異端審問官 ユリアの災難
私ユリア☆異端審問官だよっ
今日も楽しいお仕事お仕事っ
「はぁぁぁぁ無理」
楽しくない。
ユリアはぐったりと机に突っ伏していた。
長官のハセベーが部屋に入ってきて、液状化しているユリアを発見して一言呟いた。
「自分から志願したんじゃないですか」
「それはそうですけどー」
思い返せばとても浅はかだった。
ユリアは死んだ魚の目をしながら、つい数週間前の事を思い出して溜息を吐く。
「えっ?聖女候補の名前がテレーゼ・クレイトン??」
この国はルクスリア神聖国という宗教国家で、前世で言うところのバチカンによく似ていた。
バチカンに失礼だから謝れ、と言いたくなるが大体似ていた。
そしてユリアは、そんな国の片隅で生まれて、前世の記憶を取り戻した転生者だった。
孤児院で一緒に育ったユウトと、ある日やってきた異端審問官の調査員に見出されて、二人とも専門機関で教育を施されたのだ。
そして、前世で読んだラノベの一種
「悪役令嬢なのに溺愛されて困ります」
という小説の中に出てくる、正ヒロインの一人の名前が、テレーゼ・クレイトンなのだ。
金色の髪に、緑の瞳、といえば、美しい容姿の代表みたいなものである。
正ヒロインはゲームの中のヒロイン枠であって、悪役令嬢が主人公になる小説では
ヒロインではなく立場が逆転、ライバルや悪役と相場が決まっているのだが、テレーゼはちょっと扱いが違っていた。
幼いうちに母を亡くして、生物学上の父に引き取られ、継母に虐められ…という厳しい人生を歩み、意地悪な姉や兄との確執を抱えて学園に入学して、攻略対象と恋に落ち、障害となるべき悪役令嬢は、何故か良い子なので、友人となってしまう。
年齢差があるので、一番大元のヒロインと出会うのはお茶会で、学園ではない。
だけど、聖女になってたっけ?
小説のストーリーでは、聖女かもしれないという噂に留まっていて、
今後聖女になるかもしれないという示唆だけだった。
自分の記憶をそこまで過信していないユリアは首を捻ったが、まあいいか、と考えるのを放棄した。
それにしてもヒロインに会えるなんて、楽しみ~
なのである。
その聖女候補の護衛の選抜に、いの一番に手を挙げたのがユリアである。
シュバッと勢いよく手を上げたユリアに、ハセベーが片眼鏡の位置を直しながら言った。
「……まだ何も言ってませんけど…?」
「護衛をやります!ハイハイ!やりまあああっす!」
元々女性の異端審問官は少ないので、候補には入っていたが、食いついてきたのがユリアだけなのを見て、ハセベーは頷いた。
「了解しました。それではお任せしますね」
穏やかな美貌、柔らかな笑顔、そんな美少女の幼い姿が見れるなんて、眼福。
などとうきうきしながら、審議を控えた聖女候補の元へと挨拶に行く。
修道女に着替えを任せているテレーゼは、確かにとても可愛らしい顔立ちをしていた。
「はぁ、めんどくさ……」
あれ?私の独り言かな?
ユリアは周囲を見回した。
言った記憶はないのだが、次にまた聞こえてきた呟きは。
「何でこんな事しなきゃいけないんだろ」
目の前の正ヒロイン(仮)からだった。
穏やかな美貌、柔らかな笑顔という虚像が崩れ去った瞬間、ユリアは神を呪った。
眉を顰めて、不貞腐れている姿は、容姿が美しめのただの糞ガキである。
聖女じゃねえなら、今すぐ帰れ!
と言いたいところをグッと我慢した。
聞いたところによると、大聖堂に養父を伴って突然現れて、
自分は聖女だと突撃してきたらしい。
審議の前に、治癒の力は教会で確かめたと言う。
「必要な儀式と審査ですので」
と怒りに震えながら短めに言うと、フン、とクソガキはそっぽを向いた。
別にクソガキはいい。
町にもいるし、何なら孤児院にも沢山いたし。
でも、仮にも聖女として来たのに、正ヒロインなのに、である。
その二つの前提を崩し去るのは、罪深い。
審議に落ちろぉぉぉ!
落ちやがれぇぇぇ!
何なら地獄に落としそうな勢いで渾身の力を込めてユリアは正ヒロインを見るが、
そんなユリアの様子を見てびくっとするのは世話をしている修道女の方だった。
滞りなく、審議は進んで、微弱ながらも女神の水晶に反応があったところで、
「候補」として容認されたのである。
「これで私、聖女でしょ?」
偉そうに控室に戻って来た少女が肩にかかる髪を払いのけながら言い放った。
ユリアはすんっと表情を暗くして、答える。
「いいえ。神聖教の勉強と、行儀作法、礼拝についても完璧に学ばないといけません」
「えーーめんどくさい。力が使えればいいんじゃないの?」
「各国の王族とお会いする機会もあるので、そんな言葉遣いでは表に出せませんよ」
ユリアも馬鹿にするように、思わずハンッと笑った。
「何それ感じ悪……あなたヒラなんでしょ、もっとカッコイイ男の人に変えて貰うから」
「どうぞどうぞ、お好きにどうぞ」
糞なメスガキの世話なんてしたくありまっせえええん!
と言う言葉はさすがに飲み込んだ。
顔には出したけど。
解任されたい。
あの様子ならされるだろう。
うふふ。やったね。
次の日、普通に聖女の護衛任務を任された。
「へ?」
「何ですか?」
ハセベーが、間抜けな疑問の声に、形の良い眉をピクリと跳ね上げた。
「昨日ぅ聖女候補様にぃ、担当変えるってぇ、言われたんですけどぉ」
可愛くくねくねしながらハセベーを上目遣いで見ると、ハセベーが酷い言葉を口にした。
「うわ、気持わる」
「はぁぁ!?上司だからって言っていい事と悪いことがありますよねえええ???!」
「はぁ、すいません。取り乱しました。変えたいと申し出はあったけど、普通に却下しましたよ」
「普通に却下」
取り乱しても言って言い事と悪い事はあると思うのだが…。
そうか、普通に却下出来るのか…。
「却下しなくてもいいのに……何で勝手に……」
「デリヘルじゃないんですよ。気に入る相手が来るまでチェンジさせるつもりはありません」
ハセベーも転生者だけあって、この世界に無い言葉もぶっこんでくる。
ユリアはジト目でハセベーを見た。
言うに事欠いてデリヘルて。
「わたしを嬢みたいに言うのって、セクハラじゃないですかね???」
「それならさっきのくねくねもセクハラとして訴えますし、勝ちますよ?」
秒で返されて、ユリアはぐむっと口篭る。
ハセベーはにっこり微笑んで、ひらひらと手を振ってユリアを追い払った。
「はいはい、お仕事の時間ですよ」
そして、毎日、我侭と傍若無人な態度に晒され、ユリアの東奔西走と謝罪行脚が始まったのだ。
宝石欲しい
ドレス欲しい
パーティ出たい
推しに会いたい
イケメン欲しい
お前らは湯屋で大暴れした化物か。
欲しいものがたったひとつだっただけ、向こうの方がまだ可愛げがある。
欲深い事この上ない要求は、却下できるだけ却下した。
一応、用意されている公費の中で、買物は許しているものの、すぐに使い果たす。
使い果たした後にまた我侭を言う。
このループにはまってしまった。
次に聖女を名乗って現れた、リトリー・ダドニーも以下略、である。
二人になった事で、お互いをライバル視して切磋琢磨が始まるかと期待したものの、楽をしたい&前世の記憶持ちという事でタッグを組み、
勉強も遅々として進まず、礼儀作法も嫌々で進まない。
「はーーーーー無理。ガワが可愛いだけで、中身糞とか無理無理。無理寄りの無理どころか、無理通り越して絶無理」
「大変そうだなぁ」
暢気に相槌を打つのは、孤児院で一緒だった、兄さんと呼んでいるユウトである。
ふさふさと跳ね上がった、主人公みたいな黒髪に、暗緑色の眼をしていて、中々の爽やかイケメンである。
「兄さん、暢気にしてますけどねぇ。奴らの鼻先に兄さんをぶら下げたら、骨までしゃぶりつくされますよ」
「こっわ。それ聖女じゃなくて猛獣じゃないか……?」
困った様に眉を寄せる爽やかイケメン兄は、そんな表情もカッコイイと言うか可愛いと言うか、
おばちゃんにもてそうな好青年でもある。
ユリアはふんふんと頷いた。
「猛獣とか珍獣が、聖女の皮着て歩いてるんですよ。世も末ですわあーー」
「下手したら、もう一人追加されるかも……」
「え?この世界滅びるんですか?」
ユウトの言った言葉に、ユリアは悲壮な顔をして呆然と見詰めた。
読んでくださって、ありがとうございます!!!
本編もよろしくおねがいします。
少しでも面白かったら★下さい(ユリア式スライディング土下座)