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004 侍女のレンタル代は嫁持ちで

 あまりの屋敷の困窮(こんきゅう)と汚さに、私は数日で早々にさじを投げた。


 修繕(しゅうぜん)をするにしても掃除をするにしても、無駄に広く荒れ果てたこの男爵家は一人ではどうにもならなかったから。


「ダミアン様、使用人を増やすことは出来ないのですか?」

「またその話かい、アンリエッタ」


 夫となったこのダミアンと顔を合わすのは、1日一回だけ。

 この家族が集まる朝食の時間だけだった。


「嫁のくせに、掃除も満足に出来ないなんてどういうことなの。全く使えやしない! タダでご飯を食べようなどと、どれだけ厚かましいのよ! 働かない者には食べる権利などないのよ」


 金切り声で姑が叫んだ。

 確かに、この話はこれで何度目かしら。


 一向に許可をする気がないのはわかってるけど、一人ではどうしようもないんだもの。


 実家にいた時もよく同じ台詞を言われたものだわ。

 でもココでは少し意味が違うのよね。


 はっきり言ってしまえば、この屋敷で働いているのは私と一人のシェフと、洗濯と買い付けをしている侍女だけ。


 姑は屋敷の中を徘徊しては、私の掃除に文句をつけるだけで特に手伝うわけでもない。

 そしてこの夫にいたっては、何をしているのか知らないけど(くだん)の離れに引き籠ってしまっている。


「そうは言われても、私一人では限界があります」

「本当に全力でやってるのかい? 手を抜いているから、間に合わないのではなくて?」


「私は手など抜いておりません。一人でこの広いお屋敷の掃除も修繕も行っていますが、手伝ってもらえないのなら、せめて誰かを入れて下さい」

「没落寸前の貴族だったから、この嫁はうちを馬鹿にして働かない気なのよ! だから安易(あんい)に人を雇うだなんて言うんだわ」


 どこをどうしたら、そこに繋がるのかしら。

 被害妄想も(はなは)だしい。


 第一に没落寸前だったのは、誰のせいでもなく自分たちのせいでしょう。


 それに貴族の家に嫁いだからって、こんな使用人以下にこき使われるのっておかしいと思わないのかしら。


 この人たちにとっては、嫁はタダ働き要員としか考えてないのよね。

 まだ商会で働いていた時の方が、微々たるものでも賃金をお小遣いとしてもらえたのに。


 どんどん私の人生、悪化している気がするわ。


「働かない気ではなく、屋敷をより良くするためです」

「別に誰かに見せるわけでもない。お金がかかるぐらいならば、君だけで十分だ」


「ですがこれから社交界の時期なども始まるのではないですか?」

「元々、うちはそういうものとは無縁だ」


 無縁だって、それはお金がなかったからでしょう。

 せっかくお金が手に入ったのだから、また昔のような栄光を、とは思わないのかしら。


「無縁というのは行わないというのですか?」

「ああ、必要ない。だから君がこの屋敷を切り盛りすればいい。君はココの女主人になったのだろう。それが君の務めだ。それに君ならば上手く出来るって信じているよ」


 だーかーらー。

 私は使用人ではないんだってば。


 ドヤ顔で言ってるけど、それは全然優しさでもないんだからね。


 信じなくていいから、手を貸すか金をかけて欲しいんだってば!


 どうしてこんなにもわかり合えないものなのかしら。

 なんか、同じ人間と会話していないみたい。

 私は一体、ナニを相手にしてるのかしら。


 あの父も大概だったけど、ココも変わらないわね。


「ダミアン、あなたがそうやって甘やかすから付け上がるのよ」


 もう、今の話のどこに甘やかしがあったっていうの?

 どこにもなかったわよね。

 同性なら夫よりはもう少しわかり合えるかもしれないと思った時期もあったけど、所詮嫁・姑なのよね。


 夫も姑も、私には一生わかり合える気がしないわ。

 でもだったら、やり方を変えないとダメね。


 他も計画通りに進めていきたいし、やることはたくさんある。

 だったら今は、多少のコトは目をつぶるしかないわ。


「でしたら、私から父にお願いして実家の侍女を連れてきてはダメでしょうか?」

「商家の侍女だなんて。そんなのをこの家に入れるのはダメよ。うちは由緒正しき男爵家なのよ」


 はいはい。また始まった……。

 由緒正しいだけの、とーーーっても汚いお屋敷だけどね。


 ほこり臭いし汚いし、私がいろいろ限界なのよ。

 由緒正しくったって、こうも汚いと私が無理なの。


 あなたたちはこのオンボロ屋敷にずっといたから気にならないかもしれないけど、私は無理。

 本当に無理。


 むしろ潰して一から建て直したいと思えるほど、無理なのよ。

 いい加減、やんわり言ってあげている私の優しさに気づいてよ!


「だが君の父親に頼むと、いろいろうるさいだろ」

「そこは私がなんとかいたします」

「だが……」

「侍女のお給料は、私の貯金から充てますので男爵家にはご迷惑をおかけいたしません」


「そうか。まぁ、君がそこまで言うのならば仕方ないな」

「甘やかすつもりなの、ダミアン」

「いえ母上。屋敷が綺麗なのも、母上の健康のためですよ」


「だったら、嫁であるアンリエッタにやらせればいいじゃない」

「間に合わないのなら仕方ないですよ。アンリエッタ自ら、自分が無能で、一人では無理だと認めたのです。そこまで言うのだから、優しい心で許してあげないと可哀想ですよ母上」


 ダミアンは髪をかき揚げながら、さも優しく寛大な夫であるかを姑にこんこんと話していた。


 どこが優しく寛大なのだろう?

 頭おかしいのではないですか?


 だいたい、無能ってあなたに言われたくないわよ。

 何にもしないくせに。


 思わず素が出そうになるところを必死に、私はやや冷めたスープと共に流し込んだ。

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