11: アナPay!
「お前なぁ……ラブラドールになってまでパンを食いたかったのか?」俺の右にはお利口にお座りしている巨大なラブラドール・レトリバーがパンの食べかすを口に付けながら無表情で黄昏ていた。
「……パンは犬の姿で食った方が旨いんだ。知らなかったのか?」
「知ってると思う?もし知ってたらすげえよ。だって俺人間だもん」
「知能がないな。人間」俺はカゲロウを睨んで力任せに立ちあがった。
「こんの……もう我慢ならん!この鳥め!犬だろうが知らんけど!覚悟しろよ!」俺は拳を振り上げてカゲロウに殴りかかる。
「……動物虐待か?」カゲロウはそう呟きながらハチドリの姿になって俺の拳をかわして俺の頭の上に乗った。
「人間。不発」俺は頭の上の鳥を力任せにぶん殴った。すると俺の目の前のベンチにゴキブリが現れ――頭に強烈な衝撃が走った。
「人間。奇行」
「うっるせぇぇぇぇ!頼むから一発殴らせろぉぉぉぉ!」
「……仕方ない」カゲロウはナマケモノの姿になってこちらをそのアホ面で見つめてきた。
「こんのクソモンスターめ!俺をおちょくってんのか!」
「人間。珍しく正解」
「黙れぇぇぇぇぇ!」俺はそう言って拳を振り上げると――元ナマケモノのゴリラに派手に吹っ飛ばされた。
「いたた……カゲロウお前やりすぎだぞ!」カゲロウは俺の腹に馬乗りになって俺の額に手でデコピンのポーズを作って近づけろ。
「少しは黙ったらどうだ。僕も多少頭にきた。なに、ただのデコピンだ。恐れる心配はない」俺は思わず息をのんで目をつむって衝撃がいつ来てもいいように身構えた。
――だけど、いつまでたってもおでこに衝撃が来ない。何ならさっきまで腹に感じた重さが今はない。
「…………ひゃ?」俺は恐る恐る目を開けてみると――カゲロウは元のカラスの姿に戻って残念無念という顔でこちらを見ていた。
「……えっと……?カゲロウ?」
「……制限時間だ」カゲロウはそう言いながら俺のマフラーへ、ペタペタ歩いてきた。
「せいげんじかん……?」
「人間。まさか制限時間という言葉を知らないとは言わないだろうな」
「いや……知ってるけど……え?」カゲロウはため息をついて続けた。
「我らヴァーサタイル種は変身できるとは言えど、最長で1時間しか変身できない。そしてさっきみたいにサイズが大きいとか変身対象が強い生物に比例して制限時間は短くなる。どうだ?理解したか?」俺は首を横に振った。
「人間。お前休んだ方がいいぞ」
「いや……わかってはいるんだけど……つまり、さっきラブラドールとかゴリラとかに変身しちゃったからとどめを刺す前に元の戻っちゃったわけ?」
「そうだ。もう少し制限時間が長ければあの時お前にとどめをさせたんだがな。まさかマフラーで落とされた瞬間元に戻るとは思ってなかった」確かに……あのときカゲロウは何の前触れもなくカラスになってたな……。
「なるほど……?で、それは一日1時間限定なの?」
「変身は何回でもできる。ただし連続で変身した場合は制限時間はリセットされない。すこし時間を置けばまたリセットされるんだがな」
「はぇー」俺はそう言いながらカゲロウをひっつかんでそこらへんに投げながら立ち上がった。
「さて……こっからどうするかだけども……」俺は手元の麻袋を見る。
「ここにずっととどまってたら一瞬で金溶ける気がする」俺は深くため息をついた。
「人間。もし今ここを発つとして、その道中で金欠になる可能性は十二分にあると思うのだが」
「いや!それでも俺は行く!」
「だめだ。ここでもう1つクエストを受けて稼げ」
「なんでだよ!金の心配なんてまた後ですればいいだろ!?」
「5000ペントで何が買えると思う?格安職業2つ分だ」
「いや、そうだけど!――ってか、なんでお前はそんなここに留まらせようとしてくる訳?」するとカゲロウは一瞬動きを止めて続けた。
「……いや、なんかな。さっきの人間の子供……もう一度会いたい。なんかそんな気がしてな」
「……はぁ?お前が感情で動くとか珍しっ」俺はふとそう呟いた。
「お前をミミズに食わせてやろうか」俺は苦笑して麻袋を担いでギルドに向かおうとした――瞬間、俺のマントからピコーンという通知音が鳴り響いた。
「……人間。何の音だ」俺は額を手で覆った。
「……あのクソロリか……」俺は正直うんざりしながらマントの中からスマホを出してロック画面を外した。
『やっほー!元気してた?』
「人間。なんだこれは」カゲロウは顔をしかめながら言った。
「え?これ?スマホ。魔道具っつーか……連絡用のヤツ。持ってる奴同士で文字送ったりできんの。まぁつまり、クソロリ通信機だな」
「なるほど。ワイヤーイヤーマフみたいな奴か」
「……は?」
「知らないのか?ワイヤーでつながった筒状の容器を持ってるもの同士が話したことがそのまま反対側に伝達される魔道具だ」
「いや……それってつまり糸電話じゃ……」
「違う。ワイヤーイヤーマフだ。糸電話なんか聞いただけで鳥肌がでる」
「どうでもよ……」
「なんか言ったか?それにスマホとやらに表示されてる文字をさっさと消せ。なぜかは知らんが寒気がする」
「俺もだよ!」俺はため息をついてスマホを見ると――。
『ちょっと金欠!何既読スルーしてんの!もしかして私のこと嫌いになったの!?そうでしょ!どうせ私はこの天界に必要とされてない自称死者の案内人かっこエセなんだから私が堕天してもだーっれも悲しまないよね!』とかいうヒス構文が表示されていた。
『はいはい、自称どうたらさん。ヤンデレムーブはそろそろ控えて?で、何の用?』
『あー!自称なんとかって言った!しかも私あんたのことなんか全然好きじゃないんだから!これ結構ガチだからね!』
「こいつ……なんかめんどくさいな。人間のお前よりも面倒くさい」
「分かってくれる鳥がいてよかったよ本当に……」俺はため息をついた。
『要件はあんたのクソスキルのアップデート!』
『おい、押し付けた張本人がクソスキルとかいうなよ。実際クソだけど』
『うるせぇ金欠!こっちだってしょうもないスキルのアップデートに時間割きまくったんだからありがとうございます女神様くらい言いなさいよ!』
『へいへい。あざーっすクソ神様ー』
『この元ヒキニートの現金欠フリーターめ!アプデ取り消したるわ!ついでに凶悪ウイルス送り込んだるからな!』
『かといって結局やるのがお前だろ』俺はスマホに文字を打ち込みながら鼻の下を伸ばした。
『うるさい!最終手段!スマホの中身私の自撮りだけにしたる!ってか前あげた私からの神託の写真くっちゃくちゃに丸めた後びりっびりに破いてそこら辺に捨てたでしょ!神族規約めっちゃ無視してお金あげたのに!』
『あーあの特急呪物?なんか持ってるとかね逃げそうだったから成仏させといた』
「……人間。神託を成仏とは新しいな」カゲロウがそう呟いてふと俺はにやけた。
『あー!言ったなー!!!スマホのロック一生解除できないウイルスと常時私のありがたい教義を私の声で寝れないほどうるさい音で再生するウイルス送り込んだるからな!あと自撮りウイルスも!』
『いやそれは普通に凶悪すぎるからやめろ』アナはなんか鼻につくスタンプを連投してきた。
「人間。あとでこのスマホとやらを真っ二つに割ってやろうか?」
「頼むわ」俺はカゲロウと目を見合わせこくりとうなずいた。
『さて、本題のアプデのことなんだけど!』アナから謎のURLが送られてきた。
「……なんだこれ」クリックしてみると――【アナPay!】という今すぐにでもアンインストールしたくなるような画面が表示された。
「……大体察した」俺はそう呟いて元の画面に戻る。
『あんたさっきからその賢そうな鳥さんと喧嘩しながら麻袋ひぃひぃ言って担いでたでしょ!』
『本題を言え』
『むっきー!わかったよ!あんたのスマホにモバイル決済アプリ入れといたからそれを使えるよってこと!それがアプデ!』
『以上か?それなら俺たちはクエスト受けに行くから。そんじゃ』
『うわぁぁぁ!待ちなさい金欠!私はあんたにアプデの詳細伝えなければいけないから!』俺はため息をついた。
『アプリの入金ボタンを押せば手持ちのリアルマネーがデータに変換されてアプリの中に入るの!これであんたはひぃひぃ言う必要なし!どう!?えらいでしょ!そう思うなら賽銭の1つでもよこしなさい!』
『えー?それって義務じゃないんだろ?なら俺はそんな信仰なんかしないぞ。知っての通り俺は金欠だ』
『私もだこのクソバカ!私だってこのアプリ作んのにめっちゃ時間かかってそのあとリリースすんのに金かかるとか言われたの!しかもてちゅ……てちゅ……てつやで!コーディングして見つかったバグはなんと2980!そのあと部長にリリース許可貰いに行ってそれで私の財産の6割没収!』
『そうか。じゃ、一応謝っとくわ。ごめーん』
『軽いわ!土下座くらいしたらどうなの!おかげで今手首と指が腱鞘炎になってるのに!しかもなんでバグ2980個も見つかるの!ネット通販じゃんか!』
『すんまへーん』
「人間。いいぞ。もっとやれ」
「お前そんなこと言うキャラだったか?」俺はカゲロウを睨みながらさっき見つけた【お疲れ!】というスタンプを送り付けてスマホをしまった。
「じゃ、クエスト受けにでも行くか」
「その前にそのムカつく黒い板を真っ二つに割らせろ。見てて鳥肌がやまなかった」カゲロウは再びゴリラに変身しながら言いた。
「それはダメだ。その【どーたらぺー】がこれでしか対応してないっぽいから絶対に割るな。あいつもなんだかんだ言っといて普通に頑張ってくれたんだから」
「人間。裏切り」
「鳥。破壊衝動に駆られる」俺はそう呟いてふっと笑ってからギルドへと足を向けた。
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