131
――異世界観測室。
蒼白い光が照らす円卓の中央で、巨大な転送核が低く唸りを上げている。
無数の魔術師が端末と魔法陣を見つめ、数字を読み上げていた。
「反応確認、対象コード“X”。理外波形、完全一致。」
「観測成功です! 理干渉率、七十六パーセントまで上昇!」
ノヴァ・ヴェルナーが目を細めた。
「……やはり存在していたか。ゼロは、まだ理の外で生きている。」
隣で若い研究員――セリス・アーデンが画面に手を当てる。
青白い魔法映像に、悠真の姿が映っていた。
「やはり、異世界人だったか……」
ノヴァは静かに頷いた。
「観測開始。記録を取れ。――理外個体の“反応”が始まる。」
同時に、悠真の足元の床が低く鳴り、空気が震えた。
黒い影が腕を上げる。
その動きは、悠真の模倣ではなく――攻撃の予備動作だった。
空間が軋んだ。
悠真がわずかに体勢を落としただけで、
周囲の空気が“質量”を持ったように歪んでいく。
黒い個体が、ゆっくりと腕を上げた。
次の瞬間、何の予備動作もなく空間が裂けた。
視覚も聴覚も置き去りにする速さで、
刃のような衝撃波が走る。
悠真はただ右腕を上げ、受け流す。
風も、音も、ない。
ただ、斬撃が彼の手の中で無かったことになる。
(……なるほどな。)
悠真が一歩踏み込む。拳が唸る。
だが、黒い影は殴られた瞬間――時間を巻き戻した。
拳が当たる“直前”の状態に世界が戻る。
空気の流れ、塵の位置まですべてが逆再生される。
悠真の拳が空を切った。
「……今の、戻ったな。」
目の前の個体は傷一つない。
確かに当たったはずの一撃が、取り消されている。
因果逆流――世界の記録を修復する防御。
それは、理を観測する存在にしかできない芸当だった。
悠真は肩を鳴らし、鼻で笑う。
「当たってるのに、壊れねぇな。」
黒い影の奥で、
無数の光線が走り、再計測が始まる。
「理外干渉、観測継続。修正を実行――」
悠真はその言葉を聞き流すように、拳を握り直した。
「足りねぇなら――」
足元の床がひび割れる。
「――干渉されてみろよ。」
世界が震えた。
一瞬。
時間も空間も意味を失うほどの衝撃。
悠真の拳が放たれた瞬間、
黒い空間全体が“裏返る”ように反転した。
結界の層が砕け、闇が白光に変わる。
異常個体の外殻が、音もなく弾け飛ぶ。
中から、黒ではなく――眩い“光”が溢れ出した。
それは血でも魔力でもなく、
観測の“データ”そのものが流出しているような、
虚無の光だった。
悠真は静かに拳を下ろした。
「……お前、観測する側だったんだな。
でもな――俺は、壊す側なんだよ。」
崩壊する光の中で、
黒い影が最後にかすかな言葉を残した。
「――理外……干渉、確認。」
その瞬間、空間がまた一度、裏返った。




