表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/200

115

 戦闘も魔石もない、ただの朝。

 制服に袖を通して外に出る。風がまだ冷たい。

 ――普通の空気って、こんな感じだったか。

 思わずそんなことを考えてしまう。


 教室に入ると、外村がすでにパンを両手に掲げていた。

「見ろ悠真! 購買の焼きそばパン、今日は三本勝負で制圧したぞ!」

「……制圧って言い方やめろ」

「いや、これ生存競争なんだよ。ダンジョンより危険!」

 くだらないやり取りに、周囲から笑いが起きる。

 その笑い声が妙に遠く聞こえた。

 日常という名の、何か作られた安全圏にいるみたいで。

 白鳥が席に戻ってきて、軽く手を振った。

「検査、まだ続くんだって。魔力の波形、ちょっとズレてるらしいよ」

「大丈夫なのか?」

「うん。多分ね」

 笑うけれど、その笑みの奥には小さな不安があった。

 魔石異常の件は、どこかでまだ続いている。

 授業が始まる。

 凛はいつも通り、姿勢を崩さずノートを取り続けていた。

 時折、悠真を横目で見る。

「……眠そうね」

「ちょっとね」

「寝不足?」

「いや、たぶん――静かすぎて、逆に落ち着かないだけ」

 その言葉が、胸のどこかに引っかかった。



 午後、授業が終わるとリーメイがグラウンド裏で手を振っていた。

「ねぇ、少し打ち合わないアルか? 身体、鈍ってるネ」

「……まぁ、確かに」

 二人で簡単なスパーを始める。

 軽く拳を交わすだけの、緩いリズム。

 しかし、三合目。

 拳と拳が触れた瞬間――空気が一瞬止まった。

 耳鳴り。砂が舞い上がり、風が遅れて流れた。

 世界の時間が一瞬だけ、どこか別の速度で動いたように感じた。

「……今の、何?」リーメイが眉をひそめる。

「俺が殴る瞬間になんか加速した気がする」

 彼女は拳を見つめ、静かに笑った。

「あなたの拳、やっぱり“壊す”だけじゃない気がするの。

 何か、形を変えていく力……そんな感じ」

「形を、変える……?」

「うん。怖いけど、少し綺麗だった」

 風が戻り、夕焼けの光が差し込む。

 悠真の拳は、赤く照らされていた。

 その光の中で、わずかに空気が揺れている。

 ――目に見えない何かが、確かに動いていた。


 夕暮れ。

 校舎の窓から吹く風は心地よいのに、どこか重たい。

 空の端に、黒い雲のような筋が見えた気がした。

 けれど瞬きをしたら、もう消えている。

 悠真は拳を開いて、掌を見つめる。

「……俺、まだ何かを掴んでいない気がする...まだ、まだ強くなれるような、そんな感覚が...」

 誰に言うでもなく、呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ