2話 アルトール騎士学校
トランは12歳になり、アンラとの約束通りアルトール騎士学校に入学していた。
アルトール騎士学校は、王国騎士団に入隊するための養成機関である。
中でもこの学校は、王族守護部隊への推薦枠を持つ唯一の存在であり、国内最高峰の騎士学校として名高い。
王国騎士団には、4つの主要部隊が存在する。
攻撃部隊、王国守護部隊、治安維持部隊、そして王族守護部隊。
中でも最後の部隊は、選ばれし者のみが入隊を許される特別な存在だった。
“騎士学校”という名前に反して、ここでは魔法学の教育も盛んに行われており、卒業生の中には王宮魔術師団に所属する者も少なくない。
入学倍率は20倍。才能、努力、そして運すら要求される、狭き門だ。
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試験は三段階に分かれている。
剣、槍、弓、魔法の【実技試験】。
魔法学、数学、王国歴史、語学などの【筆記試験】。
そして、最終関門としての【面接試験】がある。
評価においては、筆記や面接よりも実技が重視される傾向にあり、体一つでのし上がってきた生徒も少なくはない。
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今、トランはその名門校の教室の隅の席で――静かに寝ていた。
教室のざわつき。
好奇の視線。
わからない。
ただ静かに眠る。
その姿は、明らかに場違いだった。
20年ぶりの“平民”入学。
ほとんどの生徒が貴族出身の中で、彼の存在は異物でしかなかった。
「……あれが噂の平民か」
「“箱”の出身って話だぞ」
「マジかよ。誰がそんなやつ入れたんだ」
「そんなの、入学許可証が通るはずないのに」
「『箱』から出るのって、そもそも違法なんじゃねぇの?」
「ははっ、それ貴族が勝手に言ってるだけだろ」
「俺が成敗してやろうか? なーんてな、はっはっは!」
トランは、その場にいながら、どこか遠い存在。不思議な存在。
見下され、嘲られ、好奇の視線を一身に集めている。彼は気にしない。ただ眠る。
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だが、そんなトラン以上に注目を集める存在。
「おい、見ろよ!あれが“ベルグ・ジーカ”だ」
「剣の天才らしいぞ!」
「騎士団からの推薦で入ったって聞いたぞ」
「ベルグ様、すてき……」
「え、今年の推薦枠って二人だけなんだって?」
「もう一人って誰なんだよ?」
「知らねー。」
ざわめきの中心に立っていたのは、眩しい金髪に金色の瞳を持つ美少年だった。
生徒の名前は――ベルグ・ジーカ。
10歳にして王都剣術大会を制した、天才剣士。
その顔立ちは絵画のように整い、立ち姿には一分の隙もない。まさに“絵に描いたような英雄候補”。
※王都剣術大会――四年に一度、王都で開催される大規模な剣術大会。
騎士団員は参加資格を持たず、あくまで“未来の逸材”を見つけ出すための登竜門である。
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教室のざわめきが最高潮に達したその時、重い扉が音を立てて開いた。
「全員、席につけ!!」
鋭い声と共に、一人の男が入ってきた。背は高い。しなやかで硬い。そして強い。
「本日からお前らの教官を務める、ギル・バザールだ」
その名が告げられた瞬間、教室は一瞬で静まり返った。
彼の存在が、空気を一段重くしたようだった。
「お前らは、今日から“騎士学生”だ」
「アルトール騎士学校は、騎士になるための学校だ」
「“騎士”の名に恥じない行動を取れ。わかったな!」
「「「はい!!!」」」
一斉に上がる返事が、教室の壁を揺らす。
「!!」
突然の音にわずかに跳ねる。
「……びっくりした」
寝起きの顔でそうつぶやくトラン。
周囲の視線はない。
教室の隅で。