異端審問官 ユリアの幸福 後編
「というわけで、王国までご一緒出来る事になったんですよ、カンナさん!」
「おめでとう、良かったですね」
朝から元気なユリアに、朝から元気なカンナが笑顔を向けた。
でも、次の瞬間にはユリアはしゅんとしている。
「いいなあ…カンナさんはずっとマリアローゼ様の側にいられて…いいなぁ」
「私も幸運だと思います」
「妬ましいです」
正直な思いだろうけど、それは友人に向けて良い感情と言葉だろうか。
だが、逆だったらやはり羨ましいと思うだろう、と共感したカンナは、うーんと考えて、
思いついたことを口にした。
「じゃあ、マリアローゼ様の日常について手紙を書きましょうか?」
「毎日ですかっ?」
「いや…流石に毎日は……」
「お願いします、お願いします、何でもしますから、靴の裏も舐めますから!」
必死すぎて怖い。
怖いので、仕方なくカンナが首を縦に振った。
「舐めなくていいから!でも、怪我や病気の時や忙しい時は無理ですよ」
「カンナさんがそんな目に合わないように神に毎日祈ります」
笑顔で言うユリアに、カンナは困ったような笑顔を向けた。
「ありがとう…でももし…そういう事になったら」
「神をぶちのめしますね」
「神とは」
神はぶちのめしてもいいが、手紙が届かないのは許されないらしい。
聞き耳を立てていたマリアローゼは布団の中で震えた。
「あ、そうだ!ちょっと席外しますね」
「何処に行くんですか?」
「フクロウ貰いに行って来ますーー!」
フクロウ?と首を傾げるカンナと布団の中のマリアローゼを残して、台風の如くユリアは走り去った。
「それで、昨日の譲歩案に、少しだけ追加してほしいことがありまして!!」
「はあ……貴女の睡眠時間は貴女の好きにしていいですけど、上司の寝込みを襲うのは止めて貰えませんかね」
まだ布団の中に居るハセベーが、目を瞑ったまま言い放った。
ユリアは布団を剥ぎはしないものの、ねえねえお願いしますよねえねえ、と繰り返し話を聞いてくれない。
「で追加したい事とは?」
「マリアローゼ様と私専用のフクロウください」
「あれ、一匹訓練するのに…」
「その分後で追加しますから!お金だって払いますから!」
目を開けたくないまま、ハセベーは頷いた。
「分かりました分かりました。もう少し寝たいので、さっさと巣に帰ってください」
「貰えるならいいんです、貰ってきます!」
再び来た時と同じように、走り出して行くユリアに、ハセベーは溜息をついて毛布を被った。
ユリアは超特急で走り続けて、鳥舎に向かうと、一番綺麗な白いフクロウを選び出し、
翼の具合や健康状態を確かめる。
「この子がいいですね。この子にします」
白い羽を広げると、羽の縁が銀色でとても美しい。
管理人に書類を提出して、1か月分の餌と檻を受け取ると、ユリアは公爵家の馬車のある車庫へと置きに行った。
見張りの騎士に事情を話して、馬車の近くに置かせてもらい、部屋に戻る。
手ぶらで戻って来たユリアに、カンナがキョロキョロしながら質問した。
「あれ?フクロウはどこですか?」
「預けてきました。馬車の所に置かせてもらってます。帰る時紹介しますね」
「了解です」
にこにこと笑顔を向けあう二人の姿に、フクロウを見た事が無いちびっ子二人は興味津々になっている。
「マリアローゼ様、ルーナさん、お早うございます。後日お二人にもフクロウを紹介しますね」
「お早うございます。すごく楽しみにしております」
「お早うございます」
ルーナは挨拶の後無表情でコクリと頷き、マリアローゼは嬉しそうに微笑んだ。
温度差も尊い。
二人セットで美味しい。
ユリアの妄想全開な心の声を他所に、マリアローゼとルーナは顔を見合わせて微笑み合った。
それはユリアにとってもとても幸せな瞬間なのである。