魔獣来襲、その後のこと
読んで頂いてありがとうございます。
ティラノの鉄柵への突進を、回転翼機のタラップに片足をかけて見ていたマサキであったが、ドシーンという大きな音と、合計重量2000トン以上の鉄柵全体がビリビリ震えるのを見て言う。
「うん、やっぱり耐えたね。過剰かなと思ったけど、この鉄柵の構造は正解だったな。あれが当たった所が曲がっているけど、全体をがっちり固めているから、局部的な歪みで済んだな。鉄柵が壊れることはない」
マサキは登りかけたタラップから降りて、鉄柵に頭を打ち付けた大魔獣をじっくり見ながら再度言う。
「あのティラノにしてみれば、最大の力でぶつかったのだろうが、ぶつかった位置が基礎から2m足らずなのは折角の運動量を生かせていないよね。てっぺんに近い位置だったら、斜めのつっかえ材も折れ曲がって、あの部分で結構変形して倒れた状態になって乗り越えることもできたかも知れないな」
「あの力学と言う奴で考えるとそうなるのですか?なるほど、上端に近い位置だと、水平にかかる力が大きくなりますから、確かに危なかったかも知れないですね」
隣のアキタがのんきに応えるが、その間にも走るティラノを追った鋼鉄の巨人3台が、鉄柵にぶつからないように急減速しながらも、それぞれの鋼鉄の槍をティラノに向かって突き刺す。最初にチェンソーを壊してしまった、班長のコムラ2尉の巨人1号が、名誉挽回とばかりに槍をティラノの横腹に槍を全力で突き込む。
魔獣ティラノは丁度、角が生えた強靭な頭を鉄柵に打ち付けて、正面の柵を50㎝ほど押し曲げただけで、押し返されて止まった状態であった。しかし、莫大な運動量を鉄柵に打ち付けて結構平気であるというのは、ティラノの首が普通の動物のように細くなっておらずに胴体から繋がっているお陰だろう。
とは言え、流石にノーダメージではなく、ティラノは数秒そのまま動かなかった。そして数秒はコムラにとッてじっくり狙いをつけるのに十分な時間であった。彼は推定される心臓をめがけて槍を魔獣の横腹めがけて、腕のピストンの機能の全速で突き込んだ。
その部位は背中の大きな鱗に覆われた部分より少し強度は低かったためか、その槍は大きく鱗に覆われた皮膚をたわませ、その先端のみであるがはっきり突き刺さった。そこに先端部を切り放すための炸薬が爆発して弾丸に相当する先端部を加速し、長さ1.2mの先端部はほぼ全長が体内に潜りこんだ。
そして、仕込まれた5㎏のTNT火薬が魔獣の体内で爆発した。強靭な魔獣の体は、その爆発にばらばらにはならなかったが、体内の内臓がずたずたにされて、流石の魔獣もほぼ即死状態であった。しかし、30秒ほど遅れて2号機の槍が背中に撃ち込まれた。
だが、背骨と丈夫な鱗に阻まれて切り離しの炸薬の爆発があっても、殆ど体内に食いむことはなく、先端部の爆発によっても目立った傷を与えられなかった。3号機は到着が少し遅れたこともあって、1号機の槍が十分な効果を与えるのを見て、攻撃を停止している。
状況が最もよく見えるのが見張り台の者達であるが、開発隊の隊長であるムライ1佐が巨人機の者達と無線で連絡していたが、間もなく大声で叫ぶ。
「やったぞ、ティラノは2頭とも死んだ。勝利だ!」
それに声を合わせて、開発地に残っている者達が手を挙げて雄たけびをあげる。
「「「「「おー!やったぞ!」」」」」
マサキとアキタも、笑顔になって声を上げて唱和する。マサキにしても準備したティラノ対策にそれほど自信があった訳ではないので、今回の結果はいささかの幸運のたまものであるとは承知していた。しかし、周りの警護の兵達が少しおかしなことを叫んでいるに気付いた。
「おー、これで大魔獣の肉も食えるぞ。魔狼はそれほどではないが、トカゲ人と大トカゲは美味いもんな。あれだけ大きければしこたま食えるぞ!」
マサキとアキタは顔を見合わせたが、アキタが兵士に聞く。
「ええと、カメタ2曹。君らは退治した魔獣を食っているのか?」
「ええ。魔獣は美味いですよ。なんというか普通の肉とコクが違います。でも、魔狼はコクはありますが味に癖が強すぎて余りうまいとは言えないですね。魔牙熊は結構いけます。結局、トカゲ系は基本鳥に似た触感に加えて濃厚な味です。だから、ティラノもトカゲの一種だから美味いと思いますよ。だから、ほら巨人の操縦士が早速血抜きをしているでしょう?」
30歳台の始めに見えるがっちりした下士官兵が嬉しそうに言うが、なるほど巨人はすでにワイヤーをティラノの足に巻いて鉄柵にひっかけようとしている。それを指さして、カメタ2曹が説明する。
「ああやって血抜きをするんですよ。普通の肉は熟成しないと美味くならないのですが、魔獣はその必要はないようですね。肉に含まれる魔素のせいでしょうかね。それに、その魔素のお陰が知りませんが、結構魔獣の肉は腐らずに長持ちしますね」
「ほお!それは、それは。魔獣の肉が旨いとは知らなかった。是非俺たちも味わいたいな」
マサキが笑顔で言うが、カメタはその笑顔が少し怖かったらしく、腰が引けた感じで答えている。
「ええ、軍の本部にはある程度持っていっていると思いますがね。もちろん、マサキ様は味わえますよ」
カメタが応えるのにアキタが苦笑して口を出す。彼はマサキが美味いものに強く執着しているのを知っているのだ。マサキはいろんな開発をやっているのは美味いものを食うためでもあると公言している。
「マサキ様、無理はないですよ。開発地から連絡船は出ていますが、冷蔵庫が粗末な小さいものしかついていないから、少量しかシマズには持ちこめないでしょう」
「だけど、そんなに美味い物ならコンノ家が何も言っていないのも不思議だな」
「トカゲ人はコンノ家にとっては強敵でしたから、食ったとしても極わずかな人でしょうし、それをまた味わおうなんて気がしなかったのじゃないですかね」
「うーん。でも、カメタの言うように本当にうまい物なら定期的に手に入れる方法を考える必要があるな。戦艦には結構大きな冷凍庫と冷蔵庫を積んでいるよな。ティラノの1頭分くらいの肉は入りそうだな」
戦艦は将来長期の航海があると考えられるので、冷凍庫と冷蔵庫を積んでいる。冷凍機を作るのは電気が使えれば難しいものではないので、食い物に拘るマサキが早いううちに開発しており、今では富裕層には普通に普及している。軍についても食はその行動の重要な要素なので、早いうちから導入している。
陸軍は、数年前までは移動は馬車によっていたが、すでに主体が自動車に代わっており、自動車は熱により発電にした電力で走っているので、電力には不自由しない。だから、冷蔵車も作られて当たり前に使われている。動力を使うのが当然の海軍は、同様に全ての艦船には大小はあっても冷蔵庫を備えている。
マサキは、ムラキ1佐がいる見張り台にするすると登るが、アキタも黙ってそれに続く。
「ムラキ1佐、素晴らしい。これで、この基地も当面は安全だね」
魔獣の血抜きを見ていたムラキに、後ろから近づき話しかけたマサキの声に振り向いた指揮官はにこりと笑って応じた。
「いや、マサキ様。安心できるほどのものではなかったですね。聊か危ない部分もあって、幸運に助けられた面もあります。しかし、この結果は研究所でこの鉄柵と鋼鉄の巨人を開発して頂いたお陰です」
流石の指揮官の要人に対する“おあいそ”である。
「いや、巨人の操縦士は大した手並みだ。いずれにせよ、褒章は弾んでやってほしい。昇進させてもいいと思うぞ」
そう言って頷くムラキに、詰め寄るような勢いで近づいてマサキが言い、その目を見て続ける。
「ところで、ムラキ1佐もトカゲ人なんかの魔獣は味わったんだよね?」
「え、ええ、何度か食べましたよ」
詰め寄られてたじたじとなった1佐は応える。
「美味かった?」
「え、ええ。あれは天下の美味ですな。魔素のお陰かも知れませんね」
「僕もそれを全く知らなかったのだよね。国王陛下も、カジオウ王太子殿下もね。ひょっとするとあのティラノの肉はもっと旨いかもしれんのだよね。俺にも是非味あわせて欲しいな。そして事実美味かったら、王都に届ける必要があるなあ。特にカジオウ殿下が後で知ったら大変だよ」
「し、しかし、あのような怪しげなものを国王陛下に……」
「美味けりゃあいいのさ。陛下も結構ゲテモノ食いだからね。大体、1佐。君も部下に早速ちゃんと血抜きをさせているのは、実は食うのが楽しみなんだろう?」
「ま、まあそうですね。楽しみではあります。勿論、マサキ様には提供させて頂くつもりでしたよ」
「うん。それはそうだ。ちなみに、他の魔獣もこっちにいる間に食っておきたい。保存していないかな?」
「ええ、量は多くないですが、戦艦シマズの冷凍庫にあります。ええと。ティラノいついては、血抜きは明日までやった方が良いので、今晩はトカゲ人の肉を提供しますよ」
そう言って、マサキの横で物欲しげに立っているアキタを見て言った。
「アキタさんにも、もちろん用意しますよ」
その夕食に、トカゲ人の最も美味いという腿肉のステーキを供されたマサキは絶賛した。
「これは美味いね。確かに歯触りと味は鳥肉に近いけど、“こく”というか旨味が違う。商売にしたら、相当高値でも売れるだろうな。出来たら定常的にシマズに送ってもらえると有難いな。アモオウ陛下とか、カジオウ様とか喜ぶよ。しかし、こうなるとティラノの肉が楽しみだな」
それを食べた彼の言葉であるが、翌日に準備されたティラノの肉を同様にステーキで味わって絶句した。当然この時は、研究所からのマサキにアキタのほかに基地のムラノ1佐に幹部5人、さらに巨人の操縦者の3人も同席している。また、同じものは基地と海上の艦隊にいる350人全員に供されている。なにしろ、2頭のティラノの可食部は4トンを超えるのだ。
「これは凄い。トカゲ人の肉も凄いと思ったが、これは一段上だな。これは、是非とも国王陛下を始め、国の中枢に方々に振舞って、この基地の意義を再認識してもらわねば。うーん、ムラキ1佐。申し訳ないが、そう半分をシマズに届けてほしいと思うが、どうだろうか?」
横で聞いていたアキタは『よく言うよな。本当は自分が食べたいくせに』と思った。とは言え、どちらにせよマサキがこのように言いだしたら、自分が反対するわけにもいかないし、これほどの肉が食えるなら有難いことだと思って黙って聞いている。
それに、マサキはしばしば今回のようにさりげなく自分の我儘を通すが、自分で独占することはしない。多分、持って帰った肉の半分位を研究所で確保して、後はシマズ城に届けるのだろう。そうなると、研究所の者の多くがこの珍味を味わえる。
さらにこれほどの者を味わえた王族を始めとした国の幹部の、開発隊への覚えはめでたくなるので、少なくともムラキ1佐には損はない。それは十分わかっている組織人であるムラキは愛想よく答えた。
「はい、もちろん、国王陛下と王族の方々、それに宰相を始め国のために苦労して頂いている方々が喜んで頂けるなら、否やはございません。ただ、そのためには冷凍が必要ですが、それほどの量とすると、戦艦シマズの冷凍庫にしか収納できないと存じますが、よろしいのでしょうか?」
「うん。シマズの配備はどちらかと言うと、鋼鉄の巨人がティラノに通用しない場合の最後の手段という意味合いだったからね。今回の退治で、運が良かった面もあるので、巨人には100%とは言えないけど、戦艦が居なくても要員の収容は沖の輸送船などで可能だろうだな。
それに、鉄柵はティラノの突進に耐えたられたのだから、シマズが居なくても大丈夫だろう。元々艦砲でティラノに当てるのはなかなか難しいのは判っていたものね。だから、後で無線を使って参謀長のミカイ(ジウン)さんに話をして、母港にシマズに帰還させるようにする。
だから、ムラキ1佐はシマズの冷凍庫に入れてもらうように手配をしてもらえばいいよ。テツトの港からは、研究所に荷を城に運ぶように段取りをするから」
マサキが言う言葉が思った通りなので、内心ニヤリとしたアキタであった。彼はマサキが研究所に肉を運ばせるだろうと思っていたのだが、それはある意味当然である。城の担当者に言ったところで、適切に凍結した肉を衛生的にシマズまで運び、貯蔵できるか怪しいものである。
その点で研究所には、マサキの薫陶よろしく非常に融通の利く組織だ。なにより、研究のための試料を貯蔵するために大冷凍庫が存在するので、当面研究所の冷凍庫に受け入れるのだろう。そして、城に受け入れ態勢を整えさせて配達するということになるが、ある程度は研究所に残るのだろう、いや残ればいいなと思うアキタであった。今食べたステーキはそれほど美味かったのだ。
そして、待望の原油が吹き出したのは翌日であった。それは、いつものように朝8時に掘り始めて2時間後、回っているドリルから突然濃い茶色の液体が吹き出した。周りで見ていた作業員の叫びで、近くの小屋で茶を飲んでいたマサキが走ってくる。
隙間からびゅうびゅうう吹き出す感じで出てくるのは明らかに油である。マサキがはしゃいで言う。
「うん、原油だ。これは多分軽質油だろうな。圧力も結構ある。いいぞ、これは。よしドリルを抜け、全速だ。今長さはロッドを含めて205mかな、それを全部抜いて欲しい。その間は油が漏れるのは仕方がない。抜ききったら油が吹き出してこのあたりに降ってくるぞ。おーい皆、雨具を着るか、小屋に避難しろ」
マサキの命令に従って、掘削機の操縦士がドリルを引き抜きにかかる。ただし、そのまま抜ける訳ではなく、5mのロッドの継ぎ目ごとに作業員がジョイントを外して、ロッドを地面に横たえていく。そのため40本のロッドを外して最後のドリル本体になるまで、2時間を要している。そしてその間にケーシングパイプとドリルの隙間から吹き出す油の量はどんどん増えていて、辺りは油でぬかるんでいる。
「いいか、ドリルが抜けたら油が吹き出すぞ。すぐに遮断弁が効くけど多分1分くらいは油の雨が降る。覚悟しておけよ。俺は小屋に避難する!」
マサキは叫び、小屋に逃げ込む。外に残っているのは、密閉されている運転席の操縦者のみである。
皆が小屋に入ったことを見とどけた操縦者がドリルを抜くと、太さ15㎝ほどの茶色の液体が高さ20mほども吹き出して、辺り一面に飛び散り油の雨を降らせる。しかし、10数秒後それはピタリと止まった。遮断弁が効いたのだ。あとは、ケーシングの鋼管に管を接続すれば、原油が取り出せる。油井の誕生だ。




