北ワ大島南テンチ領の攻防
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ヒジカタ一行は、小舟のなかで煙を吐きながら近づいてくる船団を驚きをもって見ていた。先頭の2隻の船は、見慣れた程度の大きさであるが、違っているのは帆がなく、船体の中央に立っている筒から煙を吐いているところだ。そして、その後ろから航走してくる2隻の船が驚きの対象であり、正面から見ているため最も小さく見える角度から近づくにもかかわらず、その巨大さがわかる。
それは舷側までの高さが、先頭の船の3倍以上あり、幅が港でよく見かける大型商船の長さほどもある。さらに、先頭の小型船も一緒であるが、船体が艶のある灰色に塗られており、鉄で出来た船と言われているのが納得できる肌である。それらの船には人が見えており、それとの対比で船の大きさが良く解る。
それらの船が見え始めた所で、ヒジカタは連れてきた部下の一人のナカイに命じて用意してきた旗を掲げさせた。南テンチ領の旗を掲げるのが、出迎えの船に要求された目印であり、それを掲げると、先頭の船からも旗が掲げられ合図として振られた。
「それにしてもヒジカタ様、戦艦と呼ばれているあの船は大きゅうございますな」
ナカイが話しかけてきたのに、同感であったヒジカタは答えた。
「誠に大きい。それに、本当に帆が無くて走っておるな。まあ、儂はシマズに行ったときに“機関”で動くという船を見かけておるし、最近は我が領の商船がその種のシマズの船を見かけたという話を聞いておるが、近づいて来るすべての船がそうじゃな」
「その機関で動く船でございますが、それらの船は帆で走る船より早いのでしょうか?」
「うむ、聞いたところでは、普通の帆船が一番風の条件の良い時よりもさらに2倍以上の早さで進めるらしい。それに風の有無にかかわらず走れるし、風に逆らっても走れるから、条件にもよるが、何倍もの速さになるだろうな。特に戦に使う場合には決まった時間に目的地に到着できることが大きい」
「それと、ヒジカタ様。あの船は筒から煙を吐いていますが、あれが“機関”とやらを動かすのに必要なのでしょうか?それと、あれらの船には小さな筒も見えますが、あれが大砲というものでしょうか?」
今度は、別の案内役で連れてきた若者であるミサキが聞く。
「ああ、あの煙を吐いているのが煙突というもので、石炭という燃える石を燃やして機関を動かしているので、その石炭を焚いた煙らしい。小さい筒は大砲だな。先頭の小さい船には船の横にいくつか並べているが、あの戦艦には鉄の箱から突き出しておるな。多分あの箱が回転するのだろうな」
ヒジカタの答えにナカイが再度聞く。
「あれは強力でしょうね。この距離だとちっぽけに見えますが、人と比べるとかなり大きいですからね。あの異国船などあの大砲から撃ち出した弾が当たれば……。異国船も板張りですからね」
「うむ。確かに。ただ射程と言うが、どれだけの距離から正確に当てられるかだな。異国船も炸裂する弾を撃つので、同じくらいの距離で撃ち合えばシマズの戦艦も被害がでるだろうが。しかし鉄製の船だとどうなるか。実際に撃ちあうところを見ないと分からんな」
ヒジカタが言ううちに、先頭の船が乗った人の顔がはっきり見える距離まで近づき減速する。それは長さ20m、幅が4m余りの、甲板まで高さが1.5mほどの船で、前部寄りに前面にガラスの嵌まった操縦船室、また大体船体の真ん中あたりに煙突が立って煙を吐いている。
舷側には、片側に3基ずつ大砲が備えられており、甲板には8人の制服を来た兵が立って、ヒジカタ達が乗った小舟を見ている。南テンチ領の者には判らないが、このスイト型小型砲艦は熱電気モーター式のスクリュー駆動でありその反転も出来るので、小舟にぴたりと横づけした。
「やあ、ご苦労様です。私はこの船スイト27号の艇長のカミライです。ええと、ヒジカタ奉行殿は、……ああヒジカタ様、ようこそこの船に。して、ご案内頂ける方々は、狭くて恐縮ですがこの船にお乗りください」
カミライが甲板からしゃべっている間にも、小舟を漕いできた船乗りが渡すロープを、スイト27号の船員が固定して、小舟に昇降梯子を掛ける。その梯子をヒジカタ、ナカイ、ミサキに加えて、もう一人の案内役のササが昇り、砲艦に乗り込む。その後小船はロープを解いて、岸に向かって3人の船乗りが漕いでいく。
「さて、ヒジカタ様、それにナカイ、ミサキ、ササ様。狭いところですがとりあえずお寛ぎください」
艇長のカミライは4人を案内して、操縦席の後ろの船室に入り、テーブルを挟んだ長椅子に座らせる。4人の前には、湯気が立つお茶が置いてある。初夏に近い季節ではあるが、早朝の海上はすこし肌寒い。カミライが有難くお茶をすするのを見て、4人も湯飲みを手に取って茶を口に含む。
緊張に乾いていた口にはその緑茶が旨く感じる。茶を2口飲んだ後に、カミライが再度口を開く。
「では今後の予定を説明させて頂きます」
4人の目が自分を向いたのを確認して、艇長は話を続ける。
「今この船は、ゆっくり港に向かっています。ご存じのように、港の1㎞ほど沖には敵船たる異国船が停泊していますが、我がシマズ型戦艦シマズとエジリ2隻は、敵船の1.5㎞ほど沖で停止して、その距離から敵船への砲撃を開始します。
シマズ型戦艦の主砲は、150㎜砲2門装備の砲塔3基に備えられているので合計6門です。この砲にとっては1.5㎞の距離は多分半分くらいの弾が命中できる距離になります。一方で、敵船には30~50門ほどの大砲が備えられているとされています。
ですが、その口径が100㎜ほどで砲身が短いようですから射程が1㎞にもになることはないと考えています。だから、多分こちらは安全な距離から一方的に相手を撃ちのめすことが出来る訳です」
「そ、それはひきょうな……」
思わず上げた小さな声であったが、その声にカミライは反応した。
「戦場において、卑怯などの考えは我がシマズには禁物とされております。元々、戦などは無い方が良い訳ですが、どうしても行う場合には、出来るだけ回りに被害を及ぼさず、兵を損なわず、物を損なわず、かつ早く片付けることが我々指揮官には求められています。
そして、今回の相手は明らかな侵略者であり、北ワ大島の民に被害を与え、その財産に被害を与えています。ですから、彼らには二度と同じことをしないように思い知らせる必要があると、国王陛下から求められております。つまり、敵の射程外から一方的に打ち負かすことはそれに叶う訳です」
「そうじゃ、戦場にて卑怯などという言葉は、侵略者に何もできない我が領もそうであるが、お前自身が強くなってのことじゃ。なんという失礼な言い分じゃ、艇長殿にお詫びせよ!」
奉行から抑えた声で叱りつけられて、若いミサキは震え上がり、椅子からずり下がって床で土下座する。
「こ、これは。申し訳ござらぬ!思わず口走ってしまい申した。お詫び申し上げます、この通りです」
「まあ、そこまですることはありません。元のように座って下さい。わが軍にも同じようなことを言う若者がおりますので、その都度上級者としては叱っております。時間も限られていますので、座ってください」
カミライ艇長はそう言って、話を続ける。
「先ほど言ったように、敵船を破壊して敵が少なくとも大砲を撃てないようになったら、我々の砲艦の出番になります。敵船は爆裂弾を発射できるとのことなので、この砲艦では弾が当たったら相当に被害を受けます。その点では戦艦は殆ど被害が無いでしょうが、甲板にいる乗組員に関しては危険です。
だから、大砲を撃たれる恐れが無い状態になってから、この艇と他の4隻が港に入って、上陸を妨げようとする敵兵を排除し、わが軍の上陸部隊が陸に上がって陣を張るのを助けます」
「その排除というのはどういう風にされるのかな?」
ヒジカタが気になったことを質問する。
「この際には、海上の敵は殆ど無力化されているはずなので、銃を持った陸上の敵をこの艇の小口径砲で打ち払います。ちなみに、部隊の上陸は一緒に来ている輸送艦に乗せている上陸用の舟艇によります。ただ、乗船できる人数は30人ほどで、隻数も限られているので、多分4時間は要すると考えています。
その際に、ヒジカタ様を含めたあなた方には、港に上陸部隊の橋頭保を作って安全を確保出来たら上陸してもらいます」
「ふむ、承知した。しかし、貴軍の上陸部隊の数は1200人と聞いているが、全員が銃を持っているのであろうか?それと、以前貴国の大演習では迫撃砲という手持ちの大砲のような砲の射撃を見せてもらったが、あれも持って来ておられるのかな?」
「ええ、シマズ軍の基本的な歩兵の武装は小銃を装備するのが標準です。また、迫撃砲は1分隊つまり10名に1基持っていますが、今回の戦場は街の中なので使い道が難しいと聞いています。詳しくは上陸後に陸戦隊の責任者に聞いて欲しいのですが、出来るだけ民を傷つけないように、また建物等を損壊しないようにということは考えているそうです。おお、戦艦の砲撃が始まるようです。甲板に出ましょう」
ちらちら窓の外を気にしていたカミライ艇長が、立ち上がって言い4人に外に出るように促す。砲艦は陸と平行になるようゆっくり航行し、穏やかな波に揺られているが、甲板には10人ほどの制服の水兵が手摺を持って陸の方を見ている。巨大な2隻の戦艦までの距離は300mほどあって、その1㎞を超える陸側の先には10隻の帆をたたんだ異国船が、港を取り囲むように停泊している。
その異国船もすでに艦隊に気が付いており、船上ではちっぽけな人間が船上を走り回り、砲を向け直しかつ帆を張ろうとしている。
戦艦は陸に向かって並行に位置して停止しており、前部2基、後部1基の連装3基の砲塔は90度旋回して陸を向いている。後ろ斜めに位置しているヒジカタ等の乗った砲艦からは、戦艦の砲は砲塔が邪魔して部分的に見えるのみである。
突然、近い方の戦艦シマズの6門の砲から白い煙が吹き上がって、火矢が走った。砲の射撃による揺れの影響を抑えるための見事の揃った一斉射撃である。一瞬後、ドーンという砲声が響き渡った。砲艦上でも思わず耳を抑えるほどであったので、湾全体に響き渡ったであろう。
老眼のヒジカタには良く見えなかったが、目を凝らしていた若い部下たちには、6発の砲弾が飛び去って行くのが見えていた。それは、2発づつまとまって、それぞれ異国船を目指した。と言っても、数秒のことであったが、木造帆船に4発が命中した。
これらの木造帆船は、舷側の甲板においた大砲が最も効率よく使えるように、いずれも岸に横腹を見せる形で停泊していたので、シマズの戦艦に対して最も大きな面積を晒している。また、これらの船は、錨を下ろして固定しているので、全艦同じような形で停泊している。
しかし、彼らも沖から敵が来た場合の脆弱性は承知しているようで、何隻かは慌てて錨に繋がるロープを操作して艦の向きを変えようとしている。戦艦シマズの6発の砲弾は、10隻並んだ敵船の一番右に1発、真ん中に2発、3番目に1発命中した。
無論、肉眼でははっきりは見えないが、舷側の板を貫いたために木片が飛び散るのがかすかに見える。そして、瞬間後甲板から火がほとばしり、木片など雑多なものが飛び散ると共に爆音が響いてくる。シマズの砲弾は球形ではなく、先のとがった円筒形で径は150㎜であるが長さはその2倍ある。
真っすぐ飛ばすためには、通常砲身にはライフリングが必要であるが、そこは魔法のある世界であり、砲弾の魔法陣によって回転力が与えられている。だから、砲弾の先端の信管が正確に木造船の舷側に打ち当たって作動し、コンマ数秒後に破裂する。だから砲弾は船内で爆発するのだ。
そして、球形弾と違って重量の大きいシマズの砲弾には、強力なTNT火薬が使われているので、脆い木構造の船内を大きく破壊する上に、多くの場合には甲板近くの火薬庫に着火する。
だから、2発が命中した船は喫水線近くに一発が命中して、その破孔と内部の爆発のために広げられた大穴のために、たちまち大きく傾いた。加えてもう1発で上部が大きく破壊されて完全に戦闘能力を失った。
一発ずつ命中した右端の1隻は運悪く火薬庫が爆発して、上部が半分吹き飛んで廃墟になった。さらにもう1隻は、船内の爆発で上部が吹き飛んだものの、船体の形は損なわれていないが、生き残った船員が慌てて走り回っていて、もはや戦闘に入る余裕はないだろう。
さらに、最初の斉射により敵船で爆発が起きている最中に、2隻目の戦艦エジリの斉射が行われた。同じように1隻に2門ずつの砲が撃ちかけたが、今度は命中したのは3発であった。それも、4番目の敵艦に2発、5番目には1発、6番目は外した。
しかし、一発のみ当たった艦には喫水線に命中して、前と同様に大破孔が生じすぐに大きく傾いた。このように10隻の内の5隻が大きな被害を受けて実質無力化されたわけであるが、敵艦も手をこまねいていたわけではない。慌ただしく大砲の準備をしていたが、一隻から大砲を撃ち始めた。
異国船の大砲は径100㎜の爆裂式の球形弾を撃ち出す砲であるが、砲身が20口径程度と短く、45度の最大射程で撃っても到達距離は精々500m足らずである。従って、戦艦のはるか手前で着水して水しぶきを上げることになる。さらに、弾は爆裂弾であるが、火縄式なので海中に落ちると爆発はしない。
その後も異国船の大砲の射撃が続き、それらの射程距離がつかめたので、戦艦は敵の射程距離ギリギリまで前進する。距離が半分になれば、戦艦の射撃は当然より正確になる。敵船は大砲を撃ちかける一方で、錨を支点に船の向きを変えて戦艦に向かって舳先を立てたが、半分の距離になったらそれは無駄である。
1時間足らずで、半分の5隻の異国船が火災の中で45度ほどにも傾いて半ば沈み、他の5隻は燃え上がりながら完全に上部構造が廃墟になっていて、完全に無力化された。その周りにボートや小舟が慌ただしく海に飛び込んだ船員を拾い上げようとしているが、そこに5隻の砲艦が割り込み、ボートや小型船を容赦なく沈めていく。
小型船やボートの乗員も銃を持っており、砲艦に撃ちかけてくるが、それは射手から100mより近くには寄らないので、銃による射撃には殆ど効果はない一方で砲艦の砲弾は楽々届く。戦艦の砲撃がまだ続いている間にも、もはや異国船の砲撃は出来なくなっていたので、砲艦は港と破壊されている船と岸の間に移動する。
すでに、異国船の目端の利く乗員は、数隻のボートで逃げて上陸したがそれは少数である。従って、異国船に乗っていて砲撃で生き残った者達の大部分は、ボートや小型船に乗っているか、海に飛び込んで浮いている。こうしたボートなどに乗っている者達は銃をもっているので、砲艦はその船を破壊するしかないことになる。
これに気が付いたもの達は何か捉まるものを持って海に飛び込んで岸に向かっている。その過程を、砲艦に乗ってつぶさに見ていたヒジカタ達4人は、余りの圧倒的な戦いの様子に驚きと恐怖に慄いた。自分達は、すでにほぼ完全に破壊された異国船と、それに乗って来た異国人に殆ど手も足も出なかったのだ。
その相手が、シマズにかかれば手も足も出ずに、一方的に打ち破られている。彼らは、南テンチ領の家臣として、誇りを持って生きてきた。南ワ王国には半ば臣従する立場ではあったが、南ワ王国は嘗て南北ワ大島を治める王家であったのだ。
シマズの大演習を、軍事奉行のヒジカタを含む要人数人が見に行き、その報告が領内でされてシマズの力の一端を知ったが、海での演習ではなかったので、これほどのものとは思っていなかった。ただ、これまで見てきたことから、テビラの街の奪還は確実にできることは判った。
「よいか。シマズは言った通りのことをやってくれた。我々は今から上陸するシマズの兵を案内する役割だ。その兵は、上陸してテビラの街に入り込んでいる異国人を叩き出さなくてはならない。そして、それは人質同然に捕らわれている民を出来るだけ傷つけないように、また家々もできるだけ損なわないようにしたい。そのためにお前らも力を尽くせ!」
「は!お奉行様、励みます!」
3人の若者は力強く頷いた。




