異端審問官 ユリアの憂鬱 前編
ユウトが命じられたのは、内偵と三人目の聖女候補を迎えに行き、護衛して神聖国へ戻ってくる事だった。
しかも、その候補は「聖女ではない」と本人が否定しており、神聖国への招聘を渋っているらしいという。
少なくとも正式な招聘の前にした、アウァリティア王国の王族と駐在大使、外務大臣との遣り取り全てで、その交渉が行われていた。
「えーじゃあ、来なくてもいいんじゃないですか?こちらはもう二人でお腹一杯ですよ」
「審議はしなくちゃならないんだよ。決まりだから仕方ない。
王国の神父から直接奇跡を目撃したっていう推薦状が届いているんだからなぁ」
「はーーー?見間違えたんじゃないですかねえーー」
アホ面をして言う残念な美少女で、妹もどきのユリアにユウトは苦笑した。
最近の仕事でストレスが溜まっているので、無理も無い。
「でーその三人目の悪魔はいつくるんですか?100年後くらい?」
「明日迎えに発つよ。2週間くらいで戻る予定だが、道中何があるか分からないし、
1ヶ月以内には来れるんじゃないかな?」
真面目に返してきたユウトの返事に、ユリアは盛大に溜息を吐いた。
「やーーーだーーーーやだやだやだ」
そして徐にひっくり返って手足をバタバタと振り回す。
昔から何かあるとそんな駄々のこね方をするが、放置しておけば勝手に起き上がるので、ユウトは華麗にスルーを決め込んだ。
「あー…でも、今回のマリアローゼ様は、正真正銘の公爵令嬢だから、
自称聖女よりもマシなんじゃないか?」
思いついたように顔をユリアに向けると、シュバッと起き上がって顔を近づけてきた。
「マジですか?」
「近い」
マリアローゼと言えば、小説の主人公だ。
溺愛される悪役令嬢で……作法とは程遠いイメージのお転婆な上山猿で、田舎暮らしの猿みたいな…
イメージから猿と言う言葉が離れてくれないくらいの猿だ。
正真正銘の悪魔じゃないか。
ルクスリア神聖国は動物園でも開く気なのだろうか。
「私、あんまり好きじゃなかったんですよねー令嬢っぽくなくて。
そういう令嬢っぽくないとこがー、可愛いみたいな流れだけど、そんな事ってある?って思って。
いや、確かに物珍しいのは分かりますよ。女の子が好きになったり憧れたりするのも分かる。
でも男がー?しかも貴族がー??説得力あんまりないよーな気がしてー」
突然語りだしたユリアをぽかーんと口を開けてユウトが見守る。
「いい子なのは認めますし、まあそこに惹かれるってのは分かりますけどー?そんなに?
ギャップ萌え?庶民的?そんなのが愛されて喜ぶの女子だけですよねえ。
性格よくても頭悪かったり、礼儀も微妙だったり、言葉遣いとか敬語狂ってたり
まあ、元悪役なだけあって微妙に性格悪い主人公も中には居たりしますけど…聞いてる?」
「えっ?大きい独り言だと思ってた」
自分の世界に埋没してそうな語りっぷりだったので、無視していたユウトは書類に落としていた視線を上げた。
「えっ?隣にいるのに、それってさみしくない?」
「聞いても分からないからノーコメントでいいなら聞くけど」
「さみしい」
ははは、とユウトが笑ってユリアの頭を撫でた。
「良い子が来たとしても、聖女じゃないって本人が言ってるから、
あの二人みたいにユリアに手間をかけさせることはないんじゃないか?」
「まあ、それならいいんですけどね」
後日よくない、もっと手間をかけさせて欲しいという熱望を抱く事は知らずに、ユリアはげんなりしていた。
ユウトが旅立って10日、王城に足止めを食らっている事と、
神聖国か同道した15人のうち5人の行方不明者がでた事、それぞれ報告が入った。
訓練されたフクロウが手紙の運搬をしているのだが、距離の分誤差は生じる。
王国を出発したという連絡と共に、マリアローゼが非常に賢く礼儀正しく、
身分も高いのに騎士達にも丁寧に接するという、素晴らしい聖女候補だという報告が入った。
ユリアは勿論疑っていた。
「どーせイケメン異端審問官に媚売ってるだけですよねえ」
「向こうは異端審問官とは知らない筈ですよ。名乗らないように指示してありますから」
「どーせイケメン神殿騎士に良い顔してるだけですよねえ」
「言い直しても同意はしませんよ」
ハセベーが冷たい口調と、美しい笑顔で切り捨てる。
「まあ、疑いたくなるのもわかりますけどね、一緒に行ったのはユウトだけじゃないですし、トリスティからもほぼ同じ報告が来てますしね」
「えっ?トリスティ?……じゃあストライクゾーン広めか、特殊性癖の持ち主…」
「貴女は聖女候補達にどんな洗脳受けたんでしょうかね??」
「それは聖女は糞だっていう教えを頂きましたねえ。ええ、ええ。
見た目で判断するなっていう教えも授かりました」
ハセベーは書類に目を通しながら頷いた。
「良い事ですね。じゃあ、今日も頑張って」
「適当すぎない?」
ユリアはブツブツ文句を言い続けながらも、王城へと向かって行く。
その後ろ姿を見ながらハセベーは深く溜息を吐いた。
「確かにアレが聖女候補では、表には出せませんからねえ」
実を言えば、ハセベーから見てユリアは適任だった。
そこそこ本音も垂れ流すので、聖女候補から疎んじられていたが、
実際は礼儀作法も捜査能力も護衛としても優秀なのだ。
普段は敬語も崩しているし、一見無能のような振る舞いを見せているのだが…
実際破天荒な部分はあるが、ハセベーはそこには目を瞑る。