013 形勢逆転
「離婚したのか! まったくお前と言うやつは。だが白い結婚となれば、他の貴族を捕まえればいいからな。まぁ、いいだろう」
言葉とは裏腹に、実家の入り口にて出迎えた父は満足げに髭を撫でた。
私とダミアンが離婚したことを、早いうちに報告していたのだ。
父の中では今頃、私の次の夫をどうしようか。
私にまだ利用価値が残っていた。
そんなことを考えながら、ほくそ笑んでいるに違いない。
ほんの少し……。
一瞬くらい、父が何か私を思って言葉をかけてくれるのではないか。
そんなことを思った自分を消し去りたいほど、安定にクズな人ね。
私があの家で、三年も放置された挙句に離婚したというのに。
心配する素振りすらない。
でもだからこそ、こっちも心置きなくやり返すことが出来るのだけど。
「次の結婚相手など心配いただかなくとも、私が自分で決めますので大丈夫です、お父様」
「お前にそんな権限などあるわけないだろう」
「もう大人ですので、いちいちあなたの指示を得なくても問題ありません」
「はっ。少し離れただけで、ずいぶん大きく出るようになったものだな」
私が言い返すなど思っていなかった父は、額に青筋を浮かべる。
でもそんなことで、私もひるむことなどない。
「離れただけではないですよ、お父様。だいたいあなたは平民で、私は貴族ですし」
「何を偉そうに! おれがお前を貴族にしてやったのだろう!」
「そうですね。あなたの手に、乗ってあげただけですけど?」
「なんだと!」
「まだ分からないのですか?」
「何がだ!」
「あなたは私をコマとして使って、ご自分のいいようになさったつもりかもしれませんが、実際はその逆なのですよ?」
そう、逆。
私が父の計画を全て乗っ取ったのだから。
父に売られ、コマとして最後まで使い捨てられると考えた時、全部やり返してやろうって生まれて初めて思った。
私のことを大事になどしてくれない他人のためになんて、もう生きるのは止めようって。
だから父の計画に乗るフリをして、こっちの都合のいいように全て書き換えていった。
おかげで三年もかかってしまったけど、この先を考えたら決して無駄な時間ではなかったと思う。
「ど、どういう意味だ……」
「まずは爵位。これは便利ですね。成り上がりだろうが、なんだろうが身分は身分です。これがあるだけで、従ってくれる人間は多い」
「だからそれがなんだと言うんだ!」
焦りからか、父の額には汗が浮かぶ。
父のこんな顔など初めて見た。
そしてそう思っているのは、私だけではないはず。
奥に控える使用人たちだってそうだ。
「お父様が私に商会を下さったお陰で、私の地位は本当に確固たるものとなりましたのよ」
「あ、あれは! 一時的に名義をお前にすることで貴族の店とするだけで……」
「譲渡契約書もありますし、商会の他のメンバーや取引先も、もうお父様は必要ないとのことですわ」
「馬鹿な! そんなこと認められるわけないだろう!」
「でも、いつもお父様がなさっていたことですよね?」
「それは……」
「あなたの下で私は、本当によく学ばせていただきましたわ。その点だけは、感謝しています」
確かに初めの契約書には、期間が設けられていた。
そして私の子どもが生まれたら、その一人に商会を継がせつつも、自分が最高決定権をそのまま維持することも。
だけど文書なんていうものは、地位と金さえあればいくらでも偽装が出来る。
そう、かつて父がよく使っていた手だ。
だからこそ、今回の譲渡の部分から下を全部書き換えて、ただ普通に譲渡しただけの書類にしてしまった。
そして商会にも父の周りにも、誰一人としてこの件に反対する者などいなかった。
この人徳のなさ。
いくら力や商才があったって、所詮周りは敵だらけだったということ。
同業者でさえ、経営者が父ではなく私になるならば、まだ勝ち目があると思ったのか二つ返事で協力してくれた。
でもね……。私はどこまでいっても、この腹黒い男の娘でしかないのだけどね。
でもいいわ。
この人から全て奪えるのならば、どんな風に思われたって苦ではない。
今度は私が捨てる番だもの。
「お父様はコマとなるような人間ではなかったですものね。だからもう、必要ありませんわ」
「アンリエッタぁぁぁぁぁ!」
逆上し突進してくる父をかわすと、声を聞きつけた護衛たちが門から入ってきた。
そしてそのまま激高する父を、羽交い絞めにする。
「お怪我はありませんか、男爵夫人」
「ええ、問題ないわ。どうも父が、我がダントレット商会のお金を横領していたようなの」
「それは……」
「今までは身内だからと目をつぶっていたのだけれど、さすがにもう……」
「確かに」
「しっかりと調べてもらうように、役所につき出してちょうだい」
「もちろんです!」
ここに来る前に、役所の人間にもたっぷりお金を掴ませてある。
ある意味茶番だけど、これで父はもう一生牢から出てくることはないだろう。
しかも今までたくさんの恨みを買ってきてるから、せいぜいあの中で長生きできればいいけど。
「アンリエッタ、お前は!! 離せ離せ離せぇぇぇ!」
父の叫び声など誰も気にする者はいなかった。
「さようならお父様。もう二度とお会いできなくて残念ですわ」
私はそう言いながらも、自然と笑みがこぼれていた。




