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10 女王拉致計画(2)


青い髪の男がひっそりと立ちすくんでいる。

すらりと細身の長身が赤く照らす明かりの影に色濃く伸びる。


そこは宰相の部屋、とはいっても、やはり他国の貴族に比べればかなり簡素な造りの一室であった。

その書斎の机の上には、およそ両手で抱え込めるほどの黒い金属の箱が置いてあり、中は真紅の輝きを放っている。

パタンと、男はその蓋を閉じた。


この箱の中身は炎力鉱である。正確にはその鉱石を使用した装飾品の類であった。

炎力鉱はその名の通り、夏の国を原産とし、炎を操る女王の権能が込められた火にまつわる石である。それは世界へと流通し、冬の国もまた例外ではない。

氷結石よりもずっと価値は低いため、安価に出回っている、特に珍しいものでもないのだ。


だが―


(この箱の中の鉱石はあまりにも純度が高い)


炎力鉱は氷結石の冷気を吸い取る性質がある。

すなわち、氷の権能にとって弱点ともいえる代物である。


そういうものがここ数日交易ルートを辿って発見され、そうして宰相の元へと運び込まれた。


夏の国の船団による襲来から、秋の国との国境付近の警備も強化され、ほんのささいな怪しささえも見逃さない、厳戒態勢である。


再び箱を開き、指輪に細工された真紅の石を手に取り眺めまわした。

宰相は夏の国の生まれである。

女王に息を吹き込まれたその瞬間から、冬に生きる決意をした。

だが、半身はいまだ夏の残照を捨てきれないままでいる。

炎力鉱を素手で扱えるのが何よりの証左なのだ。


そしてこれほど高い純度をもつ鉱石であれば、たとえ女王であろうとも、この焦熱に抗う事はできまい―



荒々しい音を立てて、箱を閉じた。

今自分は一体何を考えたのか?


その時、外に祝いの歓声が上がった。


窓を覗くと、白銀に輝く鎧を身にまとう長身痩躯の姿、たなびく長い銀色の髪、常に表情を覆っていた重たく厚い兜を脇に抱え、悠然と民衆の合間を歩んでいる。

その視線の先には、敬愛するあのお方の姿があるのだろう。

見なくともわかる。

苦々しげに宰相は窓から背を向けた。


(私の方がずっと、ずっとあの男よりも長くあの方を愛しているのに!)


握り締める拳が震える。



ふいに記憶の中に、荒れ果てた髪、衣服は薄汚れ眼球は落ちくぼみ手足は骨と皮だけの、惨めで脆弱な少年の姿が浮かび上がった。


その頃はまだ宰相の地位にはなく、ただ懸命に女王の覚えめでたくならんとさまざまな議題をこなしていく日々だった。

そういう時、視察から帰還した女王の後ろをよたよたとついてくる少年の姿を見た。

思った事はただ一つ。さほど長くはもたないだろう。という事だ。

元々春の民が冬の民となる事は極めて稀ではあるが、前例はある。

しかし全て長生きはしなかった。

冬の息吹を受けた所でこの過酷な国では生きながらえる事が出来ないのだ。

そうして、いつのまにか少年の姿はどこかへ消えた。

概ね移民はまず集石場で働く事になる。

そこは凍れる洞穴から氷結石を採掘し、集め、磨く非常に体力のいる仕事だ。

はたしてあのか細い少年に耐えられるかどうか。


同じ移民でも、宰相は違った。

その商才と才覚を認められ、集石場には送られず幸運にも城内の事務に携わる事が出来たのだ。


それが宰相の将軍に対する一つの優越感となった。


ついには、女王の側近となり、不老の恩恵を得る事になった。

眷属になる事も不可能ではない、そう夢想しはじめた頃


目の前に白銀の甲冑をまとう一人の男の姿があった。


体躯は己のそれより頑強で背丈もゆうに超えられている。

なによりその冷徹なまなざし、秀でた額、涼やかな目元、引き締まった薄い唇、あらゆる艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えた末に得たのであろう静謐で一切の隙もないふるまい―



宰相は初めはそれと気づかなかった。そして驚愕した。

内政と軍事、両派閥が馴れ合う事は決して無い。

報告では幾度もある一人の男の目覚ましい武功を耳にしてはいたが…



もはや、あの脆弱な少年の面影など微塵もなく、今ではこの私と同等に肩を並べるほどの地位を築き上げ、そうしていつのまにか奪われてしまったのだ…


この世に並びなき、凍てつく氷より誇り高く、雪より気高き私の女王を―



男は気づけばまたその黒い箱から鈍く真紅に光る宝石が散りばめられた首飾りを手にとっていた。


その炎のごとききらめきは、男の闇のような黒い瞳の中でいつまでもくすぶり続ける。


まるで自らも、燃え盛る炎に包まれたかのように―…



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