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 アリーナの床一面に、魔法陣の光が幾重にも走っていた。

 結界修復班と工学科の生徒たちが慌ただしく動き回り、破壊された結界層を一つずつ再構築していく。

 壁の一部にはまだ焦げた痕跡が残り、天井の結晶板は半分ほど砕けたままだ。

 篠原教師は両手にタブレットを抱え、青ざめた顔で呟いた。

  「理論外の破壊力には理論外の修繕費がかかるんだぞ……!」

  「請求書、見た瞬間に胃が死ぬ……」

 魔法工学科の生徒が「この層、全部再展開ですか!?」と叫び、

 結界部のリーダーが「再展開どころか再設計だよ! 基盤の理が歪んでるんだ!」と返す。

 現場は、もはや小規模な戦場だった。

 その喧騒の中で、悠真は壁際のベンチに腰を下ろしていた。

 凛が資料ファイルを抱えてやってくる。

  「……一応聞くけど、反省してる?」

  「してるしてる。ほら、次はもうちょっと静かに壊す。」

  「それ、反省じゃなくて予告よ。」

  「予告でも誠実さはあるだろ?」

  「ないわ。」

 軽口を交わす二人の前を、補修班が駆け抜ける。

 天井の照明がちらつき、結界の光が波のように床を走った。


 凛は資料を閉じ、ゆっくりと息を吐く。

  「明日から、異常個体の第十三層より下の調査が本格開始よ。」

 悠真が顔を上げた。

  「下の層って……あそこ、封鎖されてただろ?」

  「ええ。異常魔石のエネルギー波が、また動いたみたい。」

  「……動いた?」

  「単純に言えば、生きてるみたいに反応してるらしいの。」

 悠真は顎に手を当て、しばし考え込む。

  「あれって、そんな生き物みたいなもんなのか?」

  「わからない。ただ、誰も触れないのに脈動してる。

   ……それだけで、十分に危険よ。」

  「気持ち悪いな。」

  「でも、あなたが行くから、ちょっと安心してる。」

  「壊す役があるから?」

  「そう。」

 凛はそう言って、わずかに笑った。

 光の反射で彼女の瞳が揺れ、悠真は視線をそらした。

  「……壊すだけなら、俺にもできる。」

  「ただ、魔石は回収しないといけないわ。それは壊さないでね。」

  「...ああ。」

  「頼むわよ。」

 アリーナの奥で、結界がひとつ修復される音が響いた。

 柔らかな光が空間を包み、埃が静かに舞い上がる。

 二人はその光の中で立ち上がった。

  「今回の調査も全力で行くぞ。」

  「せめて、壊す前に解析班を待ちなさい。」

  「努力はする。」

  「して。」


 そんな訓練区画の戦争をあとにし、最終的なブリーフィングが開催された。

 帝都探索学園の来賓ラウンジ――各国の十支族が集まる場所として特別に設けられた区画だ。

 卓上には冷えたミネラルウォーターと、資料の束。

 篠原教師が立ち、淡々と説明を続けていた。

  「封鎖区域第十三層付近は、現時点で安定を確認しております。

   各国チームは合同で調査に入り、異常個体の鎮圧を行う予定です。」

 その声が静かに響く。

 が、誰もメモを取る者はいなかった。

 この場に集うのは、既に“人の理”を超えた存在たち。

 彼らにとって報告書より重要なのは、

 「誰が動くのか」――ただそれだけだった。

 レオン・グレンデルが大きく背伸びをし、

 椅子の背もたれに体を預ける。

  「つまり、本番ってやつだな。

   ……燃えてきた。」

 彼の掌の上で、小さな炎が弾けた。

 それが室内の空気をわずかに温め、

 他国の代表たちの表情を照らす。

 リュシアン・アルヴェルデがそれを横目に、

 指先の水をひとしずく浮かせた。

 それは光を反射して、小さな虹を作る。

  「戦闘訓練というより、美術館の修復作業みたいね。

   触れた瞬間に全部壊れそうだもの。」

 アーサー・シルヴァは静かに微笑んだ。

  「学園が選ばれたのは偶然じゃない。

   理を超えた存在――あのEランクの少年がいるからだろう。」

  「Eランク、か。」

 レオンが笑う。

  「限界(End)のEだって話もある。」

 ダリオ・エルナンデスが椅子に深く腰を下ろし、

 影を弄びながら言葉を落とした。

  「理を壊す者が、理を測る石に触れる。

   ……興味深い実験だ。」

 黒い影が机の上で揺れ、グラスの形を歪める。

 窓際で黙っていたアニル・アザミが、

 ゆっくりと目を開けた。

 彼の瞳は静まり返った湖のようで、

 しかし底に何かを映している。

  「理を観測しようとすればするほど、理は壊れる。

   ……彼を中心に、世界は少しずつ歪み始めてる。」

 室内が一瞬、息を止めたように静まる。

 篠原は書類を胸に抱き、乾いた声で返した。

  「……観測対象は、あくまで異常個体と魔石です。

   彼は調査員の一人にすぎません。」

  「あぁ、そういう建前だったな。」

 レオンが肩をすくめ、炎を指で消した。

  「ま、誰が見ても主役はあのガキだ。」

 リュシアンがくすりと笑う。

  「舞台があれば、主役は勝手に立つものよ。

   観客が望む限り、ね。」

 外では、学園の鐘が静かに鳴っていた。

 夕陽が沈み、ラウンジの光が柔らかく変わる。

 それぞれの異能者たちは立ち上がり、

 沈黙のまま部屋を後にした。

 残された篠原だけが、窓際で呟く。

  「……理の外、か。

   胃薬、買っておくか。」



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