6 女王会議(1)
「ちょっとぉお!誰も来てないってどういう事よ!」
窓もない無機質な広間に真っ白な円卓、背もたれのある飾り気のない椅子は4脚、広間は四方に向けて回廊が造られている。
円卓の中央には、大の大人が数人ほどで囲めるほどの黒い円柱が天井よりもさらに天を貫かんばかりに垂直に伸びている。
その円卓に備えられた一つの椅子に美しい少女が一人、腕を組んで座している。
その少女は年齢は16ほどであろうか、やわらかに風をはらむ長く淡い薄紅色の髪はゆるやかで、頭上には金細工で優美な花々を模した王冠を頂き、随所にふんだんに嵌め込んだ色とりどりの宝石をきらめかせている。
可憐ないでたち、目鼻立ちははっきりと、大きな瞳の色は蜜よりも甘く金色に輝き、血色にほんのり色づく小さな唇と共にとても愛らしい。
つややかに色づく頬を膨らませ、朝の小鳥のさえずりのように悪態づく、この可憐な美少女こそが春の女王―
その傍には金髪碧眼の見目麗しくようやく青年になったばかりのような初々しい男性が3人、甲斐甲斐しい様子でかしづいている。
その一人が恭しく、持参した華やかな意匠のティーカップを女王に優雅に差し出す。
溜息をつきながら一口、女王は口を付けた。
「なぁに?これ、あたし、今日はベリーティーって言ったわよね」
愛らしい瞳に侮蔑を含ませ、カチャリとカップを置く。
「お許しを…っ陛下」
給仕した金髪の青年が顔を青くしてさっと跪く。
他の二人の青年は我関せずとばかりに、ひっそりと女王の側に侍っている。
「そうねえ…もう飽きてきちゃったし、そろそろ眷属の替え時かしら?」
にっこりと微笑むその姿はまさに花の女神のごとく、小さく細い指を突き合わせる。
「おっ、お許しください陛下!どうかそれだけは…っ!」
美しい青年は哀れなほどに震えながら顔面を蒼白させ、女王が身にまとう、ふわりと風がはらんだ鮮やかな薄紅色のドレスの裾に取りすがる。
「あっはははは!相変わらずだなぁ!春姫!!」
無機質な白壁の広間に、低くかすれた、それでいて力みなぎる女の笑い声が響き渡った。
回廊を抜け円卓の前に現れたその姿は、年齢は20半ばの長身、鍛え抜かれた肉体は浅黒く、肌は艶めき、鍛錬の成果を物語るかのように、割れた腹筋とすらりと伸びた手足、獣の皮をなめした黒のコート、黒いズボンと同じく鈍いツヤを放つ編上げられた踵の高いブーツ、黒髪は短く襟足は刈り上げられ、直した事などないような癖毛をそのままに、その頭上には黒い鋼鉄を編んだかのような飾り気のない無骨な王冠を頂き、切れ長の瞳は赤く燃えさかる炎そのものである。
「ふん、相変わらず本当に下品ね、夏の女王」
鼻を軽く鳴らして春の女王はそっぽを向く。
「女王会議なんて久しぶりじゃねぇか?
それも『創造主様』じきじきのお呼びなんてさ」
夏の女王は意に解する事もなく、どかっと音を立て椅子に腰を降ろし、その長い足を盛大に組んだ。
「あらあらまあまあ、皆さまお久しぶりねえ~」
いささか甲高い声が広間に響く。
ふくよかな体を揺らしながらその肉感的で小さな指に挟む赤茶けた扇をゆったりとあおぎながら、また一人、女性が円卓の前へと姿を現した。
茶色の髪を結いあげた柔和な顔つきに口元の大きなほくろが印象的で、目元には年輪を感じさせるこじわが見て取れる。
栄養が行き届いているのだろう。
椅子に腰を降ろすがその余りある体重でミシリときしんだ音が漏れた。
体型に合わせたそのドレスも茶色で統一されているが手の込んだレースと金糸が随所にきらめき、やんごとない地位である事を隠さない。
その傍らには、ひっそりと秋の女王に比べれば、かなり小柄に見えるほっそりとした薄い緑色の頭髪をもつ初老の執事が控えており、温和な微笑を浮かべている。
「こちら、新商品のチョコレートボンボンですのよ。いかが?」
ふっくりとした指が執事の掲げる美しく包装された箱から、艶のある一口サイズの菓子をつまみあげる。
いくつも着けた指輪がぎらぎらと輝いた。
「生憎、甘いのは好きじゃないんだ」
夏の女王は肩を軽くすくめた。
「あたし採れたての新鮮な果物じゃないとだめなのぉ」
指先をその花のような唇に押し当て、愛らしいさまで春の女王はかぶりをふる。
「あらまあそれは残念ねえ」
さして気に掛けるふうでもなく、そのつまんだ菓子を秋の女王は
赤い紅を塗りたくった唇を開いて、ぱくりと放り込んだ。
その時、静かに凍てつく冷気が広間へと忍び込んでくる。
途端、春の女王は興ざめした顔つきで鼻をならす。
夏の女王は変わらず足を組み、気だるげに頬杖をついているがその眼は激しく炎が燃え盛るようにきらめいた。
秋の女王は何の頓着もなく次々に持参した菓子を口に放り込んでいる。
円卓の前へと進み出た4人目の女王は、言葉を発する事もなく静かに、優美な所作で椅子に腰をおろした。
その表情に浮かぶものは何もなく、その瞳には何も映さない。
美しく真白でしなやかな手を膝に重ね、白く透きとおるまつげを静かに伏せる。
ここは降臨の塔、全ての国が面する内海の中央に建てられたこの白い塔は、創造主が降臨するという誰をも侵す事のできない神聖な場所である。
数年ぶりに、ここに全ての国の女王が一堂に会したのであった。