シマズ家でのマサキの日常、シマズ領の変貌
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マサキの朝は早いが、これは日の出・日没と共に生きるこの世界の人々の生活のリズムに合わせざるを得ないからそうなったと言う面がある。なにしろ、経済的に魔灯を使える者は少数派であり、それも夜間長く使えないのが普通なので、暗くなったら早々に寝てしまうのが普通だ。
ちなみにこの世界は“カミヨ”と呼ばれていて、人々はそうとは意識していないが惑星である。自転周期は20時間だから1日は20時間であり、“ヒ”と呼ばれる恒星の公転周期は450日である。だから、1月を45日として年間は10ヶ月とワ国では定められている。
惑星カミヨの地軸の傾きは小さいので、ワ国での年間の日の出、日没の時間変化は1時間程度と少なく、それに伴って気温の変化も小さい。日の出は平均的には5時で、日没は15時であるので、人々は概ね4時か5時には起きて、18時には寝てしまう。
マサキは、いろいろ調べてこの世界の1時間は地球の1時間より2割ほど長いと計算している。だから、この世界の一日の長さは地球とほぼ一緒である。ところで、1時間は100分となっていて、秒は必要がないので存在しない。このようにワ国では時間は基本的に10進法であるが、地球より合理的であるとマサキは思う。
時間を測る時計は、マサキが作るまでもなくすでにあった。これは、最初のものは日時計であり、次は常に水位が一定になるようにした水槽から注ぎ出る水を小さな容器に受けてそれが一杯になるごとに、1分毎に目盛りを進める仕掛けである。
しかし、後者は大掛かりなので最近ではゼンマイ式の時計が出回っている。度量衡については、不思議なことにほとんど地球のメートル法と同じ考え方で、その量も1mや1㎏はマサキが調べた限りでは同じであるため便利ではある。
自分で作ったゼンマイ式の目覚まし時計で朝起きたマサキは、自分でパジャマと呼んでいる寝間着をジャージ様の運動服に着替え、歯を磨いて顔を洗う。それから、研究所場内の運動場に行くと、すでに場内に住む所員とその家族の子供・女性も含む200人余が運動服で集まっている。運動場の正面にある時計はもうすぐ5時30分になるところだ。
一段高い台の上に、40歳代初めの庶務頭のニシノが立っており、グランドに広がっている者達にマサキも加わる。ニシノは研究所の警備隊を除く所員約200人の庶務係10人の責任者である。彼はシマズ家の武将の家の出だが、武においては才能がなくうだつの上がらない雑務をやっていたが、その道では気が利いて親切である点で有用な人材であるということで、研究所につけられた。
彼が大声を上げる。
「では時間になったので、ラジオ体操を始めるぞ!」
「「「「「おお!」」」」」
とりわけ子供が大声をあげて唱和する。ニシノの男2人女1人の子供も加わっている。
「ではまず、手を大きく上げてゆっくり回す。イチ、ニ、サン、シ………」
ニシノの掛け声に合わせて、マサキも含めた皆が唱和しながら体を動かしていく。このラジオ体操はマサキが持ち込んだものであるが、彼の前世の記憶もあいまいなので、適当にアレンジして第一と第二を作って通してやっている。ラジオ体操の後は、マサキも加わってのランニングであるが、場内の塀際を1周から5周する。
1周で2㎞ほどあるので、結構な運動量になる。マサキは3周で切り上げているが、彼も心と体の健康を保つためには適度の運動が重要であることを意識しているので、この朝の運動を研究員にも課している。朝食は場内の大食堂で5時50分から6時50分の間取れる。
食堂では、朝、昼、夕と3食が供されているが、朝はバイキング、昼は定食、夕は定食とバイキングの混合となっている。メニューはマサキの前世の知識で、シマズ領のみならずワ国で広まり始めた非常に人気のある料理を主として種類が多い。このため、通いの所員も含めたほとんどが朝、昼、夜の多くを利用している。
この大食堂で、マサキの実家のオキタ家から来たミタカ・ヨリが調理人頭として10人の調理人を使ってその腕を振るっている。ヨリは、次々に調理場に運び込んでくる空の容器に新たな料理を盛っている慌ただしい時間、配下の者達の動きを見ながら、ちょうどマサキが食堂に姿を見せたことに気づいた。
彼を見てオリタの館の調理場に顔を出した時の事を思い出していた。その時は、自分は夫を失って途方に暮れていたが、息子のタカシのためにも頑張らなくちゃと気合を入れて、頼み込んで調理場の下働きとして働き始めた所だった。6歳だったマサキの名は、“神童”としてすでに領内で知られ始めていた。
最初はコメの耕作の方法に口を出して、見事に領内のコメの収穫を2倍以上にした他、飢えた時にのみ皆が野で取って食べていた芋を栽培して、畑で育てる食料にしたなどの功績がある。それは、領主の父に強請って借りた土地で、実際に試して実証した上でのことだったという。
だから、その時点でも領内ではマサキの言うことは大抵のことは通るが、調理頭は頑固なゴロンジという老人で、マサキの申し出に何やら難しい顔をして何かを言っていた。だが、やがて、調理頭は調理場の隅で食器の整理をしていたヨリを呼んで、少年の前に彼女を立たせてこのように言った。
「マサキ様、では御要望はこのヨリに申し付けて下さい。ヨリはこの調理場の下働きをしていますが、亡くした亭主は腕のよい料理人で、調理も大分教え込んでいるようです」
しかしゴロンジの態度からは、厄介ごとを下働きに押し付けるという態度にありありと見えている。それに、女が調理人に取り立てられることはまずないのだ。しかし、マサキはにっこり笑ってヨリに向かって言った。
「そうか、ゴロンジ有難う。ヨリ、これからよろしくな。どうしても食いたいものがあってな。それを作って欲しいんだ」
そう言ってゴロンジに向きなおって言う。
「じゃあ、しばらくはこのヨリは俺の専属にしてくれ。それから、この調理場にある材料は使わせてもらうからな。もしそれで足りなくなるようだったら、その分の銭はおれが父上に言うから言ってくれ」
「は、はあ。解り申した」
ゴロンジはしぶしぶといった感じで返事をした。そのことで、領主の息子とは言え6歳の幼児の専属になってどうなることかと、不安はあったヨリだったが意外にその立場は居心地の良いものであった。マサキはヨリの給金を聞いて、余りに安いのに驚いてすぐに倍にしてくれた。
実際にそのことで、貯えを切り崩し、食べ物の残り物をもらってようやく親子2人食いつないでいたヨリは大いに助かったが、一方で、マサキの領内での力が、自分の給金に口を出せるほどに強いことに驚いた。
しかし、それ以上に驚いたのは、マサキが作らせた数々の斬新な料理である。自分も、料理が好きだったので亡くなった亭主から様々な調理の材料や方法を聞いていたが、明らかに知られていない調理法と使われていない材料が多かった。
とりわけ貴重品であった油を、炒め物や揚げるために使うなど、信じられない方法であったし、そのための油のみならず様々な肉や魚、野菜などの材料をどこからか手に入れてくるのだ。そうして作った料理を、マサキは実に嬉しそうにして食べるが、ヨリも相伴に与らせてもらって実際に美味いことを実感した。
そのような料理は、マサキの前世の知識から来たものであるが、彼は料理としては知っており、その味も知ってはいるが、彼が実際に調理したものは少なく、調理法としては漠然と知っていたのだ。そのために、最初のうちは、マサキが調理方法を知っていたので比較的簡単であったが、試行錯誤の連続でようやく調理法を確立したものも数多い。マサキは、その結果からヨリは非常に才能のある料理人だと思っている。
また、新しい料理法にはそれ用の調理具が必要である。その点では、すでに錬物術師の集団を指導していたマサキにとっては必要な包丁、まな板、様々な鍋、フライパンや中華鍋、蒸し器などに加え、パン焼き窯、各種オーブンなども取りそろえるのは簡単であった。それらの調理具は、後にオリタ領の特産になって、長く領の財政に大きく貢献した。
「本当に若様は美味しそうに食べられますね。作らせて頂いた私も嬉しいです」
その試行錯誤のなかで、自分の作った料理を食べているマサキを見てヨリが笑って言うと、彼も笑顔で返す。
「ああ、食べるのは人の欲求の一番目の楽しみだと思う。それをまずい飯で何の喜びもなく食べると思うとなあ。惨めだろう?そう思って、ヨリに色々教えて作ってもらっているのだ。
ヨリの料理は父上や母上、兄上などにも食べてもらっているが、大評判だぞ。たぶん、ゴロンジはまもなく引退だな。次の調理頭がお前に料理を教えてもらいに来るようになるよ」
「ええ!そんな。あの料理は御領主様が召し上がられたのですか?」
ヨリは叫んだが、最近の1月ほどは多めに作らせた料理をどこかに運んでいたのだが、それが領主の家族の食事に使われていたという訳だ。
実際に、間もなくゴロンジは高齢ということで引退し、次席だったカジムラが調理頭になった。そして新たな頭になったカジムラがヨリに言ってきたが、完全な命令口調だ。
「ヨリ、御領主様のご命令だ。マサキ様からお前が教えられた料理をこの館でも出せるようにとな。だから、明日の朝から皆にそれを教えろ。わかったか?」
「いえ、私は若様の専属ですから、ここで“はい”とは言えません。皆さまに教えるのは良いのですが、若様にまずお話になって下さい」
ヨリはマサキの言う通りになったと思いながら、彼に言われたように返答した。
ヨリはそれを機会に料理人として正式に任命されて、同僚になった料理人にマサキから伝えられた料理の数々を教えた。とは言え、ヨリはオーブン、パン焼き窯などを置くために調理場に隣接して建て増した小屋で主として調理をしていたが、隣り合っている調理場で働いていた料理人が中を知らないはずはない。
マサキもヨリも秘密にしている訳ではないので、若手の料理人が聞きに来たときは調理のやり方を教えていたし、試食もさせていた。だから、年かさの数人を除けば、半数以上の料理人はかなりのことは知っていたので、教えられる内容の一通りのことは知っていた。
そして、ヨリもマサキの専属という立場を離れて、一人の料理人としてオリタ館の料理を作ることになり、マサキも館の皆と同じ改善された食事をすることになった。マサキがカジオウに仕えるために、シマズ城に移ったのはその頃で、ヨリもその後間もなくシマズ城に移っている。
マサキの父は、オリタ料理と呼ばれるようになった数々の料理に関しては、最高の腕を持つヨリを手放すのは渋った。だが、女でありかつ下働きだった彼女は調理頭にするのは難しいことから、マサキの頼みを聞いている。また、オリタ料理というプランド名を利用して、オリタ領に1ヵ所、シマズ領の領都のシマズを含めて現時点で3ヵ所の料理店を開いて大いに繁盛している。
そこには当然マサキの知恵も入っており、彼としてはこのような形で去っていった自分の実家に恩返しをしているのだ。その他にも、マサキの名は先述のようにすでにシマズ領の中で高まっており、彼の実家ということで、オリタ家は領地こそ増えていないが、シマズ家において大いに優遇されている。
マサキの父のウモンは、シマズ家の評定衆の末席を与えられ、シマズ領の開発の次席責任者として長男でマサキの兄のタロウと共に領内を飛び回っている。これは彼らが嘗て、オリタ領でやってきたことを規模を大きくしたようなものであるために、確かに適任である。お陰でオリタ家は領が2倍になるほどの役職手当を受けている。
さらにオリタ領にはその種々の開発を実践した経験者が数多くいるので、彼らを有効に使うためにも尚更必要な配置と言えよう。オリタ家のウモンとタロウは共に、マサキが貴重な人材であることは承知しており、彼がシマズ家に仕えることに関しては複雑なものがあった。
しかし、自分達がマサキの生み出した様々な事業を進める立場で奮闘していると、マサキを小さなオリタ領に縛りつけるのは愚かなことであることを実感するようになったのだ。
研究所の就業時間は、城などと同じく7時から14時である。マサキは、7時には自分の研究室に落ち着いて仕事に入る。マサキは対外的には研究所の第一研究員であり、所長という名の老年の錬物術師が別にいるが、シマズ家の者は、実際にはマサキが実権を握っていることを知っている。
だから、領内で行われている様々な開発行為は、多かれ少なかれマサキが知恵袋になっていることもあって、皆研究所に訪れる際には大抵はマサキを訪ねる。マサキの研究室は20㎡程度の小さなものだが、隣接して同じ広さの応接室があって、主として来客を捌くために秘書が配置されている。
平均的に彼の勤務時間の半分は、様々な相談毎に訪れる来客の対応でつぶれており、残り半分は来客の持って来た事項の処理に追われ、残りの就業時間の1/4の時間と残業時間で研究開発を行っている。研究所には200人の研究員がいるが、50人ほどがマサキの発案した開発案件の検証、製品の試作、実証を行っている。
現在、農業については彼の手は離れており、作物の品種の改良、施肥の方法、最適の作付の手法、食肉のための家畜の飼育、乳牛の飼育と乳製品の製造についての知見はすでにまとまっている。そこで、錬物術師を動員して肥料の生産工場の増設、イモ類、野菜の農場を含めた田畑の開発と整形、牧草地の開発、畜舎の建設などが盛んにおこなわれている。
一方で、すでにあった手工業を本当の意味で工業とすべく、まずは鉄の大増産を目論んだ。これには、鉄鉱石と石炭が必要であり、すでに鉱脈については、鉄鉱石はヤマシタ領にそれなりに規模のものがあることは知られていた。石炭はそれほど良質ではないが、コークスを作るのに十分なものがヤナマ領から産出する。
いずれも、シマズ家の支配下に入ったのでいまや開発に問題はない。鉱山の開発はすでに実施されて掘り出された鉱石、石炭が現地に山積みされている。これらのうち鉄鉱石は船便でムロ池を通って海までムロ川を下り、シマズ領のテツトという名になる地の沿岸に建設中の製鉄所に運ぶ。
石炭は同じく船便でヤマダ、ミゾベとアシナ領の境に流れている川を通して海にでてテツトに運び、そこに建設中のコークス炉によって製鉄燃料を製造する。他に必要なドロマイトはシマズ領で取れ、これは量的に少ないので馬車によって陸路テツトに運ばれる。
まもなくコークス炉と高炉が運転されて、千トン/日の生産ができるようになり、1年以内にはその能力は10倍に達する見込みである。そうなったら、鉄道を引こうと思っているマサキであった。