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雷鳴が、世界を支配していた。
アシュベルの雷槍が振るわれるたび、閃光が空を切り裂く。
その速度は、もはや視認できない。
人間の反応速度では、到底捉えられない。
だが――悠真の姿もまた、映っていなかった。
観測映像が一瞬だけ止まり、数フレームが抜け落ちる。
次の瞬間には、位置が変わっている。
《動いてねぇ!?》《いや、もう止まってるのか!?》
実況席の悲鳴に似た声が、かすかに届く。
リングの上、雷の奔流の中を、悠真が進んでいた。
音も風も置き去りにして。
アシュベルの放った雷槍が、空気を焼く。
悠真の拳が、それを迎え撃つ。
ぶつかり合うたび、爆風が遅れて追いつき、地面が爆ぜた。
鉄と硝子を同時に砕いたような衝撃音。
観客席の結界が波打つ。
「……ッ!」
アシュベルの瞳が鋭く細まる。
彼の雷撃は、軌跡すら残さない最速のはずだった。
それを、悠真は見てから拳を出している。
いや、見ているのではない。
反応が、本能で追い越している。
「物理限界を……越えてる……」
アシュベルは低く唸るように言った。
「君の肉体は、どうなってるんだ!」
悠真は答えない。
ただ拳を握り、息を吐く。
「さあな。ただ、壊れないってだけだ」
拳が閃光を貫いた。
雷が、砕けた。
音が消える。光が弾ける。
アシュベルの頬に、わずかな傷が走った。
火花が散り、血が一滴、宙に浮く。
その赤が、青白い雷光に照らされて輝いた。
《雷が斬られた!?》《拳で電撃止めたぞ!?》
観客の声が波となって押し寄せる。
実況の声も震えていた。
《両者、視認不能ッ! もはやこの速さは、人の領域じゃないッ!!》
雷と拳が、ぶつかり合う。
何度も、何度も。
衝突のたびに光が消え、音が遅れて世界に届く。
観測装置はノイズを吐き、計測データがすべて“未検出”に変わった。
悠真が、ふっと笑う。
「お前、やっぱり強いな。」
アシュベルの雷が、再び形を変える。
「君こそ――人間をやめてる。」
雷鳴が、もはや咆哮に変わっていた。
アシュベルの全身から光が迸り、髪が逆立つ。
その姿はまるで、雷そのものが人の形を取ったようだった。
息が荒い。
額から汗が落ち、肌の表面で蒸発する。
アシュベルは槍を握り直し、低く笑った。
「……模擬戦のとき、確かに僕は負けた。だが――今日は違う。」
悠真は黙って拳を握る。
その瞳に、雷光が反射している。
「……あの時よりも、速くなってるな。」
「君を超える。それだけだ。」
天空が、裂けた。
灰色の雲の奥から、雷が走り抜ける。
光の帯が雲を貫き、一直線にアリーナへと落ちてくる。
地上の結界が一斉に起動し、音を立てて軋んだ。
観客席の温度が上がる。空気が焦げる。
アシュベルが叫んだ。
「――《雷槍極式:神罰》ッ!!」
瞬間、空が爆ぜた。
落雷が一点に収束し、リング中央へと突き刺さる。
光の柱が天地を貫き、爆風が全方位に広がった。
空気が焼け、地面が波打ち、金属の匂いが広がる。
篠原が観測席で叫ぶ。
「どうなっている!!?」
モニターには、白いノイズしか映っていない。
センサーが軋み、数値が乱れる。
「……彼らの座標、捉えられません!!」
悠真はその中心にいた。
拳を構え、ただ前を見る。
雷の柱の中でも、目を逸らさず――その奥にいるアシュベルを捉えていた。
熱も、痛みも、もう感じない。
ただ、届かせるという意志だけが残っている。
悠真が、踏み込む。
――轟音。
目視不能の速度で、雷の柱を突き抜ける。
拳が、光を割った。
白い閃光が世界を包み、音が消える。
観客の鼓膜が一瞬、何も聞こえなくなる。
風も、空気も、止まった。
そして次の瞬間――
光が爆ぜた。
空が裂け、地が焦げた。
アリーナ全体を覆っていた結界が悲鳴を上げ、幾重にも波紋を走らせる。
篠原が息を飲む。
「……空と地が、焼かれた……」
そこに残ったのは、ただ二人の影。
光の中心で、雷と拳が、拮抗していた。
一つ前の投稿100ではなく99話でした。修正いたしました。




