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放課後。
久々に来る探索者ギルドは、相変わらず喧騒に包まれていた。
入口の自動扉が開くと、懐かしい金属音と人の声が重なる。
ギルド――悠真にとっては、学園に入る前から馴染みの場所だった。
受付カウンターに歩み寄ると、見覚えのある職員が顔を上げた。
「……あら、相原さん。これはまた珍しいお客様ですね。もう学園のスター様が来るなんて」
冗談めかした笑顔に、悠真は少しだけ肩をすくめた。
「スターって柄じゃないですよ。ただ、少し気になることがあって。……この前の異常魔石、解析は進んでますか?」
職員の表情がわずかに曇る。
手元の端末を開きながら、声を落とした。
「……詳細は非公開になっていますが、内部反応が通常の魔石とは違っていて。
魔力波長が不規則に変動してるんです。」
「変動している……?」
「ええ。高ランクの探索者たちに調査を依頼しているのですが、異常個体とはなかなか遭遇できずでして…… もし、潜る機会がありましたら――調査をお願いできませんか?」
悠真は短く息を吸い、頷いた。
「構いません。確認しておきたいこともあるので。」
その声には迷いがなかった。
職員は少し安心したように微笑む。
「ただ、気をつけてくださいね。
異常個体が現れた地域は中層より下、危険度も上がっています。」
「わかりました。ありがとうございます。
今日もソロなので、長くは潜らないと思います。」
そう言って悠真はカードを提示し、ゲート通過の手続きを済ませる。
腰に下げた無骨なナイフ。軽装の防具。
どちらも使い込まれてはいるが、彼にとっては十分だった。
バックルを締め直しながら、ぽつりと呟く。
「……昔は、装備を整えるだけで金が飛んだな。」
思い返せば、武器を壊し、武器を壊し武器を壊す...
それが今では、学園やギルドの正式調査任務として、ギルドが全面協力してくれる立場だ。
皮肉というより、現実の変化を淡々と受け入れるように、悠真は口角を少しだけ上げた。
カウンターの奥から、職員が声をかけてくる。
「気をつけてくださいね、相原さん。異常個体の件、まだ調査中ですから。」
悠真は短く頷いた。
「わかってます。何かがあればすぐ帰ります。」
背後で職員の声が聞こえた。
「――いってらっしゃいませ。」
新宿ダンジョン、上層エリアでは訓練中の探索者たちの声があちこちに響いていた。
「そこ、もう一歩詰めろ!」「ヒール、間に合って!」
そんな喧騒の中を、悠真が無言で歩く。
ダンジョンに潜ったことで配信も始まり、コメントも流れ始める。
《相原悠真だ!》
《ランキング戦の優勝者やん》
《ダンジョン配信、久しぶりだな!》
コメント欄が一気に流れ始めたが、
悠真はそれを視界の隅で認識しながらも、気に留めることはなかった。
ただ静かに呼吸を整え、通路を奥へと進む。
上層のざわめきが遠のくにつれ、空気が変わっていく。
中層への降下ルート。照明が減り、湿った風が頬を撫でた。
他の探索者の姿はなく、靴音がやけに響く。
「……静かだな。」
悠真が呟いた直後、通路の奥から低い唸り声。
ウルフ型のモンスターが三体、光を反射して飛び出してくる。
だが、その動きが届く前に――。
音が消えた。
悠真の姿が一瞬揺らぎ、次の瞬間には狼たちが崩れ落ちていた。
血も、叫びもない。ただ、空気が微かに震えただけだった。
指先には、まだ拳を握る前の感触が残っている。
「……反応速度、また上がったかな。」
独り言のように呟き、悠真は通路を進む。
モニター越しの観測者たちは、騒然としていた。
《動き見えなかった!》
《やばすぎだろw》
《もう訓練じゃねぇな……》
《音すらないの怖すぎる》
悠真の足取りは一定だった。




