シマズ家戦いをはじめること、カジオウ指揮をとる
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敵であるカマタは、敵陣の前で格好をつけて名乗りを上げたが、結局得体のしれないもので攻撃されて恐怖のあまり逃げ帰った。もっとも恐怖したかどうかは本人しか分からないので、彼は自陣への数百mの疾走の内に我に返って走りを緩めた。それから、自分の陣に帰ってからは堂々とした態度を取った。
2万に近い軍勢の先陣の大将を務めるのは、西側の3つの領のまとめ役であるカワベ家の侍大将に任じられているマツダ・ショウゴである。彼は40歳代の初めの長身で逞しい体の武将であり、多くの戦に参加して、とりわけ槍をよく使うとして武勇において近隣に知られている。
またカマタは、同じカワベ家の若手の注目株である。家老の一族の出であるため、傲慢で同輩からは嫌われているが、腕が立つことは間違いなく戦の腕によって評価が定まるこの世界では、評価されることは当然である。
しかし、彼にとっては先ほど自分の顔の横をすり抜けた何かは。経験したことのないものであった。弓がかすめることはこれまでもあって、それはそれなりに怖いものであるが、構えて撃つところを見ておけば、避けることは容易である。
先ほどのそれは、奇妙な櫓で光が走ったと思ったらその瞬間に顔を擦過した。そして、それは矢と違って“熱さ”を感じ、さらに圧倒的に速いため、意識しても避けることは難しいだろう。しかも、それが発射されたのは、距離が100mを優に超えており、弓では相当な名人でないと当たらない距離だ。
また、彼は擦過したそれはわざと外されたという印象があった。それはシマズ連中の反応が当然といった様子であり、どう見ても相手の兵に倍以上の敵と戦うという恐怖がなかったからである。つまり、シマズは途轍のない武器を持っていて、自分を見逃すほどに余裕があって、勝てると信じているのだ。
彼は、改めて味方の軍勢を眺め、さらにシマズの軍を振り返る。自軍の先陣は大将であるマツダ様が率いる約5千であるが、そこからシマズ軍の先頭まで約500mである。また自軍の後尾まではさらに500mほどもある。シマズ掃討軍の西の総大将は、自分の主君のカワベ・サンザエモンであり、彼は概ね軍の中間に位置している。
シマズ軍を攻める時には、軍はもっと密集するので、もっと横に広がって厚みは300mほどになるはずだ。考える内に、彼は先陣の大将のマツダの前に来ていた。マツダが馬上の彼に声をかける。
「おお、カマタ。シマズの者共はいかがであったか?」
「は、マツダ様。シマズの者共も何やら虚勢を張っていましたが、懸命に恐怖を堪えるのが精一般の様子。また編成はここから見えるように騎馬隊は影も見えず槍の兵のみですな。ただ、馬防柵が巡らせているために、騎馬隊の突進は無理でござる。さらに、兵は各自竹の柵を持っておりますので、弓は効果が低いと思われます。
また、あれに見える奇妙な櫓には兵が伏せているようですが、大した数はおりませぬ。そして我が方の兵力は倍以上。力押しに押せば、敵は崩れましょう」
そう言ったカマタであるが、ほとんど自分の言うことを信じてはいなかった。少なくとも、シマズの君主とその世継ぎは愚かではない。自分が言ったように、負けることが判っている勝負を仕掛けることはないはずなのだ。カマタは言葉を続ける。
「ただ、私に何やら射かけてきたものがおります。それは、轟音と火を放つもので、多分話に聞く鉄砲というものであろうと思われます。ただ、そのものが途方もなく高価で、また撃つために必要な火薬というものが希少であり、かつ弓より射程が短いということで、実戦には使えないと言われております。
ただ、大きな音がして火が走るので、馬や人が大いに驚き恐れるということがあります。この点はご注意願いたいと思います。また、私は殿に御報告に参りたいと思います。よろしいか?」
マツダは、主君に報告に行くという若者に少し不審を抱いたが、シマズが銃を使うというのはそれなりに重要な情報だと思い、頷いて言った。
「よろしい。殿にこのまま進んで、100mほどに近づくと兵に突進させるとお伝えしておいてくれ。また、兵に馬防柵を取り除かせたら、騎馬隊に突っ込ませると言ってほしい」
「は!お伝えします。ではマツダ殿」
そう言って、カマタは馬に乗り、歩ませて兵の間を抜けながら内心ほっとしていた。実のところ、シマズの兵から自分が撃たれたのは銃であろうが、自分が言ったようなものではない。あれは、射程ぎりぎりで撃ったものではなく、狙って顔すれすれを外したのだ。
冗談ではない。俺のような優秀なものが、あれに狙われて命を落とすなどあってはならないことだ。カマタは、後方に行って指揮をする主君の傍にいて、危なくなったら主君を守って逃げるつもりになっている。
自らの命を大事にすると言う面では、秀才らしく彼の選択は間違っておらず有効である。
ただ、彼の誤算は、マサキという存在のこと、そしてその時代を超越した能力を知らなかった。その故に、敵の能力が自分の想像を超えていたことが判らなかったのだ。カマタは主君の傍にたどり着き、もっともらしく報告を行ってそのそばに控えることに成功した。
一方で前線の司令官であるマツダは、兵に前進の命を下して、敵の馬防柵から200mまで10人3列の横列で前進させた。これらの歩兵は、100人ほど毎に馬上の指揮官がおり、さらに徒の足軽分隊指揮官が10人毎に指揮を執っているが、マツダは、先鋒隊約6千人の中間あたりに位置して馬上で指揮を執っている。
犠牲の多いこれらの歩兵は百姓兵であり、はっきり言って戦意は低い。なぜなら、元々彼らは領主の強制によって徴兵されて戦に駆り出されるのであるが、気の荒いものは勝ち戦に乗じての略奪強姦を楽しみにしていたが、平均的な者はそんなことよりほどほどに戦って無事に帰れることを願っている。
無論、彼らにもシマズが投降者を受け入れることを聞いていたが、残した家族が人質同然であるために、命令に逆らって逃げ出すことは出来ないことは解っていた。とは言え、負け戦になって味方が崩れる時にはシマズ側に皆と一緒に逃げて投降することも考えている。しかし、それも武家と足軽の指揮官がいる間は無理である。
シマズ討伐軍は、シマズ軍の敷いた幅200mほどの馬防柵の前200mで止まり、突進を始めるべく体制を整えた。200mの距離は弓の射程外であり、常識的に安全な位置である。通常は槍を持った歩兵とともに弓兵を前進させて相手を混乱させるのであるが、シマズ側にその用意はないので槍による突進のみとなっている。
馬防柵の裏には槍を持ったシマズの兵が控えているが、まだそれを構えてはおらず持っているのみである。人数はシマズ掃討軍の先遣隊とシマズ軍はほぼ同数であるが、前者はまだ同数以上の後詰めが控え、さらに騎馬兵が見える。騎馬兵は、邪魔な馬防柵が歩兵によって除かれたら敵を蹂躙する予定になっている。
最前線から3段目に配置されているトマ村のカジ・ジロウは、与えられた槍を握りしめた。彼が着ているのは、裾を絞った下袴に、短い合わせ着に鎧代わりの竹の胴巻に、頭には竹で作った兜という珍妙なものである。彼の住むヤマシタ領の徴兵された百姓兵に制服などはなく、服と竹の胴巻と兜は自前であるが、槍のみは貸し与えられている。
前方に見えるシマズの兵は、皆揃った服を着て丸い兜を被っているが、いかにも強うそうで羨ましい。ただ、胴巻はない点は守りには弱そうだと思う。彼には、シマズ兵が着ている服が槍でも簡単には透さないほど丈夫なものだとは判らないのだ。
後ろにいる馬上の指揮官の号令で、徒の足軽が刀を振って「行くぞ!槍を構え、前進!」と号令する。彼らは一応最下級の常雇いの兵であるので、刀を持ち、胴丸をつけ頭には鉢がねを付けて、草鞋の百姓兵と違って靴を履いている。持っている刀は指揮下の百姓兵を指揮し脅すためのものである。
まだ並足で槍を構えて歩いているジロウは、奇妙なものだと思って敵陣の櫓を見ていた。その上には、10人ほどの兵がいて、何やら長いものを構えるような恰好をしている。まだ距離は200m以上あるので、何かの武器としても届かないという安心感があった。
見るうちに、構えている長筒の先端から火が出て、薄い煙がパッと吹き出した。それもあちこちの櫓からほとんど一斉にである。そして、何かが飛び出すのが見えたというより感じた。それは自分達より後ろに跳んで行っているようだが、遅れてバン、バン、バンという大きな音がほとんど重なって聞こえてきた。
後ろから人の悲鳴が聞こえ、馬の嘶きが聞こえるので、振り返ったが人の波で何が起きているのか、全く判らない。見ると小頭も振り返って頭をひねっている様子だが、いずれにせよ大勢のわめき声が聞こえ、兵の前進は止まってしまった。しかし、その中を突いてはっきり聞こえてきた言葉があった。
「マツダ様が、マツダ様がお亡くなりになった!」
ジロウは、とっさにさっきのシマズ兵の放った何かが先鋒部隊の大将であるマツダを打ち倒したことを直感した。そして、その距離を考えて戦慄した。未だ自分はあの櫓から150mほども離れている、多分大将のマツダ様はその倍は離れているだろう。その彼を倒せるということは、それよりうんと近い位置にいる自分たちは、当然相手がその気になれば手もなく撃ち倒せる。
しかし、自分の周りには倒されたものはいない。これは、自分たちのような雑魚である百姓兵は相手にする気はないということだ。思わずジロウは口が吊り上がっていた。思えば、領主であるヤマシタ家、自分の村を支配する代官とその配下は、自分達を人間とは思っていないことは明らかだ。
凶作であろうと容赦なく年貢は取り上げ、自分たちは雑穀も食えないので山に入って食えるものを探してくるしかない。そして、頻繁に起こる戦への徴兵は、死んだり大けがをした場合には殆ど面倒は見ないので、自分のような独り者はまだ良いが、妻子持ちだと大抵は残されたものは飢える。
ジロウは、支配者である武家の傲慢さを解っているので、シマズが百姓を優遇する等とは思ってはいない。しかし、仲間も作って出来る限りの情報を集めた限りでは、シマズ領ではよく解らない色んなことが起きており、全体に豊かになっていることは事実のようだ。
そして、自分にとって自分を邪魔にしている村の家族は疎遠な存在であり、このまま村に帰ってもいいことはまったくない。だから、この際はシマズに賭けてみようと思って行動に移した。
「おおい、皆。この戦は負けだ!大将と武家は全て殺される。だから、味方は皆逃げるに決まってる。相手は俺たち百姓など目に入っておらん。だから槍を捨てろ!シマズの方に逃げるぞ。反対に逃げると、マツダ様のようにやられるぞ。小頭の旦那も百姓のようなものだ、一緒に逃げましょう。ほら!」
彼は叫び、脅すように槍で近くに居た小頭に迫る。それに、もしもと言うことで示し合わせていた仲間が同調する。その中年の貧相な小頭は、ジロウの圧力に負けて刀を放り出して怯えたように笑う。
「「「「逃げるぞ!」」」」ジロウの掛け声に合わせた大勢のものの声を合図に、多かれ少なかれ似たようなことを考えていた雑兵たちは武器を放り出して、シマズ軍の陣に駆け出した。
それを、櫓の上から見ていたカジオウはフッと鼻で笑って、少し得意そうに軍監のシキマ・マサムネの顔を見た。シキマは苦笑いをして言う。
「なるほど、若の言う通りになりましたな。いずれにせよ、戦は決まりましたな。逃げ出した雑兵、こちらの方は手のかかる仕掛けでしたが、十分元は取れました」
「ああ、いずれにせよ馬上の侍と大将格を狙撃すれば方が着くとは思っていたが、思った通りでなによりだ。まあ、そのように雑兵がこちらに逃げるかどうかは半々と思っていたが、この点は思ったよりうまくいったよ」
「とは言え、その狙撃銃あればこそですな。500mもの射程があるそれがあるから、先頭で攻めて来る雑兵でなく、後ろに控える大将格を狙えるわけだ」
そこに通信兵から話があった。
「若殿、軍監殿、狙撃班からの通信です。ええと、敵の大将と、その周辺の、将3人を狙撃成功です!」
通信の符号を読み取りながらの報告である。簡単な符号の信号を送るだけなので、複雑な通信はできないので詳しいことは解らない。
「おお、総大将のカワベ・サンザエモンをやったか。死ぬよりむしろ重症の方が都合が良いな。主だったものは殺ったはずだからいずれにせよ、あいつらは陣を引くだろう。さて、どの位の雑兵がこっちに逃げて来るかな」
この少し前、前線から逃げ出したカマタは、遠くから多数の銃がほぼ同時に撃たれた轟音を聞いて、「始まった」と呟いた。そして早々に前線から離れた自分の判断を褒めたが、その時には300mほど離れた大木の枝に登った狙撃兵が主君をスコープに捕らえていた。
狙撃兵は、基本的に頭でなく胴を狙うように命じられている。的の大きい胴体であれば、的を外す可能性は少ない。さらにこの世界の未熟な医学では、胴に当たった口径8㎜のライフル弾による傷を感知させることは殆ど不可能である。むしろ生きていればこそ、運び治療するという手間を掛けさせることが出来る。
300mの距離からの銃声は他の銃声にまぎれてカマタに意識されることはなく、いきなり主君が「うう!」と呻いて倒れ伏す。側近の者が慌てて抱き起すと、腹から血が吹き出す。ライフル弾はわき腹を貫通したのだ。
カマタが主君の傍に駆け寄って、その様子を見ていたところ、胸に大きな衝撃があり一気に意識がなくなった。弾は心臓に当たり、即死であった。彼はその服装から上級武士とみられ、狙撃対象に選ばれたのだ。結局彼の前線から遠ざかった行為は無駄になったことになる。
カジオウの乗る櫓の上では、そのような会話が交わされる一方で、その櫓の狙撃兵を含めて、櫓から相手陣の武士達が次々に狙撃されていく。実のところ櫓の狙撃兵の他にも、10人ほどの狙撃班が相手陣の近くの藪の中や樹木に登って狙撃を行っている。先ほどの報告は、敵の大将を狙った2人の班からの報告である。
彼らが見ている中で、走ってきた敵であった丸腰の兵達はシマズ側の兵に誘導されて、用意されていた広場に入れられ座り込む。服装、装備もばらばらで何日もの行軍をしてきた彼らは薄汚いが、多分近くに行った世話役の兵にはひどく臭うだろう。
「若、結局、迫撃砲は使う必要はありませんでしたな」
逃げてきた兵を見ながら、シキマがカジオウに言う。
「ああ、あれは使いどころが難しかったからな。敵兵の中に撃つと、こっちに逃げてこなくなる可能性が高かったし、火薬を使う量が多いので、まだその生産量が少ない現状では余り使いたくはなかった。
まあ、いずれにせよ、逃げてきた雑兵はいずれ我が領になる地の領民だから出来るだけ殺したり、不具にしたくなかったから、まともな戦にならないでよかったよ」
「うーむ、若。正直に言うと、わしは今回の戦には大いに不満がありますな。例えば、先にこちらに駆けてきて名乗りを挙げた若武者は、中々のものであったと思います。幼き頃より徹底的に鍛えた結果があの武者振りですな。
ところが、あの若者もわが軍の狙撃銃にかかれば、わずか数か月の狙撃訓練を受けた者に簡単に撃ち倒されます。そのように我々の軍が今やっていることは、武士として誇りも誉もないものです。わしは武人として内心忸怩たる気持ちが抑えきれないのでござる」
「うん。心情的には俺もシキマの言うことに同感だ。しかし、オヤジはそうではないがな。味方が被害なく、物資も余り使わず効率よく敵を倒せるなら、それは結構なことだと言っているぞ。で、こうした狙撃銃などをもたらし、俺に知恵を付けて今回の作戦を実行させたマサキはこう言ったよ。
『武士の誇りか、誉か知らんがそれは他の犠牲によっての自己満足』ってな。『武士の誉れというのは、鍛え上げた技を生かして戦場で主として雑兵をばったばったと倒し自己満足にふけることだ。そりゃあ畑を耕している連中は武芸を磨いている連中には敵わんよ。しかし、その人たちが居ないと自分らも飯が食えん。自分らの生活を支えているのは、そのような無名の多くの人々なんだ』
そう言われると確かにそうなんだ。あいつはこうも言ったよ。
『大体自分を守ることは必要だけど、人を殺すための技術を、長い時間をかけて磨くことが尊いことだとは思わん』とね。そして、結論として『どうしても必要なら銃のようにもっと効率のよい武器を使って、短い時間で訓練して空いた時間をもっと有意義なことに費やすべきだ』とね。
とは言え、『戦争の技術というのは、銃を撃つなどの単純なことでなく、戦術・戦略もあって複雑なものであるから、専門の軍人という存在は必要になる』ということらしい」
真面目な性格のシキマは、カジオウのこの言葉に考え込んだ。