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錬金術で進める国作り  作者: 黄昏人
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シマズ領、敵対領に囲まれること、マサキの貢献

読んで頂いてありがとうございます。

すみません、多忙のため遅くなりました。

 カジオウは、15歳を機にシマズ家の評定に出席するようになった。評定は、領主のアマオウ以下、シマズ家の評定衆と呼ばれる15人の幹部が2週間に一度集まって種々の問題を話し合うものである。カジオウが出席を許されるようになったのは、マサキがカジオウの元に仕えるようになって1年後のことであり、すでにマサキがいくつかの大きな成果を上げ始めた頃であった。


 評定衆は、25万民の大領と言うに足るシマズ領の、6か所の城の城主と何人かの侍頭に加え、本部であるシマズの城の侍頭に財務、外交、諜報、内政等の責任者であるから、実務を担う者達である。評定は“評定の間”という15畳ほどの部屋に、幅が2mで長さが8mほどもある大きな机を囲んで椅子に座って行う。


 領主のアマオウは机の長い方の中央に座っている。アマオウがまず声をかける。

「皆のもの、今日の評定は定例を待ってはおられんので、急遽開かせてもらった。これは、近隣の領が戦の準備をしていることがはっきりしたためじゃ。諜報のヨシダ、この件について報告せよ」


 ヨシダ・ゲンゴは諜報方として、先代のヨシキの跡を継いだ切れ者で、50人に及ぶ諜報隊員を指揮している。彼は30歳代の後半で、短髪の頭頂が光を放っているが眼光鋭い浅黒い顔で引き締まった細マッチョである。指揮下の隊員には、半年前からマサキが作った無線機が与えられている。


 お陰で、情報も早さと精度が大いに上がったことをアマオウは実感しているが、評定衆は結果的に集まった情報の早さと量に頭がついていっていない。今日の評定は、通常の2週に一度の評定では到底日々変化する情勢についていかないということで、臨時でアマオウが収集したものである。

 ちなみに、6か所のシマズ家の出先の陣地である各城には無線機が備えられており、領のほぼ中央にあるシマズ城下まで最大で50㎞であるため、馬を駆けさせればその日に評定は行える。


 主君の言葉に応じて、端の方に座っていたヨシダが中央に進み出て、持っていた大きな紙を広げる。それは評定衆なら良く知っているシマズ領を中心とした地図である。だが、それはあくまで見取りで描かれたもので、周辺を含めた領の境界とシマズ領内の中の各配下の領の境、ムロ池や川が描かれた簡単なものある。


挿絵(By みてみん)


 評定衆にとっては見慣れたものであるが、シマズ領では基本的に周辺の領がからむ話をするときにはこうした絵地図が使われている。ヨシダはそれを広げて、評定衆を見回し報告を始める。


「まず、この隣のウミベ領は殿の妹御であるアヤ様が嫁いでいうこともあり、同盟は揺らいでおりません。

 しかし、ウミベに隣接するカワベ加えて、西のヤマシタ、ムラソコ、ナカノ、キシベ、さらに東のミゾベ、ヤマナ、アシダ、サキタ、カイベは全て敵と言う状態にあります。

 我が兵力は、シマズに味方するウミベを入れても領民は33万民であり、対して先ほど挙げた敵に相当する領の民の数を加えれば90万民を優に超えます。


 そして、西のキシベを除くカワベにヤマシタ、ムラソコ、ナカノの4家、東のミゾベ、ヤマナ、アシダの3家が3月ほど前から盛んに行き来をしているのが確かめられています。中心になっているのが、西のカワベと東のミゾベですが、全体として中心になっているのはミゾベです。

 なにしろ、東と西が行き来をするにも、陸を通るには我が領を通る必要があります。我が領では、普通の行き来を止めてはいませんが、軍議に参加する武将が通るのは目立ちますので、その点はそれなりの水軍を持つミゾベが活躍しています」


 一旦言葉を切ったヨシダに続けてアマオウが言う。

「うむ、ミゾベか。前領主のロクスケはわがシマズが仕留めたからの、領主のイチロウは恨んでいるわけだ。しかし、戦場の生死は武家の習い、馬鹿な奴だ」


 それに対して世継ぎのカジオウが口を挟む。

「とは言え、父上。単独で突っかかってくるなら只の馬鹿ですが、6つもの領を巻き込んだのは馬鹿とは言えませんぞ。普通に考えれば十分な戦力を揃えられるでしょうから」


「ふむ。まあ、どのようにミゾベ・イチロウとその同盟相手が備えているかヨシダに話をさせよう」


「は!まず東から15万民のミゾベが7千、8万民のアヤナが4千、16万民のアシダが6千で合計1万7千兵を揃えております。西は17万民のカワベが6千、8万民のヤマシタが3千、10万民のナカノが4千、12万民のムラソコが5千で合計1万8千兵です。ですから両方合わせると3万5千です」


「なんと3万5千!」

 評定衆から唸り声が漏れるが、すでに知っていたアマオウが動じた風もなく尋ねる。


「ふむ。総動員数の半分程度だの。ただ、主戦力たる各家の家臣どもは合計しても精々1万にもならん。であれば残りは百姓兵ということだの」


「はい、仰る通りで、戦に出る各家の家臣は1万に満たないものと考えます。彼らは、連合したことによって大きくわがシマズ家の勢力をしのいでいるため、シマズ掃討軍と名のるつもりのようです。そして、豊かな我が領からの略奪を約束して、家来どもと百姓兵共を大いに煽っておるようです」


 ヨシダのその言葉に出席者から怒りの声があがり、正面に座ったアマオウの四角張った顔の額に青筋が立った。改めて聞いても怒りを抑えられなかったのだ。彼はそのぎょろ目を吊り上げ、絞り出すような声で叫んだ。

「ふむ、面白い。そう思う通りにいくものか!甘いことを考えておる連中に地獄を見せてやろうぞ!」


「「「「おお!」」」」評定衆が呼応して、室内が揺れた。


 冷静を心がけているカジオウは、ヨシダの言ったことは父と共にすでに聞いていたが、評定衆の激怒と叫びに思わず同調していた。そこに、沈着な筆頭家老である白髪のナカムラが口を挟む。


「殿、この戦は我が領と、その25万の領民の興廃がかかっており、負けてはならないものです。わが領の場合は、常雇いの兵のみですが数は1万5千です。この際は、屈強な百姓兵をせめて1万ほども動員してはいかがでしょう?彼らも、自分たちの家族と財産を守るために必死で働くと存じますが」


「うむ、ナカムラの言うこともわかる。確かに百姓どもは自分達を守るためにも、動員に応じる者も多いであろう。しかし、知っての通り我が領の戦は、このカジオウとその配下のマサキの働きで大きく変ってきている。

 なに、3万5千というが、そのうちの2万5千以上は只の百姓、烏合の衆だ。すでに我らは十分に調べ、予行も十分に行っている。何よりの頼りは、敵の動きをいち早く正確に知ることのできるヨシダの配下と通信機の働きじゃ。我々はわが鍛えられた1万5千で敵をふりまわし、蹴散らせてやろうぞ、のう皆の衆!」


「「「「「おお!」」」」」皆が声を合わせて叫ぶなか、カジオウが声を張り上げる。


「このシマズ家に攻め入るものは、地獄をみることになる。皆十分に働いて侵略者を蹴散らすぞ!」


「「「「「「おお、侵略者どもを蹴散らすぞ!」」」」」」再度大きな叫びがあがる。


 結局、ミゾベの必死の努力があっても、多数の領が呼吸を合わせて侵略にかかるには、さらに2ヵ月の時間がかかった。それは広く北ワ国に知れわたり、商人、農民区別なく知っている話になってしまった。もともと7家が集まっての戦の秘密を保つのは無理な話ではあるが、その努力もきちんとした様子はない。


 逆にその話を聞いて、シマズ家の領民である商人からは軍資金のとしても献金の話があり、農民・漁民などからは軍役を申し出された。これは、シマズ家の領民は自分たちの領が周辺に比べて比較的豊かであり、カジオウが始めた諸施策で今後大きく豊かになることが出来ると考えるようになったが故である。


 シマズ家は献金を有難く受け入れたが、当初の方針の通りに『絶対に領と領民を守りぬく』断言して軍役は断った。しかし、熱心に戦に参加することを説くものに対しては常備軍への入隊を認めた。そして、2ヵ月の時間を利用して同盟を結んだ7家の領民に調略をかけた。


 それは、一つには厭戦気分を醸成するために、シマズ領で進んでいる開発計画の実情とその見込みを紙に書いて用意して密かに各村に配った。ちなみに、この頃にはシマズ家では、高価かつ希少である粘着性のある木材の皮を使ったワ紙の生産効率を大幅に上げている。


 ただ紙の用途を大幅に広げることを考えていたマサキは、資源量に限りのある原木を考慮して、錬金術でパルプからの紙である錬紙の生産を始めていた。まもなく、高級品としてのワ紙は特殊な用途に限り、錬紙は大幅に安くなる予定である。


 無論、この時期、学校の設立を始めていたシマズ家でさえ、農民で字が読めるものは精々15%たらず、周辺の領では10%に満たない。しかし、人々は字を読める者から文書の内容を聞くことは普通であるので、その内容は一般の人々に急速に広まった。その文の中で、シマズ家は必ず侵略を跳ね返すこと、その後侵略してきた領の領民を自領の民として受け入れるとつけ加えている。


 その紙はいくつかの領の支配者の手に渡ったが、結果として余計に中身は早く知れ渡っていった。そして、その内容に領の支配者たる領主とその家臣は怒り狂ったが、農民のみならず領民からの厭戦気分を吹き払うことは叶わなかった。

 さらに、戦に動員される農民のみならず家臣にも『むしろシマズ家に支配下に入ったほうが良いのでは』と密かに言う者も出てきている。要は侵略軍の戦意は大いに下がった訳である。


      ―*-*-*-*-*-*-


 カジオウは、ウミベ領のムロ池に近い平地に陣を張っている。率いる兵は8千であり、全てが常備兵である。また、最近2ヵ月で入隊の希望が殺到したので、その中から厳選した4千名を兵として採用したので、現在はシマズ家の正規軍は1万9千人の規模となっている。


 そのうち3千は領内の警備に残し、カジオウがその半分を率いているのだ。元々、ムロ池周辺が2万に近い大軍を展開するには地形的に有利なので戦場として予想はされていた。結果的に、この軍を密かに追っている諜報方の連絡で予想通りであることがはっきりしたわけだ。


 カジオウの率いる軍にとっては、倍に近い大軍と戦うことになるが、十分に準備をしてきたという確信のある彼には大きな不安はない。そしてカジオウにとっては、この戦いは初陣ではないが、これほどの大軍を率いたのは初めてになるため、48歳の歴戦の戦上手として知られているシキマ・マサムネが軍監として付けられている。


 シマズの陣は、それぞれ20mほどの間隔を置いて10か所に、高さ4mで、4m四方の高さ1.2mの防壁を持った台を乗せた櫓を組んでいる。各々の櫓は鉄パイプと鋼板製の組み立て式で、慣れた工兵によればものの1時間もあれば組み立ててしまう。ここに最大8人が籠ることになっている。


 これは野戦櫓と名付けられたもので、マサキの提案によるものであるが、採用した新兵器の運用のためには、見晴らしの効く高所が有利であるために考えたものだ。西方で陣を張ってミゾベ領等に対峙する父のアマオウは、陣を張る位置が地峡であるため、両側の高所に適当な陣を構えられるので、使っている数は少ない。


 カジオウはその一つに、軍監のシキマと3人の伝令、4人の護衛と共に座を占めている。遠くまで見渡せる彼らからは、遠方にうねうねと虫が動くように軍勢が近づいて来るのが見える。それから、1時間ほど経ってようやく軍の全容が目に入った。それまで双眼鏡を覗いていたシキマが、落ち着いて口を開く。


「カジオウ様、来ましたな。情報通り、2万には届かないようですが、1万5千以上はいますな。騎馬兵が1千ですから、中々のものです。騎馬を除くと軍装をまともに整えているのは2千ほどですから、残りは百姓兵とそれに毛の生えた程度の連中です。行軍もばらばらで見た限りでは戦意は高いようには見えませんな」


 シマズにも10台しかない10倍の双眼鏡から得た情報をシキマが言うが、双眼鏡もマサキがシマズに来る前に作り始めていたものだ。そしてシキマが言葉を続ける。

「お!5kmの距離標を超えました!到着まであと1時間というところですな」

 シマズでは5㎞以降1㎞毎、1㎞以内は100m毎に目立つ距離票を設置して、味方に敵までの距離が判るようにしている。


 カジオウは口の中が乾くのを覚えた。これまで彼が参加した戦は、不利になった方が逃げるというような小競り合いであり、決戦ではなかった。対して、今回の戦は自分の領とその民の運命のかかった決戦であり、その上に敵の数は味方が当初の予定より増えたものの、少なくとも2倍以上である。


 彼は、自分の乗った野戦櫓の前に寛いで座っている自分の軍を見下ろした。彼らは、揃いのズボンとポケットの多い上着からなる軍服とヘルメット、さらに防刃チョッキを装備されている。武器は刃渡り60㎝の刀と、長さが3.5mに達する槍であるが、2年以内には小銃と手榴弾が装備されることになっている。


 騎馬兵もいるが、彼らは、今日は戦力予備ということで後方に1千騎が控えている。シマズの目論見では、基本的にこれらの兵は、敵に標的を与えるために配置されただけの軍である。とは言え無論、常備兵としての訓練を受けて長槍をもった彼らは、突進してくる倍の烏合の衆を跳ね返すだけの戦力はある。


 騎馬については、軍同士の衝突が起きる場合には、同数の敵の騎馬兵に負けることはないだろう。そして主役は、野戦櫓に新兵器と共に配置された兵達であるはずで、そもそも5ヵ月以上の集中的な訓練を受けた彼らが、計画通り機能すれば軍の衝突そのものが起きないだろう。


 やがて、敵の接近を認識した眼下では、指揮官の指示で兵たちが服装と装備を整え始め、野戦櫓でも慌ただしい動きが始まる。その中を敵軍は徐々に近づいており、もはや地上の兵達も敵を視認することができるようになった。地上の兵は自分達の前に木で作った馬を並べる。これは高さ1.5mほどの尖った先を外に向けた3角に組んだもので、主として騎馬が近づくのを妨げる。


 うねうねと近づく敵軍の先頭が500mの表示を超えた時、1騎の騎馬が駆けだして、柵の70mほどの距離まで近づいてきた。そして馬上の将がよく通る声で叫ぶ。


「シマズの者共に告げる。我はシマズ掃討軍のカマタ・シンザブロウじゃ。我が掃討軍の前に貴殿らが滅ぶ運命は定まった。ここで降伏するならばお前らと領民の命だけは助けてやろう。逆らうならば一族同党皆殺しじゃ!どうじゃ。降伏するか?」


 カジオウまではっきり内容が聞こえるので大した声だ。地上の兵を指揮する、マガキが櫓の上のカジオウを振りかえるので、カジオウは手を挙げる。その動きを見たマガキが打ち合わせたように叫ぶ。


「こ、と、わ、る!殺されるのはお前らだ。我らは最初に将を狙って殺す。そして逃げる者は追わん。怖いものは逃げよ!カマタよ、すぐに逃げんと殺すぞ!とっとと逃げよ」


 その声に、カマタは虚勢を張ってとどまろうとしたが、カジオウが同じ櫓の狙撃兵に命じる

「よし、マセ。あいつの顔の横を狙って撃て。当てるなよ」


 カジオウの指示を受けた狙撃兵が、専用の椅子に座って狙撃銃を構え数秒で狙いをつけて撃つ。100m足らずの狙撃に失敗するわけはない。『バン!』という銃声と共に打ち出された銃弾は、カマタの顔の横をすり抜ける。


 カマタは、ブンと顔の横を擦過したそれが何かは理解ができなかったものの、何か凶暴なものが自分の顔の横をすり抜けたのは判った。彼は未知への恐怖の余り、反射的に馬の首を巡らして全速力で自分の陣に逃げだした。


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