1話 少年
ヤラマナ王国、
王都ナハラの北に位置する街『サラフ地区』。
貧困層が多く居住している地域で、安全や道徳が脅かされている街。危険な街であるため、王都民は決して近づかない。
犯罪は毎日のように起きる。取締る騎士団もいないため住民は自衛のすべをもっている。ほとんどの住民が手ぶら(武器を持たず)で外出することはない。
王都民は『サラフ地区』の人々を恐れており、それが理由で『サラフ地区』は王都から箱のように区切られている。
その街を王都民は『箱』と呼んでいた。
、、、、
『サラフ地区』のゴミ捨て場。
巨大な敷地に山のようにゴミが詰まれている。残飯、壊れた家具、空のビン、破れた服、何かわからない鉄の塊、動物の死骸、あらゆる物がそこに捨ててあった。
食べ物を求めて、集まってくる動物や虫がそこらじゅうにいた。すごい臭いを放ち、ゴミ捨て場は混沌としている。
そのゴミの山の上にその場所の住人がいた。
黒髪黒目の少年。歳の頃は十に届くかどうか。ゴミから拾って来た破れた服をきている。肌は泥にまみれ。眠そうな目をしている。
不思議な少年。
少年はゴミの中で暮していた。
ここにはすべてがあった。
食べるもの。着るもの。住む場所。
身を守る武器。すべてが捨ててあった。
「はっ!!」
乾いた声と共に、少年の手から炎が走る。
「くらえ!」
ゴミの山に向かって、手のひらから火を放つ。
炎はすぐに染み込んだ油や紙くずに燃え移り、くすぶる煙を上げる。
少年は笑っていた。
火が踊るたび、目が輝いた。誰にも怒られない。誰にも止められない。好きなだけ、魔法を使っていい場所。
それがこのゴミ捨て場だった。
「ボウズ、上手いな。その魔法どこで覚えた。」
どこからともなく声がした。
少年が振り向くと、ゴミ山の下――影の中に男が立っていた。大きなハット帽を深くり、顔はよく見えない。
だが、その身に纏う雰囲気は明らかにサラフの住民ではなかった。
「……おっさん誰だ?」
少年は目を細めた。相手を疑うでもなく、警戒するでもなく。ただ興味本位で。
「オレはアンラっていうもんだ。」
名乗りながらも、男は微かに笑う。どこか嬉しそうに。
、、、
「魔法は本で覚えた。
ここにはいっぱい捨ててあるからな。」
少年はゴミ山を指差しながら言った。
数年前、ゴミの山から拾ったぼろぼろの魔法書。最初は読めなかった。けれど、薬屋のオババに壊れた時計を渡す代わりに、文字の読み方を教えてもらった。
ページをめくるたび、そこに描かれた呪文と詠唱を、ひたすらに真似した。
何も起こらなかった。何日も、何ヶ月も。
だが少年はやめなかった。やることがなかったから、というのもあるが、それ以上に――魔法が楽しかった。
次第に、体の中で何かがうごめくような感覚を得た。そしてある日、炎が生まれた。
少年は歓喜した。そして少年は魔法が大好きになった。
「……誰にも習わずに、か」
アンラと名乗った男は、少しの間黙ってから言葉を選んだ。
常識的に考えれば、魔法とは環境と訓練の賜物だ。少年の存在は、その前提を揺るがせる。
「ボウズの魔法はすごいな」
アンラはぽつりと、まるで独り言のように呟いた。
彼の視線は、一つの炎を見ていた。少年から遥かに距離のある場所。
まだ魔法の余韻が残る空間を感じながら。空気には微かに焦げた匂いと、発動の余波が漂っている。
その中心に立つのは、ゴミにまみれた少年。
「はっはっはっ! そうだろ! おっさん見る目あるな!」
少年はいたずらに、そして嬉しそうに笑った。ゴミの山の上、まるでそこが王の玉座ででもあるかのように、堂々と。
「おっさんはこんなところで何してんだ?」
少年は笑いながら、慣れた足取りでゴミ山を降りてきた。斜面に足を取られることもなく、軽やかに。
「ちょっと探し物をしててな」
「ここにはゴミしかないぞ?一緒に探してやろうか?」
少年が無邪気に申し出ると、アンラはわずかに笑った。
「いや、いいんだ。探し物は、見つかった」
その一言に、少年の顔がほころんだ。まるで自分が役に立ったかのように、純粋な喜びを浮かべて。
「そうか。良かったな。」
少年は無邪気に笑った。
「ところでボウズ。家はどこだ?」
唐突な問いに、少年はすぐさま応じた。
「オレの家はここだ!」
胸を張る。その姿は誇らしいげに。
「……そうか」
アンラは一拍置いてから、思いついたように問いかけた。
「ボウズ学校には興味あるか?魔法や剣を教えてくれる学校だ。」
「学校?オレにそんな金ないぞ」
少年の返答はあっけらかんとしていた。
飾り気のない純粋な言葉。
「金はいらない。しかも飯もタダだぞ。
どうだ興味あるか?」
「そりゃスゲーな!おっさんが入れてくれんのか?」
少年は目を輝かせた。体が自然と前のめりになる。
「ああそうだ。ボウズは年いくつだ?」
アンラは穏やか目で少年を見る。
「10歳だ」
少年は両手を開き10本の指を見せる。
「そうか、10歳か。学校は12歳から入れる。……2年後、まだ学校に興味があったら、コレを持って“アルトール騎士学校”と言うところにきな。」
アンラはそう言って、小さな紙切れを少年に渡した。
「わかった。その時、暇だった入ってやるよ!」
少年の言葉は軽く、冗談めかしていた。
「ははは、楽しみにしてるよ。
ボウズ名前はなんてんだ?」
「トランだ!」
少年は嬉しそうな笑顔を見せた。
名前を言う事が嬉しいような。
不思議な笑顔。
読んでいただきありがとうございます。
編集版です。