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爆発も閃光ももう消えていた。
結界の残骸がゆっくりと宙に漂い、砕けた光が雨のように降る。
誰も動かない。
ただ――世界の十支族たちが、同じ一点を見ていた。
悠真は、軽く息を吐いた。
「……ふぅ。思ったより頑丈だったな。」
「どこがよ。」
凛が呆れたように返す。
「結界、九層全部吹っ飛んだわよ。」
「あ、マジで? そっか……ごめん。」
「“そっか”じゃないのよ。」
そのやりとりに、観客席から小さく笑い声が漏れる。
最初に口を開いたのは、レオン・グレンデルだった。
「……ははっ。こりゃ一本取られたな。」
肩で笑いながら、両手を打ち鳴らす。
「理屈抜きの火力。いいじゃねぇか、Eランク!
久々に“勝ちたい”って思ったぞ。」
アシュベルが立ち上がり、悠真の方へ歩み寄る。
「全員の理を越えてみせろ――そう言ったが、まさか本当に越えるとはな。」
「……手加減したんだけど。」
「それが一番たちが悪い。」
二人の間に、一瞬だけ笑みが交わる。
競い合う者同士の笑みだ。
アーサー・シルヴァが光の残滓を手で掬い、
「屈折しない光……観測できない秩序。
君という存在、実に興味深い。」
「ほめてる?」
「もちろん。……科学的には、悪夢だがね。」
その隣で、リュシアン・アルヴェルデが微笑む。
「でも美しいわ。形を持たぬ力ほど、見る者を惹きつけるものはない。」
「あんた、褒めてるのか怖がってるのかどっち?」
「両方よ。芸術家はいつだって破壊に惹かれるもの。」
カリム・シャヒーンが拳を握り、砂を指の隙間から落とす。
「砂はすべてを包む。だが、お前は掴めなかった。
風のように、形を持たぬ力。」
「悪い。風、出してないけど。」
「だからだ。なおさら恐ろしい。」
セルゲイ・アレクサンドロフが短く息を吐く。
「……氷でも、止められなかった。
温度の問題ではない。世界の冷たさが違う。」
「あんた、詩人だったの?」
「たまに言われる。」
ダリオ・エルナンデスは黒い影を足元で転がしながら、
「闇が形を失った。君の中には影がないんだね。」
「いや、ちゃんと寝不足の隈あるけど。」
「そういう意味じゃないよ。」
「分かってるよ。」
静かに笑い合う二人。
どこか危うい、けれど不思議と穏やかな空気があった。
アニル・アザミが目を細め、
「……心を覗けなかった。
静かすぎる。“空白”のような心だ。」
「怒ってる?」
「いいや。むしろ、羨ましい。」
リーメイは腕を組みながら肩をすくめる。
「ほら、言ったでしょ。壊すのが得意ネ。」
「誉め言葉だよな?」
「もちろん。型がないのは、最高の型。」
彼女は少し笑って、凛に目を向けた。
「それにしても、よく隣にいられるわね。」
「慣れよ。」凛が平然と答える。
篠原が頭を抱えて、ぼそっと言った。
「……保険、全部降りないだろうな。」
「請求書、また天井コースね。」凛が溜息をつく。
悠真は頭をかきながら、
「……ごめん。直すの、手伝うよ。」
「物理的に壊した人が直すの、一番危険でしょ。」
ふと、観客席の空気がやわらぐ。
グレンデルが手を叩いた。
「よし、決まりだな! こいつが今回の看板だ!」
「は?」悠真が固まる。
「いやいや、世界のEランクだぜ? 見せもんにしないでどうする!」
篠原の悲鳴が遠くで上がる。
「やめろ! ニュースで炎上する!」
笑いが広がる。
そして――ほんの数秒間、誰もが同じ思いで沈黙した。
この空間に、“理を超える”存在がいる。
世界の理がひとつ軋み、
それを笑い飛ばせる者が、確かにここにいた。
悠真は肩をすくめて笑う。
「……ま、壊れたのが結界だけでよかったな。」
「あんた、ほんとに反省してる?」凛。
「もちろん。次はもっと静かに壊す。」
「それ反省じゃない。」
十支族たちは、呆れ半分、敬意半分の視線で彼を見ていた。
こうして――“Eランク”は正式に世界へと知られることになる。
風が吹き抜け、砂と光の残滓が消えていく。
その中で誰かが、小さく呟いた。
「……理を壊す者。
次に壊すのは、きっと“世界”だな。」
誰の声か分からないまま、静寂が戻る。
その静けさは、祝福のように柔らかかった。




