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夕暮れの光が差し込む学園本館のテラス。
低く沈む太陽が校舎の壁を金色に染め、風が静かに制服の裾を揺らしていた。
テーブルには四つのカップ。
紅茶の香りがほんのり漂う中、凛がカップを置いて呟いた。
「……こうしてみると、すごいメンツね。」
その隣で、アシュベルが静かに微笑む。
「戦う前に“顔合わせ”しておくのも悪くないだろう。」
紅茶を口に運び、穏やかな声で続ける。
「どうせ演習が始まれば、互いに同じ戦場に立つことになるんだ。」
悠真は少し離れた壁にもたれ、視線を遠くに向けていた。
「……こういうの、苦手なんだけどな。」
「悠真は相変わらずネ。」
リーメイがストローをくわえ、甘いミルクティーをひと口飲む。
「でも、顔合わせって大事アルよ。今回の演習、ただの“交流”じゃない。」
「そうだな。ギルドの通達にもあった。“異常個体”の調査を兼ねている。」
凛が小さく息をつき、資料端末を開く。
「新宿ダンジョンの封鎖区域……深層の一部を開放して、各国合同で探索するみたい。」
悠真は短く視線を上げた。
「つまり、俺たちか。」
「中国でも似た報告があるヨ。黒い魔石、再生する個体、異常な魔力密度……。
どれも今までの記録にないネ。」
「この規模で同時多発。偶然とは思えない。」
凛が静かにまとめる。
「国際探索者交流演習。交流って名目で市民を不安にさせないようにしてるみたいだけど、実際はがっつり異変調査ね。」
悠真は紅茶のカップを持ち上げ、淡々と口をつける。
「……なら、やるしかないな。」
凛が端末を操作しながら口を開いた。
「ギルドから報告があったけど、異常魔石の分析はまだ終わってないみたい。」
画面には、黒く濁った魔石の映像。淡く脈打つように光が揺れている。
「魔力波形が不安定で、再現実験も進んでいないって。」
アシュベルが椅子の背にもたれ、短く頷いた。
「アメリカでも同じ反応が出たそうだ。熱を帯びた黒い魔石――まるで、何かから干渉を受けたような。と。」
「中国でも似た個体の報告があったネ。今まで発見されていたモンスターとは、強さも形も違うネ。」
彼女は指で机を軽く叩きながら続ける。
「攻撃しても再生する。そんなモンスター、あり得ないアル。
魔力を断っても、また立ち上がる。……“生きてる”っていうより、“壊れない”感じ。」
「再生か。そんな現象、通常の魔石構造では説明できない。」
「通常の魔石ではあり得ないエネルギー密度って話も聞いたネ。」
リーメイが端末を見せると、そこには分析班が出した仮説の文字が浮かんでいた。
《未知の魔力干渉による外部供給反応の可能性》
凛が小さく呟く。
「“外部供給”って、つまり……この世界の魔力じゃないかもしれない、ってこと?」
誰もすぐには答えなかった。
テラスの上を風が抜け、遠くで鳥の声がした。
沈黙のあと、悠真が口を開く。
「……理屈はどうでもいい。出るなら、倒す。それだけだ。」
その声には、余計な迷いも恐れもなかった。
ただ静かな、確信だけがあった。
リーメイがふっと笑い、ミルクティーをかき混ぜながら言った。
「悠真は相変わらずアルヨ。
世界がどうとか、魔力がどうとか、そういうの関係ないネ。」
アシュベルが微かに笑みを浮かべる。
「だが、そういう単純さが今は一番頼もしい。」
凛も頷き、穏やかな声で言った。
「……ええ。きっと、必要になるわ。そのまっすぐさが。」




