007 その離れには
本邸にいる侍女とは、制服も何もかも違う。
ややふくよかであり堂々とするその様は、古くからこの屋敷に勤めていそうな人だった。
見つかったのは誤算だったけど、ある意味好機かもしれないわね。
ここで古くから支えている人間は、絶対に役に立つもの。
「奥様に頼まれて、お庭の掃除をしようと思っていたのですが、掃除用具の倉庫がどこにあるのか分からなくて……」
「奥様? 掃除用具って……」
腰に手をあて、キツい目をさらに吊り上げる侍女。
かなり訝しんしんでいるようね。
まぁ、見たこともない侍女がこの離れに近づいてきているんだから、それもそうか。
ある意味彼女は忠実な人なのかもね。
「本邸にいらっしゃる奥様です……。その……大奥様より、掃除を奥様も申し付かっていて」
「ああ、大奥様のご命令なのね」
「はい。奥様にはよく働くように、とのことだそうで」
「それで侍女までかり出しているの?」
「奥様一人ではどうにもならないとのことで、私たちはご実家より手伝いに来ているのです」
さも興味なさそうに、『ふーん』とだけ彼女は漏らした。
でも今の話で何も疑問に思わなかったってことは、奥様が本邸にいることは知っているってことよね。
知っていて、夫と愛人の世話をしている。
つまりは義母も知っているってことか。
なんともまぁ、恥ずかしくないのかしら。
いくら私が始めから貴族ではないとはいえ、この屋敷中の人間たちが平民を……いえ、私を見下しているのね。
腹を立てるだけ無駄なのだろうけど、本当に人として腐ってるわ。
「掃除用具の倉庫は、この中央を抜けた先よ」
「あ、ありがとうございます。行ってきます」
「……奥様って、プライドがないのかしらね」
ぼそりと漏らしたその侍女の言葉に、私は足を止めた。
どうしてこの場面でプライドの話に繋がるのか、私には分からない。
分からないけど、考えるよりも先に言葉が口をついていた。
「どうでしょうか……。私にはプライドが全くないようには思えませんが、プライドだけでは人は生きていけませんからね」
「まぁ、そうでしょうね。そこだけは同意だわ。ともかく、貴女たち侍女も奥様もくれぐれもこの離れには近づかぬように言っておいてちょうだい」
「分かりました。こちらのお掃除などはしなくてもよろしいのですか?」
「離れには、離れ専用の侍女や使用人たちがいるから手は足りているわ」
「ああ、そうなのですね。分かりました。ありがとうございます」
私の言葉を聞くこともなく、ため息まじりに言い捨てるようにその侍女は自分の持ち場へと帰って行った。
「ふぅ。危うくバレるかと思ったけど、向こう側の人間たちと顔合わせしていなかったのが幸いしたわね」
でも彼女の話のおかげで、一個だけ解決したことがある。
本邸にはまったく人を配置していないのに、あっちには足りるだけの人間がいる。
おそらく人件費はそっちに流れているようね。
ただ離れはそんなには大きくはない。
膨大なお金がかかるほどではないのよね。
「そうなると、どこにお金を使っているのか」
まぁ、あの愛人に使っているのは間違いなさそうだけど。
ここは仮にも男爵家なのよねぇ。
たった一人の愛人の散財くらいで、ここまで傾くかしら。
しかも愛人さんは、貴族令嬢なわけだし。
お金持っていないってワケでもないでしょうに。
「そこらへんも兼ねて、もう少し調べないといけないわね」
全部を綺麗に一掃するには、細部まで知っていないとね。
あとから変な邪魔が入っても困るし。
「ああ、こんなとこにいらっしたのですか!」
ブツブツと考えながら歩く私を、マリアが声をかけてきた。
どうやら私を探していたような様子で、やや息が荒い。
「何かあったの?」
「そうなんです! 他の者が掃除の最中に丁度見つけて! まだ間に合うはずです。とにかく来て下さい」
「え、ええ」
私はマリアに促されるままに、本邸へと歩き出した。
しばらく歩くと、玄関先に見慣れない馬車が横付けされている。
この屋敷には似つかわしくはない、白く大きな馬車。
白に水色の細工が施され、中には高そうな皮で座椅子が造られている。
どこかの貴族様が遊びに来ているのかしら。
それにしてもこれ一台で、相当なものよね。
だってこの家に置かれている馬車の比ではないし。
挙式の後に夫と乗った男爵家の馬車は、辻馬車かと思えるほど質素だった。
革張りすらされていない座席は木のままで、何も敷いていないから腰が痛くなったのよね。
あれなら、実家にある中古の馬車のが幾分かマシだと思えた。
にしても、だ。
この馬車は明らかにこの屋敷には似つかわしくない。
だって元よりお金持ちが集まるような感じではないんだもの。
補修は少しずつ進んでいるっていったって、元が元だからね。
「奥様、ぼーっとしてないで急いで下さい!」
「ああ、うん。すぐ行くわ」
おそらくマリアが急かす先に、この馬車の持ち主がいるはず。
私は言われるままに、小走りで本邸に入った。
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