ウワサの色
ウワサには色があるって知ってた?
わたしにはそれが見える。
ウワサ話をしている人たちの周りには、どんよりとした雲みたいなのが漂っている。
おしゃべりする人たちの口から吐き出される煙が、彼らの顔の周りをたゆたって、話が盛り上がっていくとモヤモヤとした雲になる。
その雲をよく見ると、どんなウワサなのかまで見えてくる。
他の人には見えないし、スピリチュアルなオーラとかはよく分からないけど、そんな感じなんだろうな。
バスを待つ高校生二人組は、赤い雲に包まれていた。
赤い雲は恋愛のウワサ。
「あいつ、とうとう告白したらしいよ。」
「まじで? どうだったの? 成功?」
「そこまでは聞いてない。」
「そこ、一番大事じゃん!」
「友達からの又聞きだし。」
「でも、あの子って彼女いるらしいじゃん。」
「それな。」
ちょっと面白そうな噂だから、思わず聞き耳を立ててしまう。
お金に関係するウワサは黄色い雲。
スーツの二人は、サラリーマンの先輩と後輩だろうか。
「まじで転職するんッスか。」
「ああ。今んトコじゃ給料一千万なんて一生無理だべ。」
「そりゃあそうッスけど、今どき、どこも給料は厳しいんじゃないッスか?」
「それがさ、良いトコ見つけたんだよ。月給も今よりも良いし、さらに出来高制で倍ぐらい貰えるんだ。人脈のある人優遇って、オレにうってつけだべ?」
「人脈って、どんな仕事ッスか?」
「なんか沢山の人を紹介して、その人たちが次の……」
白い雲は良いウワサ。
その人が素晴らしい事をしたとか、褒められるようなウワサ。
「あそこの息子さん、難関校に合格したらしいわよ。」
「あらぁホントに〜? 小さい頃から、勉強できるお子さんだったものねぇ。」
イスに腰掛けて別のバスを待つマダム達は、ご近所さんの良い話で花を咲かす。
でも、真っ白な雲なんてほとんど見ない。雲には段々と色がついて染まっていく。
「あの奥さんは三流の学校出身らしいから、鳶が鷹を生んだって感じねぇ。」
「彼女、お釣りを間違えて困った事があるらしいわぁ。引き算もできないのかしら。」
「おほほほほ。」
悪いウワサは黒い雲。
白から灰色、鉛色から黒へとドンドン色が変わっていく。
「パートに出ないといけないのも可哀想よねぇ。」
「きっと旦那様の稼ぎが悪いから、息子の学費も出せないのよ。」
白いだけの雲なんて見たことがない。きっとみんな、他人を褒めるだけのウワサはしたくないんじゃないかな。その人への嫉妬から、悪いウワサに変わっていく。
バスが到着する頃には高校生のウワサも黒くなってきた。
「もしかしたら、二股とか三股とかもしてるんじゃないかな。」
「確かに。あいつら恋愛体質だから、そっち方面は不真面目そう。」
サラリーマンたちも黒い雲に包まれる。
「同期で騙された奴がいるんッスよ。」
「そいつが馬鹿なだけだよ。」
「まあ、馬鹿は馬鹿ッスけど。」
「だべ!? 引っかかる奴ってのは傾向があってさ。後の事をあまり考えない奴。で、金が足りてない。」
「まあ、いつも金はない奴ッスね。推しに金かけてるんで。」
「だべ!?」
正直、黒い雲ばっかりで見飽きてしまった。なんで人間ってそんな悪いウワサ話が好きなんだろう。
わたしはバスに乗る直前、自由気ままに走っていく猫ちゃんを見かけた。
猫ちゃんだったら、ウワサ話なんてないから気楽だろうな。
バスの窓から外の景色を見る。人のいない上の方、青空に浮かぶ雲を見つめる。
気持ちが良いくらいの白い雲。
不意に、わたしの名前が聞こえた。
そちらをチラリと見ると、同じ部の人たちだ。わたしには気付いていないみたい。
「なんかこう、話づらいっていうか、雑談に乗ってこないじゃないですか。」
「仕事とか見てたら分かるでしょ。クソ真面目な子なんだよ。」
「だから彼氏と別れたんじゃないですか。」
その人達の周りはすでに黒い雲で覆われている。
そこにはいろんな人の名前が見える。順番に悪いウワサをしていたのだ。もちろん、わたしの悪口もそこに見えた。
うん、見なきゃ良かった。
わたしは小さく独り言を呟く。
「だから、あんたらと話したくないんだよ。」
独り言なのに、口から黒い煙が出る。
思わず手で口をふさぐ。その煙を吹いても、わたしの周りから離れていかない。
「嫌だ。あんな奴らと同じになりたくない。」
また黒い煙。
ウワサじゃない。悪口かもしれないけど、ただの独り言。
なのに黒い煙が止まらない。
わたしの体の中全てが黒くなったような気がして気持ち悪い。
「うぷっ」
わたしは嫌悪感に耐えられず、吐いてしまった。
もちろん同じ部の人に気付かれた。
嫌だ嫌だ嫌だ。
私は次の停留所でバスを降りて、そのまま歩いて帰ることにした。
きっと今頃、わたしの事を「バスで酔って吐いた奴」だとウワサしているに違いない。
違うのに。
吐いたのは、あんたらのせいだ。
黒い雲のウワサしかしない、あんたらのせいだ
「あんたら、いっつも気持ち悪いんだよ。」
帰り道。わたしは一人で、みんなの悪いウワサを言い続けた。
ずっと黒い煙を吐き続けた。嫌だけど、止められない。
家に近づく頃には、わたしは黒い雲に完全に包まれていた。
だから周りが見えなかったんだ。
聞こえてきたのは、バスの警笛。
わたしの脚には大きな後遺症が残ってしまった。
もう外に出られなくなった。
だから、もう誰とも会わなくて良くなったんだ。
もう黒い煙を吐かなくて済む。
もう黒い雲を見なくて済む。
わたしは飼い始めたばかりの猫ちゃんを抱きしめた。
あと、青色は健康に関するウワサ。