。
だが、映像は次の瞬間には完全に消失した。
モニターの下には、ただひとつのログだけが残っていた。
【干渉波検知:上昇方向】
「……あのバカ、地上まで響かせる気か。」




