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光が、ゆっくりと薄れていった。
焼けた空気の中、立ち上る煙が風に流れ、リングの中央に二つの影が浮かぶ。
アシュベルは膝をつき、右手に握った雷槍を支えに立とうとしていた。
しかし――その槍が、音もなく砕け散る。
青白い残光を残して、光の粒が宙に消えていった。
悠真は拳を振り下ろすことなく、胸の前で止めていた。
拳と心臓の間――ほんの数センチ。
そのわずかな距離が、勝敗のすべてを語っていた。
沈黙。
観客も、実況も、息を止めて見守っている。
アシュベルはうつむいたまま、短く息を吐いた。
「……これが、相原悠真か」
悠真は拳をゆっくりと下ろし、静かに答えた。
「これが、俺の全力だ」
審判が駆け寄り、手を掲げる。
「――勝者、相原悠真!!!」
その瞬間、会場が爆発したように揺れた。
歓声、拍手、叫び。
無数の声がひとつになってアリーナを包み込む。
アシュベルは、肩で息をしながらも笑っていた。
その笑顔は、敗北のものではない。
「君の力は……破壊じゃない。」
少し息を整え、続ける。
「世界を進める力だ。」
悠真は何も言わず、静かにその肩を支えた。
雷の残光が、ふたりを照らしていた。
アシュベルは医療班に支えられて運ばれていった。
担架の上でも彼は笑っていた。
「……負けたけど、悪くない気分だ」
悠真はその背中を見送りながら、拳をゆっくりと開いた。
リングの中央に一人、残る。
焦げた地面の匂い、ひび割れた床。
観客の歓声は次第に遠のき、静寂が戻る。
悠真は顔を上げた。
天井の外、遠くの空で――まだ雷の光が、名残のように瞬いているようで
その光を、ただ黙って見上げる。
拳の中には、わずかな熱が残っていた。
観測席では、篠原たち研究員が次々とデータを確認していた。
「……やはり、彼の力はただの身体能力上昇じゃ説明がつかない」
「物理反応の全てが、一度消失してから再現されてる。エネルギーの移動すら観測外だ」
篠原は腕を組み、モニター越しに悠真を見つめた。
「――あれは、もう人間の戦闘じゃないな」
悠真はゆっくりと息を吐いた。
リングの上、焦げ跡に囲まれたその場所で、ひとりごとのように呟く。
「……あぁ、ランキング戦も、終わってしまったか。」
その声は観客には届かない。
けれど、どこかで聞いている誰かに、問いかけるようでもあった。




