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錬金術で進める国作り  作者: 黄昏人
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シマズ家評定にて情勢を吟味すること

読んで頂いてありがとうございます。

 シマズ家の評定の間に、君主アマオウと世継ぎとしてすでに定着しているカジオウの他、評定衆20人が集まっている。長さ15m幅2mの大テーブルを囲んでの会議であり、君主のアマオウが正面の上座に一人でひときわ豪勢な椅子に座り、その横に向かい合ってカジオウと筆頭家老のミナト・カエモンが座っている。


 そのテーブルの末席には、オリタ・ウモンつまりマサキの父が評定衆として加わっており、マサキもシマズ総合研究所の所長として席を与えられている。マサキが10日に一度開かれる評定に加わるように命じられたのは1年前からである。


 これは、マサキによりもたらされた数々の仕組みや物が、社会的に大きな影響を与えつつある現状では、領の方針を決める評定にマサキを加えるべきということになったのだ。少年の彼を加えることに反対する者もいたが。本当の意味でそれらを理解しているのは彼のみであるので、当然の措置ではあるとの意見が通った結果である。


 この評定の間のあるシマズ城は、元々小高い丘に建設された城であり、500m四方の堀と城壁に囲まれた中の高台に、建てられた5層の天守閣から成っている。だから、天守閣の最上階の街からの高さは50mほどにもなるため、概ね5㎞四方に広がっているシマズの街を一望でき、30㎞先の海も見渡せる。


 城は軍事要塞であるため、余り政務をこなすには都合の良い構造ではない、このため、城郭内に大きな2階建ての建物が立ち並んで、シマズ家の家来つまり官僚が働く事務所になっている。ただ、評定の間程度のスペースは城でとれるため、これは城の地階に設けられている。


 ところで、シマズ城で働く人は千人を超えているため、すでに城の井戸では用水を賄えなくなっている。これは、急激に増える人口に対して、元々標高が高くなっていて地下水の乏しいシマズの街も同様である。それに加え、シマズの街では生活水準が上がって、人々の使用する水量が増えている。


 具体的には、ポンプとボイラーが普及し始めたことによって、今までごく少数であった風呂が、城と城を取り巻く家臣の屋敷でその数がどんどん増え始めている。一般の人々についても、手ごろな入浴料の公衆風呂が同様に数多く増設され、一般の家でも内風呂のある家が増え始めている。


 また、井戸ポンプとパイプによって手軽に水を使えるようになったことで、その使用量が大幅に上がったことも事実である。人々がこざっぱりした服装をするようになったために、洗濯の頻度が上がるなどのことも実際に起きている。これは、人々の収入があがり、紡績・紡織の手道の機械が普及し始め、服がどんどん安くなって清潔な服装が当たり前になったということもある。


 そういうことで、ムロ池からシマズの街まで水を引くことに決まった。ムロ池の水の質は比較的良いが、そのまま飲むには問題があるため、浄水処理を行うことになった。処理の方法は緩速ろ過法であるが、これは数時間分の容量がある沈殿池をへて、厚さ1mほどの砂の層を通してろ過を行うものだ。


 この設備は極めて高い浄化能力を持っていて、単純なろ過のみでなく水中に溶け込んでいる物質まで除去できる。その代わりに一日の濾過速度は10m以下で極めて遅い。つまり、1万トンの水を浄化するためには千㎡のろ過池の面積が必要になる。


 また、ムロ池の水面よりシマズの街の標高は少し高いので、その間の30㎞の距離はポンプ圧送が必要である。だから、現在ムロ池のほとりに浄水場と、シマズへの送水管が建設中である。市内への給水は最終的には各家にパイプを引き込む各戸給水を予定しているので、シマズの街の外れに市内より50mほど高い小山があってそこに配水池が建設されている。


 だから、送られてきたムロ池の水は一旦その配水池に流入して、市内へは高台の配水池の圧力で送ることになる。取りあえず、それなりの金銭負担をしたものは、家に水道管を引き込むが、それ以外は辻ごとに出来る給水栓から水を汲むことになる。とは言え、今ある井戸はそのまま残るので、そのような中途御半端な水道でも特別に困ることはない。


 ところで、水道という名の通り、その最も重要な設備である水を通す道は、ごく一部の開渠と大部分がパイプである。開渠は簡単なので古くから使われているが、パイプの製造は中々難しい。近年の地球においては、樹脂製か鉄製であって、塩ビ管、ポリエチレン管、鋳鉄管、鋼管などが主として用いられる。パイプには陶管やコンクリート管があるが、漏れない接手が難しく殆ど使われない。


 魔法の一種である錬物術の使えるこの世界では、パイプの製造は機械を使わずとも地球より容易にできる。地球では最も広く使わる樹脂管であるが、“樹脂”というくらいでこの名は樹木の脂から来ている。だから、この世界ではパイプは、古くから錬物術で竹や樹木から整形して作っていた。


 しかし、このようなパイプは家庭内の給水に使うくらいでは強度的に問題はないが、ポンプで一定以上の圧を掛けるようになると保たない。そこで、製鉄で使う石炭を大量にコークスに加工する際にでてくるコールタールのような樹脂を、樹木から成型する際に使って、地球の塩ビパイプに劣らないものができるようになった。


 なお、ムロ池から水を引いて来るためのパイプは径40㎝の太さであり、圧力が10㎏/㎠にもなるため樹脂パイプでは保たないので、鋼管を使うことになった。この点では、すでに製鉄所が稼働しているので、材料を得ることには問題がない。地球では水道などのパイプは長さ4m~6mの鋳鉄管が使われるが、これは現場で接続するのにゴム輪を使って差し込む方式を使う場合が多い。


 シマズの場合には、パイプを作る場合には製鉄所に錬金術師が詰めて鉄が柔らかいうちに、炭素量の調節をして鋼鉄として長さ5mの鋼管を作っている。物質の構成に介入できる錬金術の良さで、理解していれば質を調整することもできるのだ。質の調整もそうだが、形の整形も常温の鉄では莫大な魔力が必要であるのだが、それに比べれば熱せられて流動状態の鉄では、極めて容易になる。


 実のところ、マサキの持ち込んだ錬物(金)術の改革は大きくは3つあるが、その大きな柱の一つは極力術をかけやすい状態に(例えば熱する等)して、術を掛けるということである。だから製鉄所には錬金術師が多数詰めており、高炉から出てきた銑鉄の炭素量の調整、様々な合金の生成、さらには型鋼、パイプ、レールなどへの整形をおこなっている。


 マサキの持ち込んだ改革のもう一つは、物理や化学の原理を教え込み、かつ物の生産をパーツに分割するなどして術の実施のハードルを下げて、比較的素質の低いものを錬金術師となれるようにしたこと、つまり錬金術師の数を大きく増やしたことにある。


 最後は2つ目の功績に絡むが、錬金術による製造をパーツに分割するなど分業化して、ある製品の生産の効率を大幅にあげたことだ。つまり従来であれば、狙撃銃を錬物術で作る場合は、その作り方を理解している名人が個人で、魔力を振り絞って製造する必要があった。

 それを、マサキは数十のパーツに分けてそれぞれの施術を単純化して、揃ったパーツを微修正を加えつつ完成することで、難度を下げて製造する早さを大幅に高めたのだ。


 これらの浄水場、送水設備の完成にはまだ2年ほどを要する。このため、緊急的に5㎞ほど離れた低地の水量の豊富な井戸から水を引いて、城と周辺の屋敷街に水を供給している。

 ちなみに、シマズのみならずワ国では便所は簡易水洗式であり、使用後ひしゃくで水で汚物を流すと、近くの水槽に流れていって、スライムが汚物を食べてくれるようになっている。このスライムの能力は非常に高く、臭いも発生もほとんどなく、小規模な水槽で済む。


 とは言え、スライムが増えすぎるとこの水槽が溢れてしまうので、定期的にくみ取ってやる必要がある。くみ取ったスライムは砂を敷いた上に注ぐと数日で水が抜けて、乾いた状態になるので。昔から植木などの根本に捨てられている。糞尿のなれの果てなので、食べ物を作る穀物や野菜の肥料にするのは忌避されてきた。


 この点は、マサキがオリタ家で改めさせて肥料に使わせており、今はシマズでもそのようになっている。地球では下水の処理は上水道以上の大規模な施設であるが、この世界でスライムのお陰で極めてコンパクトで簡単な設備になっており、それを知ったマサキは大いに感心したものだ。


 ―*-*-*-*-*-*-


 話が大きく逸れたが、再度評定の間に戻る。

「ヤマジ・サンダユウ、皆に最近の北ワ国の動きを伝えよ」


 アマオウの命に、評定衆の中間あたりに座っている諜報方のヤマジが「は!かしこまりました」と応じる。諜報を重んじるシマズ家では、他の領では軽んじられている諜報の者達を重用しているが、それもアマオウの代からである。ヤマジは40歳代の半ばで中背であるが、筋肉質のずんぐりした体格で無個性的な顔立ちである。

挿絵(By みてみん)

               ワ国の南北大島


挿絵(By みてみん)

               南ワ大島 シマズ領付近


「まずは、北ワ大島の広さの半ば以上を占める北ワ国の最近の情勢を簡単に説明させて頂きます。ご存じのように、北ワ国は100年前まで北ワ大島の全てを占める大国でしたし、我らが南ワ大島の北も半ば支配する“国”と言うにふさわしい存在でした。

 ですから、ワ国全体に流通しているワ貨幣は北ワ国が作ったもので、未だにこのシマズで作るようになったものを除けば唯一の貨幣でした。ただ、世継ぎの選定における内紛で、この国は現在は北ワ大島の半分程度の領になり、南ワ大島の領に支配を及ぼすことはなくなっています。ただ、領民、いや国民は彼らの発表では、355万人とされていますので、ワ国でも突出した最大の勢力であることは確かです。


 その北ワ国の現在の国王は御存じのようにキラ王で、年は42歳で治世5年の野心的な方です。その表れの一つとして、積極的に沼地を埋め立てて新田を開いて国力を高める努力をしています。さらに、今までの常備兵3万を6万人に倍増して、百姓兵の装備を改善すると共に訓練日数を増やすなど軍事力を高めています」


 ヤマジが一旦息を継いだところで、軍団長のカワイが聞く。

「ふーむ、我が領の常備兵は4万5千、その代わりに基本的に百姓兵は使わぬことにしている。ヤマジ殿、北ワ国が百姓兵主体であることはかわらぬはず、全体としての兵力はどれほどだ?」


「はい、百姓兵や猟師、山師などを入れて総動員すれば30万弱になるはずです。一方で、北ワ国は百姓兵などに支給する装備も整えつつあり、今の所揃えたその数が12万ほどのようです。つまり、常備兵と合わせて16万が一線で戦える数ということになりますな。

 とは言え、これらの軍備の拡張の目的は北ワ大島の再統一に向けてのものとされています。実際に、西北ワの北テンチ領、南テンチ領もそのことを承知して、怯えて盛んに北ワ国へ使者を送っているようですので、統一には時間がかかるとしても近く従属関係になると考えられます」この言葉にカワイが再度聞く。

「ふむ、そうなると我がシマズに仕掛けてくることも考えられるかな?」


「はい、我が領が貨幣を発行し始めて以来、常備兵以外への武器の生産が一段と繰り上げられたと聞きますし、南北テンチ領への交渉も激しさを増したといいます。また、南テンチ領からは“シマズに攻め込むので共に戦うように”と北ワ国から言われていると聞いています。そして何より、軍船と輸送船を大急ぎで作っています」


「ふむ、こちらは当分北ワに攻め込むつもりはない。つまり北ワ国と戦いが起きるとすれば、彼らが我が領に攻め込む場合のみということになる。幸い、北と南ワ大島は海で隔てられているので、多分いきなり我が領に攻め込むほどの船は集められないだろう。

 本隊としては、以前属国だった我が南ワ大島の北側に一旦軍を集めて、陸路を攻め込んでくるだろうな。しかし、一部は我が領に船を使って直接攻め込んでくる可能性もある。ところで、それだけの軍備は大国北ワ国として財政的な負担も大きかろうが、国内から不満は出ていないのかな?」

カジオウが聞くが、国力が財政に支えられることを近年はっきり理解しての質問である。


「はい、若君。その通りです。新田開発は実のところあまりうまくいっていないようで、直接開発を行っている者達には大分不満がたまっているようです。それで、軍備の費用を賄うために百姓への年貢を5割5分であったものを6割に上げて、職人、商家などへの税も上げたようで、キラ王への不満は強いようです」


「ふむ。仮に16万の軍勢がこの南ワ大島に来るとする。多分何度も船を往復させて、北大島から近い北のどこかの領に軍勢を集めて陸路を攻めてくるだろうの。

 また、わが軍がそれに備えて軍を北東に集めると船で1万くらいの軍勢を南から直接上陸させるかも知れん。そのような場合にはどのように相手を退けるかの、ヤマジ軍団長?」


 領主のアマオウが大きな声で聞く。

「は!さすればお答えします。ただ、どうも北ワ国は我が国の最近の動きを知らないようですな。確かに北ワ国は、300万人民を抱える大国であります。だから、6万の常備軍と、それなりの装備の農民を中心とした12万の徴集兵で軍団を結成できます。ただ、彼らの武器は一部弩弓があるものの弓と、槍と剣です。


 我が軍は、4万5千の常備兵ですが、このうち5千は騎兵です。さらに、すでに半数の兵には小銃を持たせて十分な訓練をしておりますし、全部で500基のりゅう弾砲があります。以前の戦いで大いに威力を発揮した狙撃銃は、2千の訓練した狙撃兵と共に戦力化されています。

 しかも、領内及び周辺領の道は整備されており、馬車にて、1万の兵は急展開が可能です。ですから、敵が16万であっても、楽勝とは言えませんが守るのであれば全く問題はありませぬ」


「ふむ。まあそうだろうな。ただ油断してはならぬ。ヤマジは北ワ国とその他の領への働きかけ、彼らの戦の準備をぬかりなく監視せよ。よいか?」


「は、かしこまりました」


 ヤマジが頭を下げて応じるのを見て、アマオウは次にカジオウを見て薄く笑って言う。

「さて、我が領の強みは研究所から生まれた数々の開発の実用化じゃ。これらは、大部分マサキの頭から生まれたものであるが、当面我が領は領が豊かになることに専念すると言う方針である。無論降りかかる火の粉は払わなくてはならんが、聊か危ないと思っていた北ワ国も先ほど話した通り、さほどのことはなさそうじゃ。

 カジオウ。お主は先ほど言った方針は今後も堅持すべきすべきと思うか。そして、今後シマズはどうあるべきと思うか存念を申せ」


 父の試しにカジオウは顔を引き締めて答える。

「は、豊かになることに専念するというも方針は、当分は堅持すべきかと。それは、以前からのシマズ領については、農業を始めとする改革はひと段落しておりますが、併合した地域については未だ道半ばかと思われます。そう、あと2年すれば、それらもひと段落しますから、打って出ることは可能かと思われます」


 カジオウは一旦言葉を切って父の顔を見て話を続ける。

「しかし、打って出て戦で周りの領を平らげていくことが必要でしょうか?我が領は、すでにワ国で最も豊かな領になっております。飢えることはなく、それどころか自分の好きなものを選んで食え、皆がそれなりの服をもっていて見苦しくない服装をしている。あばら家だった家々もどんどん良くなっている。

 その豊かさを見て、周辺の領の民が続々と我が領に移ってきています。そして、そうあと10年すれば、我が領は100万民を超えるでしょうから、国を名乗るのも可能になると思っています。確かに、今の戦力でもワ国全体を征服して我がものにすることはできるでしょう。


 しかし、その戦で、我が家臣の犠牲は多くはないとしてもあります。さらに、征服した領の最良の人材のかなりの人数を殺し、物や建物さらに耕地を壊してより貧しくなった地域を、過去5年やってきたと同じように開発するわけです。私が聞いているのは、この領の周りの領では、農民や商人に加え家臣たちが我が領に加えてもらいたいという強い意向があると言います。


 事実、ムラソコ、キシベ領では領主もそれに賛同する様子があるとか。とは言え、彼らの場合には我が領にどうあっても敵わないことから、征服される前に降伏するということらしいですな。ですから、我々は淡々と自分が豊かになる努力を続ければ良いのです。

 豊かになった我々を征服してその豊かさを奪おうにも、それだけの戦力を持った相手はワ国にはいません。前の戦の顛末を見ている領主共が同じように集まって我が領を攻めるとは思えません。父上、私は先ほど言ったように、周辺に攻め込むことなどせずに今やっていることを続けるべきであると思います」


 カジオウの話を聞いて、アマオウはその目をじっと見ていたがやがて大笑いし始めた。


地図を勘違いしていまして、申し訳ないです。以前のものを訂正します。

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