60 再会(3)
酒場の料理はアリーシアにとってどれも初めて口にする刺激的なものばかりだった。ジェットは赤い色のスープにさらに脇に置いてあった香辛料をかけている。赤いスープがさらに赤くなった。アリーシアがその手元をじっと見ているのに気づき食べたいのかと聞くと、こくりと頷く。
「これ相当辛いぞ?大丈夫か?」
笑いをかみ殺しながらジェットはそのままスープをアリーシアの手前に押しやる。
赤いスープには黄色味をおびた麺が入っていた。あつあつの湯気をふーふーしながらアリーシアがその麺を少しすすってみる。辛さが頂点を極めたのか顔中が真っ赤になりはじめた。おもわず口元を抑えむせはじめる。
「言わんこっちゃねえ」
笑いながらジェットは樽ビールを差し出した。それを両手で受け取りごきゅっと一口飲むと冷たくてはじけるような爽やかさが喉を越えて辛さも熱もすっきりと押し流していく。アリーシアはそのままごきゅごきゅと飲み干していった。ぷはーっと大きく息をつき、そしてしゃっくりした。
「ぶはっ!あんたほんとに可愛いな」
頬ずえをついて眺めていたジェットが噴き出しながら本気なのか冗談なのかよくわからない顔をしてアリーシアの傍へ顔を近づけてくる。
「俺とつきあわないか?」
「あわない」
しゃっくりをしながら赤い顔のアリーシアがそれを横目で見やり被せ気味に目をすわらせて答える。
「なんでだよ、もうちょっとそこは悩んでくれよ」
不平をたらすジェットに構わず、アリーシアは追加された樽ビールに手を伸ばす。
さらにジェットが距離をつめてアリーシアの耳元まで唇をよせ低く囁いた。
「あんたは冬の国に行きたいんだろ?」
アリーシアはさっ、と顔色を変える。そして周りを見渡した。
「ははっ、なんだ俺の事心配してくれるのか、やっぱあんた優しいな。でも俺はこの国の人間じゃないから罪にはならないさ」
ジェットは快活に笑い、そして一呼吸おいて真剣なまなざしで再び囁いた。
「俺ならあんたを冬の国に連れてってやれるぜ?」
目と目が交差した。その赤い瞳には嘘が見えない。しかし初対面で信用できるはずもない。どう答えるべきかアリーシアは迷った。
冬の国には行きたい。間違いなくそこに自分の失ってしまった記憶への手がかりがあるはずだから。けれどこのまま逃げるように侯爵邸から去っていいのだろうか。少なくともレイムナートとは正面からきちんと話をするべきだろう。替りといえど、彼は私を心底誠実に尊重してくれたのだから。
アリーシアは首を静かに振った。
「そっか」
ジェットは思いのほかあっさりと引き下がる。そして己の中指に嵌めていた指輪を抜き取った。
「んじゃあ、まあ、俺が必要な時はこれで呼ぶといい」
その指輪は黒い鋼のような分厚く太目な金属に燃え盛るような真紅の大きな石が一つはめ込まれている。
「おっと、このままじゃまずいか…」
胸元をごそごそと探り、黒い金属のケースから残った煙草を抜き取り指輪を入れアリーシアへ差し出した。
「こいつを火のある所にくべればいい。そしたら俺がすぐすっとんで来てやるよ」
受け取ったそれはアリーシアの手にほんのり暖かった。しかし受け取ったものの、どうして初対面の自分をそこまで助けてくれようとするのか、どうしても理解できない。
小首をかしげる姿にジェットは少しきまりが悪そうに苦笑いしそして頭を掻いた。
「あんたには、でっかい借りがあるのさ」
そうして破顔したその顔は、いつかどこかで見たようなどこか憎めない無邪気な笑顔だった。




