異端審問官 ユリアの妄想 後編
「その方達は審議を無事通過されたのですよね?」
とマリアローゼとマグノリアに視線を向けられたユリアは平静を取り戻して頷く。
「完全にではありませんが、微弱な反応は見られたのでお二人とも候補としてお城に常駐されております」
「あら?神聖国では聖女は教会で神聖教のお勉強をされるものだとばかり思っておりましたけれど…」
こてん、と首を傾げるマリアローゼの可愛さは国宝になっても可笑しくはない。
しかも、指摘してきた内容は、短い会話の中の1単語から引き出された情報だ。
なるほど、とても賢い。
山猿二人を思い浮かべて、ユリアは苦笑を浮かべた。
「それが…お二人とも性格に難がお有で…でも聖女というだけでなく他にも保護を要する理由がありまして、国外に出る事は出来ませんので、国の中ではある程度の自由を与えると国主様直々のご命令にて、我侭が助長されているという現状です」
与えなくてもいいんじゃないか?という公費も与えられている。
使い果たしはするけど、割と潤沢な資金である。
奴らには勿体無い、まである。
「保護というのは、具体的には?理由とは何でしょう?」
「あ、あ…理由はちょっと国の機密に関わるので口外出来ませんが、保護はですね…
主に教会で衣食住の面倒を一生見るので、国外には出られないという感じでしょうかね…」
的確に急所を突いてくるマリアローゼに、思わずしどろもどろになってしまう。
マリアローゼの質問する事なら、全て吐いてしまいたいところだが、その権限は流石に無い。
しかも知ってしまえば、帰りたがっているマリアローゼの邪魔をしてしまう事になってしまうから、慎重に答えなくてはならなかった。
一生居てくれても良いんだけど…寧ろお願いしたいんだけど……
でも、好きな相手の幸福は、ユリアにとっても大事な事なのだ。
考え込むマリアローゼも可愛らしい。
幼女なのに、唇を少し突き出して、真剣に悩んでいるようだ。
ほっぺ……ぷっくりほっぺ……。
触りたい。
もちもちしたい。
聖女候補はここまで幼くないし、触ったら馬鹿が移りそうなので触りたくは無い。
マリアローゼは、キラキラと窓からの光を受けてキラキラに輝いている。
触ったら浄化されて、成仏しそう。
それでも、触って良いなら触りたい。
「そういえば、聖女様は学園に通われますの?」
「はひぇ?…え…ええと、それは多分無理ですね」
思わぬ質問があって、妄想と目の前の美しい沼にどっぷりはまっていたユリアが変な声をあげつつ答える。
ヤバい。
不審者扱いされたら、警備から速攻で外されてしまう。
少し改めて、真剣な顔でマリアローゼを見ると、更に聞いてきた。
「我侭を仰るらしいですし、学園は国内ですので、通われるのだと思ったのですけれど」
「いえ、その我侭は却下される方の我侭ですね。国外に出られないのは勿論、
不特定多数の人々との接触も禁じられておりますので、間違いなく無理です」
もしかしたら転生者で、学園での展開が気になるのかな?
でもどうでもいいな?
マリアローゼ様の一人勝ちですよ。
そんな思いで、笑顔で頷いてみせる。
転生者であろうとなかろうと、努力しているかどうかは言葉一つ、立ち居振る舞い一つで分かるものだ。
彼女は恐らく、神聖教や神聖国に関しても勉強しているし、情報も集めている。
美しく、幼い容姿に隠れて、狡猾とさえいえる、非常な賢さを秘めているように感じる。
それは不快なものではなく、美しい鋭さだ。
聖女候補二人が、錆でガタガタの刃毀れした刀だとしたら、こちらは磨かれて砥ぎ澄まされた刀。
マリアローゼがもし聖女候補として、神聖国にいたならば。
多分、学園に通うことは許されていただろうと確信できる。
何故なら、絶対に失えないからだ。
全てを学び、完璧な淑女であり、何より話して良い内容かどうか取捨選択出来る。
聖女として生きる条件に自由を望まれたら、譲歩せざるを得ない程に素晴らしい聖女となるだろう。
「そうですのね。どんな方が聖女なのか拝見してみたかったですわ」
ああ~見てみたかったのかあ~~
でも見てもいい事はないんですよー
可愛いしかない貴女様と天と地程の差がありまして~
貴方様が天使なら、向こうは地べたを這いずる動物なのでして~
「お会いできますよ」
「えっ」
社交辞令だったのか、マリアローゼは驚いたような顔をした。
そこでユリアは自分の失態に気づいてしまった。
説明せずに、マリアローゼの可愛らしさに没頭してしまっていたのだ。
割と良い感じに説明してくれたマグノリアの顔にべったり泥をぬりたくってしまったかもしれない。
思わず首を竦めて、マグノリアを盗み見た。
「あ、まだお伝えしてなかったですね。審議の後、聖女候補のお二人と公子様とお茶会の予定です」
憮然とした顔は、ユリアに対してというより、神聖国に対しての様に思われる。
国王としては聖女でも聖女じゃなくても、まともな結婚相手として、
この上ない身分の女性だから、結構な無茶ぶりをしたのかもしれない。
マリアローゼは、椅子として大人しくしている美しい兄、シルヴァインと視線を交わしている。
兄妹そろって美しい。
でも、審議だと呼び出された上に、襲撃に巻き込まれて、更に会いたくも無い相手とお茶会。
私だったら国ごと嫌う……
とても申し訳ない気持になるのだが、目が合ったマリアローゼは微笑を見せてくれた。
「とても…楽しみですわ」
楽しみじゃないとしても、励ますように言われて、気遣われた。
そんな優しい気遣いは、ユウトがおにぎりを作ってくれた時以来だ。
ユリアは感動の涙を浮かべて、心の中で神に天使と出会えた感謝の祈りを捧げた。