異端審問官 ユリアの憂鬱 後編
重要なはずの聖女候補は、王子にも既に見限られていて、婚約と言う話も一瞬で立ち消えた。
一度浮上しかけたが、王子が妻にするくらいなら王位継承権を放棄すると言い放ったのだ。
現状を知った王妃が、お茶会を開いて二人を呼んだが、
やはり王子と同意見で、絶対に認められないと太鼓判を押してしまった。
それに加えて、教育係は厳しく教育するように命じられた。
だが、未だにあまり身についている様子はない。
「だからぁ、何でそんな事しなくちゃいけないの!」
「しなくてもいいですけどー、恥かくのは聖女様…おっと違った聖女様候補なのでー」
「はぁ?あんたムカつく」
「別にいいですよー礼儀作法が出来ないからお茶会出来ないんですしー
こっちは仕事が減ってラッキーですからねえー」
カッとなった聖女(仮)のテレーゼが文句を言い始める。
「別に礼儀作法ができなくてもお茶くらい飲めるでしょ!」
「そうですねー、飲めますねー。でも聖女様の無作法見せられるのが辛くて欠席されちゃうんですよねー
おかしいなー、お茶飲んでるだけなのにー何で皆嫌がるのかなー
おっとまた間違えちゃった。
聖女様候補のマナーの無いお茶飲み大会ですねー」
「楽しくお茶できれば、いいじゃないですかっ」
「来ないって事は楽しくないんじゃないですかねー?知りませんけどー」
テレーゼの抗議にリドリーも参戦して来たが、愚論であった。
楽しく飲む為のマナーだと何回言えば分かるんだ。
めんどくさそうに、椅子にダラッと座りながらユリアが答える。
二人の聖女候補はイライラしているようだ。
何度も同じ事でぎゃんぎゃん喚くので、ユリアも段々と適当に返事をするに至っていた。
最初は、懇切丁寧に説明したものだったのだ。
だが、最初は良かったのである。
新しい聖女候補のご機嫌伺いとして、茶会に呼ばれる貴族も多かった。
そこで二人は調子に乗ってしまったのだ。
結局どんな貴族も1回か2回で見限って、お茶会には来なくなってしまった。
夜会に関しては年齢も年齢なので、特別な行事でもない限りは参加は許されない。
茶会を主催したくても、公費が掛かる上に、参加者もいないのだから主催しようがない。
そして、ある日。
王妃様主催のお茶会に乱入して、本人達は満足したものの、王妃様の顰蹙を買ってしまったのだ。
それが引き金となって、現在大神殿に繋がっている離宮のそのまた離れに隔離されている。
彼女らが望むイケメンなど一人もいない。
侍女も小間使いも既婚の中年女性ばかりで、表向きの護衛もユリアただ一人だ。
月に一度だけ、聖女候補と王子のお茶会がセッティングされていたが、それは義理でありチェックでしかない。
二人は寵を競っていたのだが、段々冷たくなる王子の対応に、二人は渋々とだが諦めた。
そして現実逃避でゲームや物語の中の話に引きこもったのだ。
ユリアはモブですらない、ただの傍観者だ。
ただ、物語を読んだ記憶がある、というだけで聖女候補達の人生は知らないし、深く関わるつもりもない。
現実から逃げ続けようと、彼女達は既に檻の中だし、聖女という特権階級が欲しいのは権力者達だけだ。
苦労して教育しようとしても、本人達が望まないなら強制しようもない。
する気も無かった。
どこかで現実にぶつかって、玉砕すれば?くらいとしかユリアは思っていなかったのだ。
そしてとうとう、運命の日がそこまで近づいてきていた。
新しい聖女候補が、レスティアの一歩手前で襲撃にあったという。
本当なら現在の聖女候補が疑われる事件だが、
そんな事を画策できる筈もないアホなので最初から除外されていた。
城に一足先に報告にやってくるユウトと入れ違いに、ユリアにファートゥムまで新しい聖女候補を迎えに行き、
城での護衛を一任するという命令が下った。
現在面倒を見ている二人は、異端審問官ではなく他の神殿騎士に見させるという。
軍馬で駆けつければ一日で辿りつく距離なので、一騎借りるとユリアは単身ファートゥムに向かった。
ユウトからの手紙では、とても素晴らしい人だと言う。
どんな相手なのか見てみたかった。
そりゃ、容姿には恵まれているでしょうねえ、主人公だもの。
そりゃ、服だって綺麗でしょうねえ、金持ちだもの。
偏見に全身たっぷりと身を委ねつつ、冷め切った顔で、麗しい神罰の乙女と共に馬車に乗り込むと、そこには天使がいたのだった。
ふおおおおおおおおおおおお!
椅子になっている、野性味溢れる豪華なイケメンは攻略対象でも人気のあったシルヴァイン。
その膝に鎮座しつつも、背後のイケメンオーラに負けていない美幼女こそがマリアローゼだった。
ぷにぷにの白くて柔らかそうな手足だけでも、頬ずりしたいくらい可愛い。
流れるような銀髪が毛先でくるん、と巻いていて、蜜色に染まっている。
大きな蒼紫の淡い色の瞳は、繊細な銀細工のような睫毛に覆われていて、瞬きをするだけで美しい。
ふっくらとした唇も、ぷっくりとした丸い頬も薄桃色で健康そうな可愛らしさだ。
でも待て。
確かに容姿はいいけど、
最高しかないけれど、
問題は中身だ。