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第十三層の最奥。
崩れた岩盤の先には、本来あるはずの階段も、転移柱の痕跡もなかった。
代わりに、黒い“液状の空間”が、ゆるやかに波打っている。
光を反射しない闇。
だが、近づくとわずかに吸い込まれるような風が吹いていた。
篠原が端末を見つめ、眉間にしわを寄せた。
「ここが……第十四層の入り口、のはずだが……構造が一致しない。」
端末に表示されているマッピングデータは、すでに乱れている。
アニルが低く呟く。
「これは道ではない。空間そのものが、変質している。」
グレンデルが一歩前に出て、手をかざす。
炎が生まれる――はずだったが、熱が空気に溶けて消えた。
「チッ……燃えねぇ。」
凛が不安げに口を開いた。
「これ、行っても大丈夫なのかしら……」
悠真は腕を組みながら、黒い液面をじっと見つめる。
「撤退してもいい雰囲気ですね。」
篠原が即座に頷く。
「同感だ。観測装置がこれだけ乱れてるなら、一度戻――」
その言葉を遮るように、
アシュベルが一歩、闇に足を踏み入れた。
水面のような黒が、彼の足元で波紋を描く。
だが沈まない。
まるで下へ通じる膜のように、彼の体をゆっくり飲み込んでいく。
「……問題ない。」
彼の声が、少し遅れて響いた。
次いで、レオン・グレンデルが肩を回す。
「見物はもう十分だろ。行くぞ、アメリカ代表も通過だ。」
燃えない炎の代わりに、熱気だけを残して彼も踏み込む。
液面が一瞬、赤く光った。
リュシアン・アルヴェルデは静かに息を吐く。
「芸術は実験から生まれるものだ。理屈はあとでいい。」
氷を纏った足先で黒を踏み、微笑を浮かべた。
アーサー、ダリオ、アニル、カリム――
次々と十支族たちが進み、闇へと沈んでいく。
残されたのは、帝都探索学園チーム。
凛がわずかに息を呑み、
「……行くのね。」
悠真は一拍の沈黙のあと、短く笑った。
「こうなったら、順番を守らないと怒られそうだ。」
リーメイがため息をつきながら肩をすくめる。
「そういう時だけ真面目ネ。」
悠真は黒い膜の前に立ち、
振り返らずに言った。
「行こう。どうせ“普通”じゃないんだ。確かめる価値はある。」
次の瞬間、黒い空間が静かに開き、
三人の姿を、完全に飲み込んだ。




