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 黒い膜を抜けた瞬間、

 視界が――解けた。

 上下の感覚がない。

 足場があるのに、立っているという確信が持てない。

 空間は揺れていた。

 呼吸をするたびに、壁がわずかに形を変え、床が波のようにうねる。

 篠原の声が通信越しに響いた。

 「こちら篠原、全チーム……映像、音声ともに乱れ――」

 そこまで言って、途切れる。

 凛が周囲を見渡す。

 「……構造、変わってる。さっきまで通路だったのに。」

 リーメイが慎重に壁へ手を伸ばす。

 その瞬間、金属質だったはずの表面が、滑らかな石に変化した。

 「……触れただけで素材が変わったネ。」

 「空間の情報が、更新されていく……」

 奥のほうで、ダリオ・エルナンデスが静かに笑った。

 「……“幻”じゃない。“現実”が...」

 その言葉に、グレンデルが苛立ちを隠せず吐き捨てる。

 「チッ……これ以上進むのは――」

 が、彼の言葉が途中で消えた。

 声が、空気の中に“飲み込まれた”ように途切れたのだ。

 振り返ると、グレンデルの輪郭が一瞬だけぼやけて――また戻る。

 悠真は無言で前に出た。

 拳を軽く握る。

 風も音もないのに、皮膚の奥で“何か”が軋むのを感じる。

  (……世界の理が、軋んでる。)

 背後で、凛の声が微かに届いた。

 「ゆ……ま……聞……こえ……?」

 通信ノイズ。

 声が遠ざかり、まるで水の底から呼ばれているように掠れていく。

 リーメイが焦ったように端末を叩く。

 「通信、完全に乱れてる! 映像が――!」

 だが、もう何も映っていなかった。

 悠真の目の前で、空間がひとつ、

 “書き換わるように” 歪んだ。


 「……篠原先生、応答を。」

 凛が通信端末を叩く。

 しかし、返ってくるのは白いノイズだけだった。

 「……聞こえない。」

 リーメイの声も、どこか掠れている。

 悠真が首をかしげ、周囲を見回した。

 空間の歪みが、さらに濃くなっていた。

 壁と天井の境界が溶け合い、色も形も、何も定まっていない。

 光が“そこにある”のに、照らすものが存在しない。

 音の反響も、匂いも、風さえ消えていた。

 アニルが一歩前に出て、低く呟く。

 「……ここは、どこなんだ。」

 彼の声が、異様に遠く感じる。

 まるで、別の場所から同時に響いているようだった。

 同じ頃、地上のギルド管制室。

 巨大モニターに並ぶ映像が、次々とフリーズしていく。

 篠原が椅子を蹴って立ち上がった。

 「……配信途絶。すべてのチャンネルが落ちた!」

 オペレーターが青ざめた顔で報告を続ける。

 「通信不能、魔力波観測ゼロ……! 数値が……消えています!」

 篠原は口を開けたまま、何も言えなかった。

 スクリーンのコメント欄が静止し、

 “LIVE”の赤文字だけが点滅している。

 「……配信も止まり、コメントももう流れなくなった……」

 その呟きが、管制室の誰にも届かなかった。

 ――その瞬間。

 悠真たちの周囲で、世界が“ひとつ呼吸した”。

 空気が膨らみ、圧縮され、

 視界が白く、次に真っ黒に染まる。

 意識が、一瞬だけ途切れた。

 再び視界が戻った時――

 悠真の周りには、誰もいなかった。

 凛も、リーメイも、他の十支族たちも。

 声も気配も、何ひとつ残っていない。

 ただ、黒い床と、ゆらぐ光。

 悠真はゆっくりと息を吸った。

  「……これは、まいったな。」

 空気が静まり返る。

 奥の闇が、まるで“こちらを見ている”ように、わずかに揺れた。



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