7 女王会議(2)
「まあっ、冬の女王もほんとにひさしぶりねえ、相変わらず変わらないわぁ」
ぺちゃくちゃと秋の女王が一人で騒ぎながら、せわしなくつまんだ菓子を口に放り込んでいく。
ふとそれまでしらけきっていた春の女王の視線が、冬の女王の背後にそそがれた。
途端、眼を見開き弾かれる様に立ち上がり、絶叫した。
「その男!私の国の民じゃない!!…盗んだのね!この泥棒!!」
愛らしいまなこはつり上がり花のような唇は怒りで震え、掴みかからんばかりの勢いでつかつかと冬の女王へ詰め寄っていく。
冬の女王はそれまでと何も変わる事なく、身じろぎもせずさながら氷の彫像のごとく、ただ静かに座したままだ。
そして、その背後に影のようにひっそりと佇む長身の男、銀色に輝く鎧、目元まで深く覆う兜からいかなる表情をも伺えず、薄い口元をひき結び、ぴくりとも動かない。
「ハッ!」
渇いた笑い声を発したのは夏の女王だ。
「なにが泥棒だか、別にそりゃあ、ルール違反じゃねえだろ」
くだらないとばかりに頬づえをつきながら、けだるげに手を振る。
構わず春の女王はつかつかと冬将軍の目の前まで詰め寄り、小さく可憐な人差し指をつきつけ命じた。
「跪きなさい!!」
無機質な広間に、その命令だけが、むなしく響いた。
しんと静まり返るそこにはひたすら菓子を貪りつづけている秋の女王以外、誰一人動くものはいない。
つきつけられた指先の男は、視線を向けることもなく、言葉を発することもない。
その視線は常に、眼前の真白の女王へとひたむきに注がれたままであった。
ぶるぶると羞恥と怒りでわななきながら春の女王はその頬を紅潮させていく。
そして唐突に両手で顔を覆い、わっと泣き出しわめきはじめた。
「ずるいっ!どうして私のものばかり奪っていくの!
そんなに私が嫌い?!ひどいわ!私が一体なにをしたっていうの!!」
それまで静観を決め込んでいた春の女王の三人の眷属がわらわらと寄りそい、甲斐甲斐しくてんでに慰め始めた。
秋の女王は「大変ねぇ…」と小声で漏らしながら食後のお茶を執事に注がれている。
夏の女王は「とんだ茶番だな…」とばかりに天を仰ぎ見た。
「ひどいのぉ…っ、冬の女王はぁ…っいつも私のこといじめてぇ…っ」
しゃがみこみ、泣きじゃくるその舌足らずな甘え声の涙を、優しく眷属がハンカチで拭う。
そうして一様に憎悪と穢れた物を見るような目つきを冬の女王へ投げかけた。
春の眷属の無礼なまなざしに、即座に冬の将軍が鋭い視線を向ける。
それは小鳥を射抜く無慈悲な狩人のそれである。
蒼白した眷属は慌てて俯き、誰一人として男に立ち向かう者はいなかった。
こうした一連の流れの中でも冬の女王は身じろぎもせず、表情一つ変わる事はない。
ヴゥン
円卓の中央に据えられた黒い闇のような円柱が様々な色を点滅させ、そして鈍い音と共に、青く発光した。
「創造主様」
4人の女王は立ち上がり、深く敬礼した。
統治者である全ての女王が敬服する唯一の存在、それが創造主である。
その名のごとく、この世界を創り出し、構築した存在。
男なのか、女なのか、老人なのか、子供なのか。
それを知る者は誰一人この世には存在しない。
創造主がこれを是とすれば、そうなる。それがこの世の理なのである。
『すべての女王に告ぐ―』
あらかじめ定められた音が羅列したような響き。高く、低く、重ね合わされたその音からは、およそ生物的な何かを一切感じ取ることができない。
『これより領土拡大をおのおの実行せよ 手段は問わず 期限はもうけず
もっとも 領土をえたものは あらゆる願望が満たされることを 約束する―』
その瞬間、4人の女王の眼が一様に見開かれた。
フッ、と発光は消え失せ、その円柱はまた黒い無機質なものへと戻った。
しんと静まり返る広間に、それまで泣きじゃくっていた春の女王がまた別の震え方をしながら、慄くように呟いた。
「なに…それ、どういう事…つまり、それって…」
ダァン、と夏の女王は白い円卓にその褐色に日焼けした硬い拳を叩きつけた。
「つまり創造主様はこう仰ってるんだ」
双眸は真紅に燃え上がり、豪快なその口内から鋭い犬歯が真白く輝く。
「俺たちに、ノールールで戦争しろってなぁ!!」