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錬金術で進める国作り  作者: 黄昏人
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生まれ変わりつつあるシマズ領、3年後

読んで頂いてありがとうございます。

 マサキは15歳になった。まだ少年らしく細いが、身長が170㎝を超え、均整が取れてそれなりの筋肉がついてきている。顔は日に焼けて浅黒く、すこし下がり気味の眉に優しげな眼であるがその深いまなざしに知性が窺える。相変わらず研究所の構内の自分の部屋に住んで、多くの人と会って相談に乗りながら研究に勤しんでいる。


 シマズ領の広さは変わっていないが、すでに人口は70万人を超えており、とりわけ領都のシマズは、周辺に立ち並び始めた様々な工場もあって、人口10万を超えて南ワの国で最大の都市になった。

 つまり、シマズ領はすでに70万民であることになるが、それのみならず、住民の所得はどんどん伸びている。シマズではすでにGDPの概念を持ち込んで、2年前からその数値を算定して公表している。ちなみに、ワ国には既に金貨、銀貨、銅貨からなる通貨がある。


 だが、まだ金銭による商取引が行き渡っているとは言えず、シマズ家においても、2年前までは家臣の報酬は穀物と金銭の2本立てであった。領地持ちの家臣は、その領地からの収穫を考慮に入れた報酬体系になっていた。また、流通している貨幣を生産していたのは、北ワ国の半ばを支配する、北ワ王国であるが、彼らは貨幣の材料である金属を各領主から買っているので、無から有を生み出している訳ではない。


 マサキが見た所では、ワ国で流通している貨幣は、シマズの経済が急速に発展しつつある3年前に、すでに不足が明らかになっていた。だから、カジオウには近く貨幣の製造を始めるしかないという話はしていた。材料の金属に関しては、元々シマズ領には金山があって年間金が100㎏、銀が1トンほど取れていて、北ワ王国に売っていた。


 銅については、元々南ワでは多く産出されていて、豊富に出回っていた。だから、武器や器具には加工が難しく錆びやすい鉄よりむしろ青銅の方が広く使われていたくらいである。金銀については、シマズ領での貨幣の製造というその構想はあったので、カジオウに仕えるようになってからは金銀の売却を止めさせ、出来るだけ出回っている金銀・銅を買わせている。


 だから、2年前にシマズ領限定ということで、シマズ金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨、小銅貨を北ワ国貨幣に合わせて発行した時には当面は十分な地金が集まっていた。独自通貨の発行に、無論北ワ王国からは猛烈な抗議があったが、その前にシマズは何度も北ワ国には発行量の増加を申し入れていた。


 従って、『通貨が足りないため』というシマズの言い訳に、北ワ国もしぶしぶながら引っ込むしかなかった。とは言え、北ワ王国は自分の持つ最大の利権をないがしろにされて大きな不満を持ったことは事実である。


 このように、自分の貨幣をもったシマズ家であったが、領産高と名付けたGDPの算定は貨幣換算で行っている。これは、ほぼ正確につかめている米、大麦、小麦など穀物の産高に雑穀、イモ類、野菜のほか肉産物、乳製品高のほか、最近の急速に伸びている水産高に、木材、林産品をまず算定している。


 従来であれば、これらが領の収入の大部分を占めているのであるが、ある程度は従来から産出のあった鉱産物も当然算定されている。加えて、シマズ領では合計すれば近年すでに農業生産を抜き去っている様々な産業がある。その一つは、すでに完成して稼働している製鉄の他非鉄精錬、これらの金属を使った様々な製品、木工品、ガラスを含む窯業製品、さらに食品加工製品の製造などの製造業である。


 また、様々な工場、道の拡幅改良、港の拡張・新設、学校、領役所の増設、工場、商店などの大型の建物、インフラの建設の他に、金回りの良くなった領民の家々の建て増し、補修・改修、新設と建設業が大いに好景気に沸いている。これは、建設に必要な様々な資材の領内の増産の他に、他領からの買い付けを促している。


 それのみでなく、近年俄かに増えてきた小売店、食料や様々な製品の元売り、それらの商取引のための運送業もあり、すでに始まっている領立の小学校、中学校、高等学校での教育も従事する人がいる限り、産業の一つに数えられている。


 このようなことで、シマズ領では人手不足が著しく、これが領民の数の急激な増加を呼んでいることになる。シマズ家の財務方の算定では、シマズ家が周辺領との戦いに勝って、領民が2倍になった時点に比べ、その後5年で領産高は2.5倍になったとされている。


 とは言え、人の数は1.4倍に増えているので、領民一人当たりにすれば、1.8倍足らずではあるものの、新参の領民は元からシマズ領に住んでいた領民に比べその成長の恩恵は小さいので、元からの領民は5年で2倍豊かになったと言っていいだろう。その現れが、領内で殆ど一斉にやっている家の建て替えや改修である。


 ―*-*-*-*-*-*-


 モリ・ヨサクは20歳の大工である。1年前にカワベ領からこのシマズの街に来て、社員寮の長屋に一人で住んでいる。彼は百姓であるモリ家の2男であるため、小さな農地では自分も含めては食ってはいけない。だから、いずれにせよ家を出ていくしかないが、5年前にカワベ領がシマズ領の一部になって、にわかに忙しくなったために家から離れられなかった。


 これは、シマズ家の命令で、耕作していた田の形を整え、荒れ地を畑にして今まで栽培していなかったイモや野菜を栽培するようになった。更に“肥料”というものを作らされ、それを田畑に施すようになった。またそれに先立って、シマズから人が送られてきて、人々を集めて魔力の使い方を中心に様々なことを教えた。


 それは、魔力を循環させて身体強化を行う方法や、手分けして錬物術を使う方法の改善されたやり方であった。魔力については個人が持っている素質によって強弱があるが、毎日の訓練で増やすことも可能である。さらに身体強化を始めとする魔力の活用は素質によって異なるがそれぞれがやっている。


 特段の訓練なしでも火を起こす程度のことは半分程度のものが出来て、強弱はあるが筋力を増すと言う意味での身体強化は数割の者は出来る。さらに風を起こしたり、作物の実りを良くする、少量でも水を生み出す水を操る、物を操る錬物術なども数割の者が出来る。


 ただそのような魔法は、身体強化を除けば戦いに使えるほどのものではなく、“戦に魔法は無用”というのが常識であった。一方で、魔法は生活と生産には大変便利な能力であり、お陰でこの世界の人々は地球の過去に比べると、飢えも少なくそれほど悲惨な生活送ることはなかった。


 そのように有用な魔法であるが、それは魔力を自然界の物質に働きかけるものであるために、自然界の法則を知らない人々が使ってもその効果は限定的であった。そのことが、現在日本で暮らしていて、自然界の法則に深い知識を持っていたマサキが、そうした人々を指導して短期間に大きな成果を挙げられた理由になる。


 従って、マサキが編み出して“オリタ式”と呼ばれるようになった魔法の訓練には、基本的な物の性質や、化学などの“理科”の教育が最初のものになる。とは言え、魔法には植物、風、水、火、錬物、など個々人の強い適性があって、適性のない魔法は殆ど使えない場合が殆どなので、教える内容は適正のある部分に絞って効率を上げている。


 ヨサクの村では、人々はシマズから送り込まれた5人の指導者の元で、そのような教育が成され魔法の使い方の訓練がされた。その結果、従来は過程を考えずに結果だけを思い描いて力んで魔法を使って多量の魔力を費やして、かつ限定的な効果しか得られなかった村人が明らかに高い能力を示すようになった。


 大部分の者は、少なくとも多少は身体強化が使えるようになり、大部分が農民である村人の半分程度は植物の生育促進に才能を示した。彼らは、稲をはじめとする植物の生育には日射のほか、一定以下の植生の密度とすることに加えて、“栄養”が必要であることを教えられた。


 不足している場合が多い重要な栄養である窒素、リン、カリウムについて教えられて、それがどのようなものであるかを学び、サンプルを示されて感覚で掴んだ。これらの植物の3大栄養素は、普遍的に存在するものであるため、近傍の野山から採取してきて自分の田畑に必要な量を補うように指導された。


 さらには、麦、雑穀、イモ類、野菜などの種子を与えられて、土魔法をうまく使えるようになった者達の力も借りて、身体強化を使って開いた畑地に植え付けた。この過程で明らかになったのは、やはり魔法を習うのは若い方が良く、40歳代以上では殆ど教育の効果がない場合が多いということである。


 教えられ始めた時に15歳であったヨサクは、その意味では問題がなく、しかも比較的魔力が多く錬物術師としての能力が高いことが認められた。ただ、金属に関してはあまり得手ではなく、岩の加工と木工に適性があると認められたので、彼の場合にはその方面の知識を集中的に教えられた。


 木材を加工するというのは中々手間のかかる作業である。まず生の木材を伐採しても、3ヶ月から1年は乾燥させなくてはならない。次に建築に使う材木は基本的には角のものが多いので、丸い木材を切断する必要があり、動力鋸のある現代であればともかく、普通は大型の鋸で何人もの人手を掛けて切ることになる。


 この点は魔法の便利の良いところであり、切断について鋸は必要なく、適性のある錬物術師が魔力で材木の構成する繊維を切っていくことが出来る。ただ、従来これはなかなかの大仕事であり、よほど適性のある名人でも、末口の径が50㎝ほどの材木を板にするのに3本から4本が限度である。


 しかし、オリタ式の教育を受けると木材の年輪方向の繊維を意識することで、従来の1/3以下の魔力と時間で同じことができる。これは力ずくで引き切っていたものを、一種の回転力を使って切ることで効率を上げていることになる。

 さらに従来は木材の乾燥を魔法で行うと、割れが生じかつ狂いやすいので禁物とされていた。だが、地球で蒸気を使った人工乾燥法があるように、水魔法と火魔法を合わせて使うことで魔法による乾燥を可能にしている。


 また、この世界の建築を錬物術師が行う場合には、木材の組み立ては基本的に接着によっている。これは、くっ付けるお互いの面を滑らかにして、互いの面から繊維を引き出し絡み合わせるもので、接着後の強度は、一本物の木材の半分くらいだ。この点は臍で組み立てたり、釘で打ち付ける地球の建築工法より優れている。


 ヨサクは、村にいる錬物術を使う大工と共にオリタ式の訓練を受けて、工作そのものは30歳代の始めのその大工と変わらないレベルになった。その後、彼と共に俄かに増えた村内の建築を共にこなしていくうち、大工としては十分やれると自信ができてきた。


 その間の数年はヨサクも忙しかったが、モリ家の亭主である父と母、兄の長男、姉の長女は毎日をこれまでになく忙しく過ごしており、それは他の村人も同様であった。それまで、きつい農作業をしてはいたが、どちらかというとのんびりしたペースであったのが、俄かに一日中の切れめない作業をするようになった訳だ。


 そのため、村ではシマズ領になってずっと仕事がきつくなったと不満を言う者も多かった。その間は、シマズ家は必要な種や苗などについては支給して、ある程度の食料の援助があったので飢えはしないものの、これらは個々の家が結局シマズ家に借りていることになる。


 様々な改善がひと段落したら米の収穫が倍以上になり、それにイモや野菜等の生産高が増えるとのシマズ家からの話はあるが、誰もまともに信じてはいなかった。前の領主のカワベ家は6公4民の年貢をとり、加えて領民に道の普請等様々な追加の労務が課していた。


 また、彼らなりに色んな改善と称する試みを農家に押しつけていたが、旨くいった試しは少なかった。シマズ家は5公5民で年貢は軽いが、改革によって“押し付けられた借り”を考えるとカワベ家より悪いのじゃないかという者もいた。


 そのように、聊か不穏になっていた村であったが、春になって植え付けを行い、それが育ってくるとどう見ても作物の育ちが良い。さらに、早々に信じられない量のイモ類の収穫ができて、食う物には困らなくなると、そうした不満はあっさりと消えていった。


 実際にモリ家の生み出した農産物の価格は2倍余りになった。それから半分をシマズ家に税として納めるので、モリ家の収入は2.2倍になったことになる。その上に大工として働き始めたヨサクの収入があるのだ。さらに農作が軌道に乗って肥料も十分に施し、野菜やイモ類の作付けを増やした3年目からは、さらに前の年の1.5倍の農産高を挙げている。


 お陰で、領主への負債の返済も問題なく行えており、家には窓が入り、家具が増え、ぼろ着しかなかった各人の下着、野良着、よそ行き着を買いそろえ、3食米のご飯と毎日肉や魚を食べられるようになった。ただ、ヨサクとしては村の大工の下について仕事をするのに行き詰まりを感じており、好景気に沸いているというシマズの本拠への移転を考えて実行したという訳だ。


 村で指導をしていた人を頼って、シマズの街に来て工務店に紹介してもらい、木工の腕を見て貰ってすぐに採用になった。シマズの街はどんどん人口が増えており、それに従って街の規模が拡大し、商店街では新たな店が増えて、大学が出来るなど建築の仕事はいくらでもある。


 だから、個人の大工が請け負って仕事をするオーダーでは全く収まらない。ヨサクが加わったミナミ工務店はシマズ領で2番目の規模の工務店で、現在社員が70人居て、錬金術師がヨサクを加えて52人いる。ちなみに、シマズでは錬物術と呼ばずに錬金術と呼んでいる。


 これは、最近シマズ家の総合技術研究所の所長に正式に就任したオリタ・マサキ師が、錬物術でなく錬金術と呼ぶようにと言い出し、ご当主様が認めてそうなったという。なんでも、マサキ師は未だ15歳の少年らしいが、今のシマズ領で行き渡っている錬金術を含む様々な工夫の多くを生みだした大天才だと言う。


 ヨサクは一人前の大工である錬物術師のつもりだったが、ミナミ工務店に入ってみてその中ではほんの駆け出しであることを実感せざるを得なかった。何より、携わった建築の規模と種類が違っていて、出来る仕事の種類もこの工務店の並みのものに比べても見劣りする。


 要は人手が足りないから採用されただけと認識した彼は、必死で先輩の技術を盗むことを心掛けた。とは言え、この工務店では先輩は聞けばちゃんと教えてくれるので“盗む”必要はなかったが。いずれにせよ、ほとんどの時間を技術の取得に勤める必死の努力の甲斐があって、1年後には中堅として認められるようになった。


 そうなれば、給金はシマズ領の中でも良い方になって、村にいた時期の3倍を超えている。彼の住居は工務店の持つ独身寮であるが、部屋を借りて所帯を持つことも今の給金であれば可能である。ヨサクには故郷の村に言い交した女性がいる。1歳年下の、カヨという近所の百姓の娘だ。


「2年、2年待ってくれ。絶対に一人前の錬物術師の大工になって迎えに来るから」


 そう言って、村を出る前の晩に抱きしめ唇を奪って村を出てきたのだ。シマズ領には乗り合いの馬車もあって、村には1日あれば帰れる距離であるが、一人前になるまでは帰らないとヨサクは誓っていた。

 その代わりにシマズで普通に使われている郵便で、1月に2度手紙を取り交わしている。字の読み書きもシマズの教育のお陰であるが、カヨの手紙を受け取って領の部屋で一人悶々とするヨサクである。


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