北ワ大島、南テンチ領の攻防2
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ヒジカタ達の乗った砲艦は、港の木製の桟橋から200mほど沖に遊弋している。沖に停泊していた異国船のうち6隻は大きく傾いて大部分が沈没して、甲板部分は一部浮かび、傾いたマストが水上に突き出している。木造船である以上は、完全に水没することはないのだ。
4隻は傾いて浮いているが、上部構造は殆ど残骸であり、2隻は炎を上げて燃えて、他の2隻もくすぶっている。つまり、10隻の異国船はすでに戦闘能力は全くない。地元民には無敵に見えた10隻の艦を破壊した、シマズの2隻の戦艦は異国船に並ぶ位置まで岸に近づいて、その横腹を見せている。
だから、この2隻の戦艦の大口径砲は岸を向いている訳である。一方で、その周辺には5隻の砲艦が動き回って、異国船から逃れて人を満載して岸に向かった30艘を超えるボートに対処している。このボートに乗った者たちの多くは当然銃を持っていてるので、そのまま岸につける訳にはいかないのだ。
実際にボートからは、砲艦に対して銃撃があるが、砲艦は防盾が施されていて、火縄銃の射撃程度ではなんともない一方で、防盾に守られた方砲手がボートを破壊していく。ボート以外にも、海に飛び込んだ異国船の乗員が数十人泳いでいるが、彼らは何らかの浮きを持って自分で岸を目指している。
泳ぐもの達を砲艦は見逃しているので、10隻以上のボートが砲撃で破壊されたところで、ボートから海に飛び込んで泳ぐ者達が多くなった。砲艦の大砲は小口径の低初速のもので威力は小さいが、ボートが砲撃を受ければ、数人は死ぬか傷つくのだ。シマズとしては侵略者である異国の者達の命を守る義理はないが、積極的に殺そうとは思っていない。
そのように、船にいた異国人が脅威でなくなった段階で、戦艦に劣らない大きな船体の輸送船3隻が戦艦より岸近くまで進んできて、横腹から各々5隻の小舟を吐き出し始めた。その小舟には2人の乗員と、銃を持った20人が乗り組んでいる。
そして、その小舟が寄ってきて順次ヒジカタの一行を拾いあげて岸に向かっていく。ヒジカタが小型船に乗ったのは4人の南テンチ領の者の3人目であり、彼は乗員に誘導されて、最後尾に座っている年かさの将校らしき人物の前に導かれる。
その船には、乗り組んでいる兵は10人足らずで、その将校らしき人物の周りを副官のような兵が乗り巻いている。目の前の人物が上陸部隊の指揮官なのだろう。周りの者の一人が丸く小さな明かりがいくつもついている箱を横においており、そこから何やら声が聞こえる。携行型の無線機である。
さらには、兵がそれに向かってしゃべっている。
「こちら指揮所、その拾い上げた者は…………」
それにヒジカタが気を取られていると、指揮官が口を開いてヒジカタに呼び掛ける。
「ようこそ、ヒジカタ奉行殿、私は上陸部隊の指揮官のヒラタ陸将です。座ったままで失礼します。立ったものが多いと船が不安定になりますからな。どうそここにお座りください」
船に乗ったヒジカタに座ったままで軽く敬礼したヒラタは、軍服の上に鉄の胴丸と肩や腕、下半身の上部を覆う鉄で補強した装備をつけており他の兵とは大分違っている。彼が討たれるということは、負けを意味するのだから、それは当然であるとヒジカタは思った。さらに胸と襟に星のついた階級章がついており、兵と同様に被ったヘルメット型の鉄兜の印も他の兵と異なる。
「おお、失礼した。ヒジカタ軍事奉行です。ご支援に感謝します。では失礼します」
ヒジカタは座った男の前で敬礼して、示された席に座る。彼の服装は野袴に羽織であり、頭には陣笠を被っている。
「ヒジカタ様、先行した兵達が港に橋頭保を作りますので、貴方は私と一緒にそこに詰めて頂きます」
「はい、有難うございます、ヒラタ陸将殿。しかし、今回のシマズの陸兵は1200人と聞いております。陸将殿が出向くような件ではないと思っておりましたが……」
「いや、異国が我らのワ国に攻め入って来たのは初めてです。国王陛下も今回の件は大変重視されておられます。それに今回は、海軍も動員しておりますので、私が総指揮官という意味合いもあるのです」
そこに脇にいた士官が割り込んで報告する。
「陸将閣下、どうやら浮いている者の中に大陸の言葉をしゃべる者がいたようで、拾い上げたようです」
その声に、ヒラタはにっこりする。
「おお、そうか。さて異国人の陸におる者がどう出るかな?」それから、ヒジカタを見て改めて説明する。
「これは失礼。今回問題であったのは、異国人の言葉が判らないということです。この点は御存じですね?」
「は、はあ。そう聞いています。彼らは全く分からん言葉を使うとか。だから、交渉も何も出来んのです。ただ、ときおりテビラにも来る大陸の商人の使う言葉をしゃべる者がいるようですな。
テビラでの彼ら大陸からの商人との交渉は、商人にワ国語をしゃべる者がいるのと、少数ですがテビラの商人に大陸語を使える者がいるのでなんとかなっております。
今回先に上陸させて頂いてササが、彼はテビラの役人だった者ですから大陸語を使えます。たぶん、異国人の捕虜になった商人にもその言葉が出来る者がいるはずです」
「なるほど、それは有難い。わが海軍でも大陸語を学ばせていますので、今回の上陸隊にも20名ほどは判る者がおります」
「なるほど、その大陸語が判る異国人を拾い上げたということですね。では、彼らに聞いて陸におる連中の状況が判る訳ですな?」
「ええ、それも大事ですが、それ以上にそのものを送り出して、陸にいる連中を降伏させようと思っています。彼らを撃ち滅ぼすのは難しくなないのですが、彼らは民を人質にとっている訳でしょう?」
「そうです。判っている限りでも2百人ほどで、ほとんどが若い女のようです」
彼女らの運命を思って、ヒジカタは苦々しく言った。
「だから、彼らに交渉の場に出て来るようにその言葉が判る者に言わせるのです。無論通訳もさせますが。まあ、上陸した中にも通訳はいるはずですが」
「しかし、交渉と言われますが、好き放題をした彼らを何も罰せずに解き放つわけにはいきませぬ。自分らが罰せられるのを判っていて、彼らが話を聞きますかね?」
「ええ、我々も彼らには罰が必要というのは判ります。しかし、船が無くなった以上、彼らに帰る術は無くなったうえに、鉄砲の弾など補給の手段もありません。交渉には出て来るでしょうよ」
「うむ、まあ交渉はよろしいですが、どういう条件にされるつもりですか?」
「まあ、条件次第では帰してやるつもりです。いずれにせよ、わがシマズも彼らの母国に行くつもりですからね。ただ、ここで殺人、略奪、強姦など非道な行為を働いたものはそれなりに裁いてその罪を償わします。しかし、交渉の前にひと当てして、どうあっても我らに敵わないということを思い知らせる必要があります」
「なるほど、交渉はその後ということですね?」
「はい。素直に負けを認めてくれると良いのですが………。捕らわれている民から出来るだけ犠牲を出したくないのですがね。街の建物も壊したくはないですし」
「はあ、それは有難いことです。しかし、若い女が敵兵に捕らえられているということだと、助け出されても彼女らには辛いことになります。戦場の常ではありますが……」
「その場合はシマズが引き受けますよ。我がシマズには多くの若者が働きに来ており、彼女らが望むならシマズに連れて行きます。それは決して街娼としてなどでなく、普通に働いてもらって、住居は用意しますし給金もちゃんと出します」
「ううむ、それも可哀そうではありますが、良い方法かもしれませんな」
2人が、そのような少し重い議論をしている内に岸が近づいてくる。その間に、敵の上陸部隊も手をこまねいている訳でなく、港の護岸上に土嚢を積んで陣地を作ろうとしている。しかし、それに砲艦が近づき次々に大砲を撃ちかける。銃であれば土嚢は十分有効であるが、径75㎜の低初速の大砲と言え、炸裂弾は土嚢を引き裂いて後ろに隠れようとする敵兵をせん滅する。
敵兵は10人ほどの死体を残して、負傷した兵を引きずって逃げていく。シマズ兵が目指している桟橋からは、敵兵が籠っている建物まで100mほどであり、その間には敵兵はいないが、敵兵までの距離は火縄銃といえど狙いは付けられないとしても十分届く距離である。
「あれは何の建物ですか?」
敵兵の籠る建物を指してのヒラタの問いにヒジカタが応える。
「交易のための上陸する者の検査と取引を管理する建物で、領の持ち物です。敵が籠っているのは困りますな。この際は破壊してもやむをえません」
「分かりました。では遠慮なく、戦艦の砲撃で片付けましょう」
「お、おお。戦艦の砲撃で。あの大船ですら楽々破壊する砲撃であれば、なるほど」
そう言う間にも、ヒラタが無線を持っている部下に戦艦への砲撃を要請させている。ヒラタの視線を追って、ヒジカタも沖の戦艦を見ていると、前部砲塔の4門から白い煙がバっと吹き出し赤い火矢が走る。
瞬間後上空を弾が走りぬけ、正面に見える大きな建物が火柱と共にばらばらに破壊される。その中には吹き飛ばされた人体も交じっている。
先にその建物の中での砲弾の爆発音が聞こえ、沖からの弾の発射の砲声が殆ど重なって聞こえる。一瞬後には幅が50mほどもあった3階建ての建物は、ぺしゃんこになっており、何人の兵が籠っていたのか知らないが、殆ど全滅しただろう。とは言え、10人ほどであるが、逃げていく兵が見える。
その状態になって初めて、シマズの上陸用舟艇が桟橋に着き、兵が続々と上陸して、貨物を積んだ舟艇から資材を持ちだして、10m四方程度の鋼製の陣地を作り上げる。彼らはようやく岸にたどり着いた敵兵を次々に拘束しているが、その間に100人ほどの兵が前進して、見え隠れする敵兵を追い払う。
なにしろ、狙撃銃を持たせ、射撃術の達者を揃えたこの隊の射程は、200mが必中距離であるため、敵は全く寄り付けない。敵の持つ火縄銃が届く距離は200m強であるが、200mでは威力がほとんどない。だから、シマズ兵によるこれらの作業は余裕を持って行っている。加えて、鋼製の陣地の周辺には土嚢を積み上げて500人ほどの兵が籠れる陣地を構築している。
上陸用舟艇は貨物艦と桟橋を往復して、兵と資材を運びあげる。日が傾く頃には1200人の陸戦隊が上陸して陣地が出来上がっていた。その間に、前進した隊は次々に敵を籠った建物から追い払っており、すでに半径300mほどの範囲の建物からは敵を一掃していた。
そして、その間に50人ほどの捕らえられていた男女を助け出していたが、そのうち女性が大部分であった。その人々を連れてきたニシナ2尉が、ヒラタ陸将に報告しているのをヒジカタも聞いている。
「………、そのようにして、順次建物を解放して行きましたが、どうしても敵の射程に入ることが多く、残念ながら戦死12名、重症者15名を出しております」
沈んだ声で言うニシナにヒラタが応じる。
「うーむ。この点が市街地の戦のいやらしいところだな。しかし、やむを得ない仕儀ではあった。ごくろう。して民を助け出してきたのだな?」
「はい、彼らは鍵のかかった部屋に閉じ込められていました。敵は特に人質にとることもしませんでしたからその点は楽でした。全部で51人、うち男が5人、女が46人です」
ニシナが指すように、兵に囲まれてばらばらに立っている男女であるが、女性は若い者が多く、老女は見られないが、男はむしろ中年以上のようだ。女は薄着ではあるが、それなりに金のかかった着物であり、汚れてはいないが、髪は乱れており顔のあちこちにあざがある者が多い。
そして、女性は殆どが俯いており、顔を挙げているものも目はうつろであるところを見ると、彼女らの経てきた経験が窺える。一方で、男たちは服はきちんとしたものだったが、激しい暴行を受けたようで、土やほこりにまみれ顔はあざだらけであった。
「ああ、ヒジカタ様!」
男の一人である中年の者がヒジカタを見て叫びを挙げた。
「おお、カザミ屋、お主も捕まっていたのか?しかし助け出されたのはよかったの」
ヒジカタが呼びかけに応じて、ヒラタなどシマズの将兵に説明する。
「この者は、カザミ屋と申しまして、このテビラを根城に手広く交易を手掛けているものです」
このカザミ屋は、店の者や家族を逃がしている間に逃げそこねて、異国人に捕まっていたものだ。彼は大陸語も出来るので、それなりに重宝がられて使われてきたため、それほどひどい扱いは受けていないようだ。
それでも、何かと殴られ蹴られといったことはしょっちゅうであったそうな。捕虜の男は多かれ少なかれ大陸語が出来る者であるそうだ。女たちは想像の通り、凌辱のために閉じ込められており、服は一帯から集めたものを与えられ、水浴びはさせられていたので清潔ではあった。彼女らの中には耐えられず自殺した者も多いそうで、かなりの者が精神に異常を来たしていると言う。
また、異国人の上陸後、女と少数の男は捕らえられたが、手当たり次第に男と老女は殺されたということで、後で埋めさせられた時数えた限りでは、1,100人ほどあったという。その意味では、子供は的にせず逃がすなど、皆殺しにする意図はなかった模様で、恐怖を植え付けるための行為であったとカザミ屋は言う。
捉えられている者達は、今回解放された者の他に150人ほどで、その建物も判っていると言う。また、敵兵は銃を持って侵攻の時に使ったが、火縄銃であることは間違いないようだ。ただ、占領後には、普段は短い刀を持って出歩いており、それで気に入らない時には人々に切りつけたりしている。
それに重要な情報として、敵兵の数は1500人ほどであり、大砲のようなものは持っていない模様である。ただ、握りこぶし程度の筒を持っており、それを人々を脅すために破裂して見せたとのことだ。
「ふむ、敵は1500か。捕虜を200人と言うことは、まあ面倒見切れる限界としてはそんなものだな。今のところ、殺したのは200名余りだから、大部分残っておることになる。まあ、こっちに敵わんことは判ったであろう。では、向うに使者をたてるかな。ニシナ2尉、貴官の捕まえた捕虜は何人ほどじゃ?」
「は、こちらも積極的に捕虜は考えていませんでしたので、気絶していた者を捕らえたのみでそれが、5人おり、2人は歩けます」
「よし、カザミ屋。我々は先ほど海から拾い上げた通訳の者と、捕らえた敵兵の内の1人を合わせて2人を敵に陣に帰して、降伏するように要求するつもりじゃ。異国の敵兵と船乗りを合わせて捕虜は140人を超えておるので、使者の兵は選び放題じゃ。お前の見た所では、異国兵はそれに応じるかの?」
「ううむ。彼らは我らのことは、獣のごとく思っている様子です。殴るにも蹴るにも反抗的な家畜に対するごとくです。そこに、まだ見ぬ相手から船を破壊され、ざんざんに追い散らされて、まあ我らとは違う自分達と同等の相手と思い交渉に乗ってくる可能性はありますな。どういう口上にするかにもよりますが」
「まあ、降伏しない場合は捕虜も含めて皆殺しだな。それも、縛りつけて、このひどい目に遭ったテビラの人々が石を投げるなど好きにさせるようにするよ。降伏すれば、裁判にかけて質の悪い奴は絞首刑、その他は強制労働だが、ちゃんと食わせて衣服も与える。それと、いずれわが海軍は彼らの国に行くのでその際は帰してやる」
「う、うむ。そうであれば、応じるかも知れんですな」
その後、十分言い含められた将校である兵士と大陸語の通訳の2人が、交渉などに使うと言う黄色の旗を掲げて敵陣に向かった。




