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21 夏の女王(1)


 創造主を殺す―…


この世界も、女王も、民も、全てを生み出したのは創造主である。

いわば神にも等しき存在に、反旗を翻そうというのか―…


それはあまりにも無謀、いや、愚かしいまでの、妄言だ。


女王は背を向けたまま、沈黙し続けた。

そのような馬鹿げた妄想に返す言葉など、何一つない。


ふっ、とジェットは軽く息をつき、再びごろりと仰向けになる。


「ま、あんたはお気に入り、だからな。」


やや皮肉めいた口調にも、反応することはなかった。

それもまた、夏の女王の思い込みにすぎないからだ。


しばらくして、背中から寝息が聞こえてくる。

無遠慮に伸ばしてくるその長く硬い手足のせいで、女王は寝台の隅にまで避難する羽目になった。

そうしてようやくまどろみ始めると、暑さのせいなのか唸りながら手を伸ばし強引に引き寄せてくる。

そうしてひんやりと冷たい女王の身体を抱き寄せすり寄りながら、満足そうにまた寝入り始めた。


(…私を氷嚢代わりにするとは…)


さすがに不愉快さを抑えきれなくなってきた。

夏の国の民は夜のうだるような暑さの時には氷結石を利用している。

女王の居室であればそれこそ快適な気温に常に保たれているはずだ。

だがこの部屋には氷結石の欠片一つさえ見当たらない。


(私への対策か…)


静かに溜息をつき、寝台に身を預けた。



(…望み…)


勝者にはいかなる望みも叶える、という。


冬の女王の望むことなど決まっている。



私の民が心安らかであればそれでいい―。





朝の光が、強く差し込む。


解放感に満ちた部屋からは、ぐるりと海やレンガの街並みを見渡せ、遠く霞む砂丘が遠目にも陽射しでまばゆい。


朝の風が爽やかに冬の女王の頬を撫でた。


空はぬけるような青さと、真白い雲がたなびいている。


静かに寝台から身を起こす女王の傍にはジェットの姿はすでになかった。



そしてほどなくして戻ってきた。

再び色鮮やかな果物をふんだんに揃えた木の盆を小脇に抱えて。


決してそれを女王が口にしないとわかっている筈なのに、律儀に口元へそれを運んでくる。

世話焼きな部分があるのかもしれない。


結局全て自身でたいらげ、指を舐めながらジェットは尋ねる。


「それで?あんたの答えは?」


しばらくの間、沈黙が流れた。

女王はまつげを伏せ静かに俯く。

そして毅然と顔をあげ短く言い放った。



「断る」


透きとおる氷のように冷たい声が冴え渡った。


ジェットはその瞬間すっくと立ちあがる。

そうして再びしゃがみこんだ。


長い、長い溜息をつく。

指先でこめかみを押さえ、天を仰いだ。


それからようやく絞り出すように声を漏らした。


「…つまり…つまりあんたは…」


日は昇り、その強い日差しは逆光となって夏の女王を照らし、その影はあまりに暗く表情を伺い知る事はできない。


「俺が…あんたをどう思おうが、あんたにとってはそれはどうでもいい、って事か」


俯き、呟くように絞り出す声には、怒りではなく失望が滲んでいた。


女王は何も答えない。その瞳には何も映さない。

たとえ目の前に、誰がいようとも。


「残念だ」


逆光でひとかたまりの影に、二つの瞳が浮かび上がる。

それは恐ろしいほどに、赤く燃え盛る赤い瞳であった。


ゆっくりと後ろ手で引きずり出してきたのは、ざらざらと鈍く耳障りな金属音を響かせる赤黒い鎖。


「本当に残念だよ」


その鎖は冬の女王の腕ほどの太さで、巻き付ければゆうに3重、4重ほどになりそうな長さである。


その鎖の熱さは、おそらく今着けられている枷の比ではない。



「これだけは使いたくなかったんだがなあ…」


そういう夏の女王の声にはいっさいの抑揚はなくその瞳には怒りさえ宿さない。

ただ、ただ無表情であった。


鎖は音を鈍く立てながら、女王の目前まで迫る。

だが、抗うわけでも、声をあげる事もない。


ただ静かに冬の女王は目を閉じ、身じろぎもせずその場に座したままである。


ジェットが、冬の女王に譲歩していることはよくわかっていた。

だが、何もかもやり方が間違っていた。

夏の国が素晴らしく恵まれた良い国である事は認めよう。

しかし、それだからといって


(私の国が、私の民が、そうでないわけではない。)


夏から見る冬は、どれほど過酷だろうか。

寒さに打ち震え、娯楽も限られ、民は常にやむ事のない雪と共に生き続ける。


そのような国で生きるより、暖かくおだやかに日々を楽しく過ごす事が出来る、この国で生きる方がずっと幸せだ。


そう夏の女王は、冬の女王に突きつけたのである。



それはまぎれもなく、我々に対する、純粋な侮蔑に他ならない。


全ては価値観の相違。

理解しあう日がくるには、あまりにも時間が必要だった。


新たな枷が、女王の足元を掠るほどの距離にきたとき



その時


地の底から、ズ…と、さながら胎動のごとく、ゆるやかな衝撃が足先から脳天まで体中をかけ巡った。


それは不気味なほどに、緩慢な揺れだった。


ジェットは、瞬間、鎖を放り出し、勢いよく立ち上がった。


それと同時に、ドン、と、さながら間近で爆発が起きたかのように耳をつんざく大音響が響き渡る。

大地は激しく揺れ、ギシギシと建物のあちこちから軋む音が漏れた。


その時には、もう夏の女王は部屋を飛び出し、走り出していた。

最上階であったそこから勢いよく飛びおり、そのまま屋上を駆けてゆく。


「衛兵ー!!報告しろー!!!」


力強い声を張り上げ、走り続ける。



「陛下ぁああ!」


悲鳴をあげ、人々が逃げ惑うなか一人の兵士が通りを駆けながら声をあえがせる。


「北東の…!北東の火山が爆発しました!!」



はっ、と息をのみジェットは振り返った。




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