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アリーナ全体が、静まり返っていた。
何万人もの観客が息を飲み、ただ二人を見つめている。
照明が落ち、中心のリングだけが白く浮かび上がった。
結界が展開され、空気が張り詰める。
悠真は拳を下ろしたまま、まっすぐ前を見据える。
対面には、青白い光をまとった男――アシュベル・フォン・アイゼンリヒト。
その右手には、雷光を凝縮したような槍。
光が踊り、床を焦がす。
《――始まった! 雷速vs拳圧、ついに決勝開幕ッ!!》
実況の叫びが響く。
観客の熱狂も、報道の声も、一瞬で遠のいた。
残るのは、空気を裂くような緊張だけ。
アシュベルが静かに呟く。
「――行くぞ。」
その言葉と同時に、雷鳴が空を裂いた。
視界が真白に染まる。
次の瞬間、悠真の姿がかき消えた。
閃光が走り、爆音が遅れて響く。
地面が抉れ、観客席の防壁が揺れる。
衝突音ではない。
――空気が焼ける音。
悠真の拳が、雷の中を突き抜けた。
その軌跡は残像すら残さず、ただ真空を裂いて進む。
アシュベルの雷槍が迎え撃ち、衝突の瞬間、光と音が消えた。
一拍遅れて、轟音。
リング全体が振動し、観客が一斉に立ち上がる。
爆風の中心、ふたりの影が対峙していた。
雷が唸る。
拳が鳴る。
そして、戦いが――始まった。
雷が裂けた瞬間、アシュベルの体を中心に幾重もの光が走った。
それはただの電撃ではない。
――雷そのものを制御する異能。
《雷槍制御》――
アシュベルの魔力は電磁変換され、超高速で形を持つ。
彼の放つ一撃は、光速に限りなく近い軌跡を描く。
そして、空間に反射しながら軌道を幾重にも重ねる――多層雷槍。
観測班の声が震えた。
「……結界の反応は大丈夫か!? 雷の軌道が読めない!」
モニター上では、複数の稲妻がリングを跳ね回っていた。
それぞれが壁や床で反射し、空間を檻のように囲んでいく。
アシュベルが静かに口を開く。
「――《雷槍連陣:エクレール》!」
次の瞬間、十本の雷槍が一斉に放たれた。
轟音が重なり、空気そのものが震えた。
白い光が視界を奪い、地面が焼け落ちる。
リングの中央には、炎のような放電が螺旋を描いていた。
悠真は動かなかった。
ただ拳を握り、正面から突き抜けた。
――雷が爆ぜた。
青白い電流が皮膚を走り、蒸気が立ち上る。
拳を突き出すたび、雷が砕けて霧散した。
観客が息を呑む。《拳で電撃を打ち砕いてる!?》
悠真の拳が一撃、二撃と風を切る。
触れた雷は軌道を失い、光が霧のように散った。
それでも熱は残る。皮膚の下で、焼けるような感覚。
「……熱い。けど、まだいける。」
悠真は短く呟いた。
アシュベルがわずかに笑う。
「模擬戦とは違う。あの時の僕は、お前を侮っていた。」
雷光の中で、その瞳が真っ直ぐに悠真を射抜く。
「今回は、本気だ。――十支族、アシュベル家の名にかけて。」
再び雷鳴が落ちた。
十の槍が一斉に回転し、結界が音を立てて軋む。
観客席が震え、金属の匂いが空気を満たす。
悠真は拳を下ろさず、一歩、前へ出た。
その動きに合わせて、アシュベルの雷が螺旋を描き、空を割った。
拳と雷。
――二つの速さが、世界を引き裂いていく。




