003 結婚式はドレスが主役
「おお、ぴったりのドレスだな~。ああ、華やかでいい感じだ。さすがに新しいデザインで作らせただけのことはある」
「……ありがとうございます、お父様」
父が商会で仕立てさせた白いウエディングには金で縁取った青いリボンが所々に施されていた。
清楚なデザインではあるが、私の薄紫の瞳と髪の色にはあまり合ってはいない。
そう、このドレスはただの新商品の宣伝として着させられているだけ。
私のために作られたわけではない。
いわば今の私は、生きたマネキン人形だ。
一人娘の晴れ舞台ですら、父にとっては商売の道具でしかなかった。
そして厳かといえば聞こえはいいが、結婚式の飾りつけなど無駄な物はほぼなく、ただドレスが引き立てられるようになっている。
しかしあまりの簡素さに、相手方はこの式場を見るなり文句こそ口には出さないものの、顔を赤くさせていた。
おそらく父がいる手前、今は強くなど言えないのね。
なにせ私のドレスも相手のタキシードもこの会場も、みんな父が用意したものだから。
しかも相手方の参列者はほぼなく、こちら側の参列者は業者のみという徹底ぶり。
相手ではなくても、怒る気持ちは分かる。
最低な結婚式ね。主役がこのドレスだなんて。
「いやぁ、いい式ですなぁ」
「なかなか、生で実物を見られることもないですからなぁ」
「ホントですよ。ドレスは動きによって見えかたも変わりますからなぁ。さすがはダントレット商会。やることが一味違いますな~」
ショーでも見に来たのではないだろうかという、業者の反応に私はもう泣くことすら出来なかった。
◇ ◇ ◇
「最低の結婚式だったわ!! 何なのよ、あれは!!」
屋敷に入るなりすぐに、姑は自分が被っていた帽子を床に叩きつけた。
ボロく荒れたこの屋敷には、そんな元女主人を気遣う使用人すらいない。
父が買ったこの男爵家は、相当困窮しているようね。
こんな扱いを受けても、父に直接何の抗議も出来ないくらいに。
ただ自分たちの名誉を売った相手が本当に最低最悪な人間だったというのは、きっと誤算だったでしょうね。
そこだけは、ほんの少しだけ同情をしないこともない。
「まったく、あなたの父親は貴族を何だと思っているの?」
義母は茶色い瞳を吊り上げ、私にくってかかる。
答えなど『ただの商売のための道具』一つしかないと分かっていても、伝えるのは得策ではないわね。
それに、そのセリフを言いたいのは私よ。
本当に最低の結婚式だった。
惨めさも、ここまでくると人間笑えてくるのね。
「すみません」
「謝って済む問題だと思っているの?!」
別に私だって好きで謝っているわけではない。
ただこんなことも納得した上で、私たちの結婚を認めたわけではないの?
自分たちが決めたことの文句を私に言われても、どうしろと言うのよ。
いっそ断ってくれていたら、私は結婚などせずに済んだのに。
「まぁまぁ母上。そんなに興奮なさると、お体に障りますよ?」
「これが興奮せずになどいられますか! うちは代々名誉ある男爵家。その昔は王家の側近を務めた名家なのですよ!! それをこんな風にただの商人風情に、見下されて馬鹿にされるだなんてあり得ないわ」
過去の栄光をいくら並べたとしても、数日前まで没落寸前だったことには変わらないのに。
違うわね。過去の栄光を捨てきれないからこそ、父のような悪い人間に捕まるのよ。
馬鹿々々しい。
父の考えは基本的に大嫌いだけど、プライドや見栄だけでは食べてなど行けないって考えだけは同意するわ。
「だけどそれはこの娘のせいではないでしょう? 母上」
「親が親なら子も子よ、きっと」
きっとって。
知りもしないのに決めつけるなんて……。
「まぁそうかもしれないけど……。えっと、確かアンリエッタだっけ? 君には初めに言っておかなければいけないことがある」
「……はい、ダミアン様」
「うちは君が嫁いでくれたとはいえ、中々に今は大変な状況なんだ。いろいろ元の家とは違い、君にも働いてもらうことになるよ」
「……わかりました」
この人は、自分の妻になった人間の名前すら知らないのね。
まあ、初めて会ったのが先程の挙式ですもんね。
覚える気もないってことかしら。
まぁ元々、父の下でこき使われて生きてきた私には働くことは苦ではない。
でも相当な額の持参金があったはずなのに、使用人を増やそうとは思わないのはなぜかしら。
私一人が働いたところで、この屋敷の荒れようはどうにもならない気がするんだけど。
そう思いながらも、私はそっと屋敷の中を見渡した。
元々赤だったはずの絨毯は剥げて変色し、階段なども壊れてしまっている。
高いシャンデリアや、窓枠にはあり得ない量の綿ほこりもたまっており、何年掃除をしていないのだろうか。
ホント、没落とはまさにこのことだと屋敷が示しているようだった。
「よく言ったわダミアン。元々貴族でもなんでもないのだから、あなたは身を粉にしてこの家のために働けばいいのよ」
「……はい、お義母様」
「貴族でもない娘がうちの嫁になるなんて。ああ、穢らわしい穢らわしい。この男爵家、末代までの恥だわ」
「……」
「ああ、そうそう。中庭を抜けた奥に離れがある。そこが僕の執務室となっているから、そこは何もしなくていいからね」
「わかりました」
わざわざ近づくなと釘を刺すところが、何とも怪しい。
いえ、怪しいを通り越しておかしいでしょう。
自分から答えを言っているみたいね。
夫となったこの人も、私がただ従順な妻だと思っているようだった。
見た目、上面だけの話で何も見ようとも知ろうともしない。
お貴族様特有なのかもしれないけど。
私になどまったく興味がない。
式の最中もそうたったけど、そんな思いが夫の顔にはっきりと出ている。
この結婚は誰が主役だったのかしら。
少なくとも私ではないわね。
でもそれでも今は、それに従うしかなかった。