8 女王会議(3)
「で?なんだ?俺に話でもあるのか?春姫」
数年ぶりの女王会議は終了した。
すでに二人の女王の姿はなく、残ったのは春と夏の女王のみである。
眷属も下がらせ、春の女王は緊張した面持ちで腕を組む。
「言いたい事があるんなら早くしてくれねぇか?
こっちも準備があって忙しいんだ」
夏の女王はもはや椅子ではなく円卓にじかに片膝を立てて座っている。
もしもその頭上に女王の宝冠を頂いていなければ、さながら海賊の長のような無法者に見えるだろう。
「あたしと手を組んで」
射抜くようにその金色の瞳で見据えた。
「それで俺に何の得が?」
話にならないとばかりに夏の女王は頭を掻いた。
「…っ…じゃあ何が望み?言ってみなさいよ!」
焦れたように激昂する春の女王に、燃え盛る瞳でひとさし指を差し向ける。
「だったら覚悟を見せてみろ、お前の民を百名、俺の国へ寄越せ」
愛らしいその顔が瞬時に憤怒と軽蔑に染まり、歪んだ。
「…あたしの民を奴隷にするつもり…?」
女王は民を愛し、民は女王を崇拝する。
「おいおい、俺をお前と一緒にするなよ、
そもそも話を持ち掛けてきたのはそっちだろうが」
渇いた笑いが広間に響く。
「で、どうする?」
ひた、と見据えた。
春が冬に勝利することは決して無い。その事実は春の女王を絶望させた。
奪われる。民も土地も、何もかもが冬に奪われる。
そのくせ、あの白く凍てついた女王は顔色一つ変える事がない。
あたしの事を少しも、気にかけたりしない。
あたしはこんなに弱くて、寒いのなんて大嫌いで、ただ美しくありたい
それだけなのに、あの女は、そんなものを露ほども気にしたりしない。
憎い。ただ、ただ憎い、憎らしい。あたしにないものばかり持ってるくせに、あたしのものばかり奪いさっていく。
あの創造主さえも、冬の女王を贔屓している。
それは一人を除いて他の女王の共通の認識である。
そう断ずる事象には枚挙に暇がなく事実、この唐突ともいえる領土侵攻『試験』は、はなから冬の国が最も有利であった。
冬の国は強大である。
その広大な地は、春夏秋、三国全てを合わせてようやく等しいほどである。
すなわち、かの国はただ防衛すればよい。
自国を守りきる、それだけで勝利するのだ。
(ずるいわ―!!)
春の女王は爪を噛み続けた。
そして冷ややかな瞳で夏の女王を見据える。
「いいわ。その条件で」
民百名。軽いものだ。勝利の為ならば。
勝てばこの世界全てが春に満たされる。
(その時こそ、あたしはこの世全ての民に愛されるの―)
「で?秋のほうはどうするの?」
秋の女王は一言二言交わしてのち、そそくさと自国へ帰っていった。
この世界の地形において、まず大国、冬の国は南に位置する春の国と連なる山脈を隔てて地が繋がっている。
そして東の大森林を国境に秋の国がある。
夏の国とは内海を隔てているため海路のみである。
冬の国は秋とのみ、交易を行う。なぜなら、秋は農業盛んな国であり、食の都であり、豊富な食材は全ての国へと行き渡っているからである。
そして秋にとっても冬にしかない、あるものを必要としている。
それが氷結石だ。その冷気は豊富な食糧を腐らせない、非常に重要な価値ある交易品なのである。
夏もまた秋と春の国とは地続きである。
春と夏が手を組んだ以上、秋が冬と手を組めば厄介極まりない。
春としては秋も味方に付けたい。しかし
「秋は動かない」
夏の女王は断じた。
「食料の供給は今まで通りだと言った。だが俺たちにもまた冬にもつかないとも言った」
春の女王は眉をひそめる。
「つまり、俺たちが冬とやりあって打ち倒すもよし。
まかり間違って共倒れにでもなりゃあそれこそ万々歳、ってわけだ」
さも愉快であるかのように豪快に笑いながら、褐色の手の平でその黒く艶めく己が膝を叩く。
「チッ、あのデブババア、ほんとに抜け目がないわね」
がりっと爪を噛みながら春の女王は吐き捨てた。
「まあいいわ、どうせはなから期待してなかったもの、で?算段は?」
溜息をつきながら腕を組む春の女王に、夏の女王は不敵に笑った。
「冬の女王を拉致する」
蜜より甘い金色の瞳が大きく見開かれた。
あの女王を拉致する?頭が狂ったとしか思えない。
「本気?…拉致して…どうするの?」
言外に不穏な予感が滲み出た。
だがそれに気づいたのかどうか、したたかな笑みで夏の女王は答えた。
「教えてやるのさ」
「あの感情の死に絶えたお人形さんに、イイ事をな」