異端審問官 ユリアの妄想 前編
目の前に座ったマグノリア神殿騎士は、強く気高く、賢く美しく凛々しい、
教会に勤める女性たちの憧れの的だ。
その騎士と、マリアローゼは親しく挨拶を交わしている。
しゃべっっったあああああああああああ
当たり前なのだが、人形のように精巧な造りなので、それだけで驚くくらいだった。
しかも声も可愛いのだ。
「あの…そちらの方は初めまして…でしょうか?」
大きな瞳を向けて、小首を傾げる姿は、小動物のように可愛らしい。
「異端審問官のユリアと申します。マリアローゼ様の護衛とお世話を致します。
どうぞ、宜しくお願い致します」
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します」
何とか興奮を押し留めて、礼儀正しく挨拶をすれば、マリアローゼも可憐な微笑を浮かべながら、
挨拶をしてくれた。
私に、挨拶を、してくれた…!
天使が……!
まじまじと大きな瞳で見られて、思わず好き……と呟きそうになる。
もしかしたら声にはならなかっただけで、言っていたかもしれない。
「あの…何だか一緒に旅をしてきた神殿騎士の方に雰囲気が似ているので、初対面という気が致しませんわ」
マリアローゼの言葉に現実に引き戻されて、失礼の無いように脳内で内容を反芻する。
思い当たるのはユウトだけだ。
「もしかしてユウト兄さんでしょうか?血の繋がりは無いのですが、一緒の孤児院で育ったからか、よく似ていると言われます」
「まあ、そうでしたの。やっぱり。とっても優しそうなところや明るい雰囲気が似ておりますもの」
褒められて、思わずえへへへええとヤバい笑顔を見せてしまった。
最近ムカつくだとか気持悪いとかろくな言葉をかけてもらってない。
決して記憶喪失などではない。
褒められた記憶など逆さに振っても出てこないので、マリアローゼの言葉は墓石に刻みたいと思った。
美しいのは見た目だけじゃなかったのだ。
ユウトの言った事は本当だったのだ。
ラピュタは本当にあったんだ。
天使がいても可笑しくない。
どこかに翼を隠しているに違いない。
「王城では必ず彼女を何処へでも同道してください。私よりも彼女の方が詳しく、時間も割けるので。
それからカンナやルーナにも離れぬよう言ってあります」
マグノリアがナイスフォローをしてくれた。
何処へでもついて行きます。
本当に何処へでも、トイレだって望んでくれるなら行きます。
何なら地獄にだって鼻歌交じりで行けますよ。
「お心遣い感謝致します。身辺には気を配ると約束致しますわ」
はあああああ尊い。
え?マジなのこれ?
丁寧な対応とは聞いてたけど、こんなにちっちゃいのにそんな言葉使うぅ??
尊い以外ないんですが?
「そうだ。身分だけでなく、言動まで素晴らしく気高い御方なのだ。心して仕える様に」
「は、はい。この身を捧げます!」
一部が駄々漏れて言葉になっていたようで、マグノリアに認められてしまった。
ユリアは慌てて、話をあわせつつ、重苦しい言葉を捧げた。
なのに、マリアローゼは小さい顔をふるふるっと横に振った。
え?私の身はいらないですか?
そうですよね?
と思ったところ、マグノリアへの褒め言葉に対してだった。
「マグノリア様、褒めすぎです…」
「いいえ、貴女がこの旅でなされてきた行いを見れば、この程度の賛辞では到底足りません」
「でも、でも…尊敬する貴方にそんな風に褒められてしまうと、わたくし恥ずかしい…」
ここが天国か、そうか。
凛々しいお姉様に褒められる美幼女。
ぷっくりとした頬に両手を添えて、マリアローゼが目を伏せる姿は美しくも可憐で可愛らしい。
今すぐ永久保存したい。
「…え、…待って、…かわいすぎん?…推しじゃなかったけど、もう推しだし布教するし…」
そう。
布教するのだ、マリアローゼ様の素晴らしさを。
ユリアは本音が駄々漏れている事に気付かず、暫くブツブツと呟いていた。
不審げな目を向けるマリアローゼすら、可愛らしい。
でも待てよ、ゲームとも原作とも違う展開だ。
片や我侭な悪役令嬢、片や山猿お転婆令嬢。
目の前にいるのは、尊みに溢れた淑女な天使。
性格も雰囲気も違うし、こんな早い段階で聖女騒ぎなど起きた話はない。
と、マリアローゼを見ると、マグノリアと話を続けている。
丁寧な言葉であどけなく喋る少女って、最高に可愛くない?
原作との違いだとか性格だとかもうそんな些細な事はどうでもよくなる位可愛いのである。
なになに?
そうですわよね、って相槌。可愛い。
まあ…とか、あら…とか、美幼女が大きな瞳をちょっと開いて驚くの、めっちゃ可愛い。
おしゃまな子供って可愛いな、って思ってたけど、これはその上をいく可愛さ。
何処で覚えたのその言葉ぁぁ!
上流階級すぎて、辛いぃぃ!