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ランキング戦が終わり学園はもう、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
校門前の行列も消え、報道のドローンも飛ばない。
掲示板には大会結果の紙が貼られてはいるものの、もう誰も足を止めない。
――日常が、戻ってきた。
それでも、教員や生徒たちの目はどこか違っていた。
かつて好奇の視線だったものが、今はごくわずかに、敬意と静かな驚きを含んでいる。
まるで「同じ世界の人間ではない」と理解した上で、
それでも彼はここにいると受け入れているような、奇妙な調和。
朝のチャイムが鳴り響く。
悠真は鞄を片手に教室へ入り、いつもの席に腰を下ろした。
黒板の前では教師が淡々と公式を書き、ページをめくる音が重なる。
周囲の空気は、いつもと同じ。
けれど、どこかで何かが変わったことを、彼だけは感じ取っていた。
窓際の席。
悠真はノートを開き、ペンを走らせる。
外では風が枝を揺らし、鳥の影がガラスを横切った。
――平和そのものの風景。
だが、その静けさが少しだけ遠く感じた。
昼休み。
屋上に出ると、初夏の風が心地よく頬を撫でた。
自販機の前で缶コーヒーを買い、喉を潤す。
「あなた、前より静かになったわね。」
凛がそう言いながら、近づいてくる。
「天城か、最近よく屋上で会うね。
静かになった、か。そうかな?……そうかも。」
悠真は空を見上げ、少しだけ考えるように言葉を続けた。
「今さらだけど、自分の強さと向き合う覚悟ができてきてるのかも。」
凛は少し目を細める。
「あなたの静かさって、前は諦めにも見えたのよ。」
悠真は苦笑を浮かべた。
「Eランクの頃は、そうだったかもな。……ってか、今も能力ランク自体はEのままだし。
地元にいた頃は、身体能力上昇でダンジョン潜ってお小遣い稼げればいいや、って思ってた。
まぁ実際は武器を壊しすぎて赤字続きでさ。あの頃の俺、ほんと何してたんだろうな。」
凛が吹き出すように笑った。
「ふふ、想像できるわ。」
「だろ?」
「でも今は違う。」
その声には、どこか確信めいた強さがあった。
悠真は少しだけ頷き、手すりに肘をついた。
「……そうだな。少しずつだけど、自分の力と向き合えてる気がする。」
沈黙が訪れる。
風が二人の間を抜け、凛の髪を軽く揺らした。
淡い陽光に照らされたその横顔を見て、悠真はふと目を細めた。
凛もそれに気づいたように、微かに笑みを返す。
――静かな時間だった。




