3話 平民と貴族
アルトール騎士学校の長い廊下。昼休みで人の往来が増える中、ひときわ声が響いた。
「おい、平民。邪魔だ!どけ!」
鋭く、見下すような声が飛ぶ。
声の主は、制服の胸元に派手な家紋を掲げた生徒――ゴール・ランザック。由緒ある伯爵家の次男坊だった。
彼はトランに向かって、明らかに見下した視線を向けていた。
「……」
トランは立ち止まり、生徒の顔をちらりと見た。
だが、その目に興味の色はなく、まるで眼前の出来事がどうでもいいかのように、そのまま何も言わず歩き続けた。
「貴様!ゴール様の声が聞こえないのか!?どけ!」
取り巻きの一人が、顔を真っ赤にして怒鳴る。
だが、トランはそれさえも耳に入っていないように通り過ぎる。足取りは緩まず、背筋も揺らがない。
「平民の分際で無視するのか!まて!貴様!!そこでひざまずけ!」
ゴールがついに声を荒げた。怒気を帯びたその叫びには、信じられないという苛立ちが混じっていた。
彼にとって、平民とは命令に従う存在だった。
これまでにも多くの平民が、彼の前にひざまずき、媚びへつらい、忠誠を誓ってきたのだ。
“貴族”は、恐れられて当然。
それが彼にとっての常識だった。
だが――トランはそんな「常識」を知らない。
(なんだコイツ、変わったやつだ)
トランはそう思っていた。
敵意もなく、畏れもなく、ただ“よくわからないヤツ”という存在にゴールを入れた。
そして、何事もなかったかのように歩き去っていく。
「まて!平民!止まれ!!」
ゴールの怒号が廊下に響き渡る。
何を思ったのか立ち止まるトラン。
(なんでアイツ怒ってんだ?ひざまづけ?…ひざつく?)
トランはゴールをじっと見つめ、その場で片膝をついた。
それがどういう意味を持つのか、自分でもよくわかっていなかった。
「うっ……。」
今まで感じた事のない視線に
ゴールは困惑する。
今までの平民と違う。
(なんだコイツは……。)
ひざまづくトランに何もできないゴール
「……。」
ゴールをじっと見つめるトラン。
その瞳に何が映る。
(……なぜだ……なぜ、こいつは黙って命令に従った……)
ゴールは心のどこかに奇妙な違和感を抱えたまま、声を張り上げる。
「……いくぞ、お前たち!」
取り巻きの声も、もう耳に入っていないようだった。
ゴールはひざまづいたトランを一度だけ振り返ると、何も言わずに去っていった。
1人残されたトラン。
去っていくゴール達を見て。
(ホントに膝ついたら落ち着いた……。
変わったヤツ。)