アサヒ基地が大魔獣に襲われること
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マサキが到着して5日が過ぎ、ボーリング孔に油兆として油交じりの岩が掘り出され始めた。それをマサキが点検しているのを見ながら、開発隊の隊長であるムカイ・サジロウ1佐はこの地について20日余りのことを思い浮かべていた。
幸い、この間出現した魔獣としては、魔狼にトカゲ人と、魔牙熊と名付けた熊に似た魔獣、それに飛竜程度であり、いずれも持っている武器で退治または撃退出来ている。陸から来る魔獣は基本的には鋼鉄の巨人で対処可能であり、目を狙えば猟銃で致命傷を与えることが出来る。
ただ、魔狼は動きが素早く、トカゲ人は動きが早い上に賢いためになかなか目を狙える機会を得にくいが、胴体や足でも傷つけることはできるので、それで弱らせて最終的に倒すことが出来る。この点は、弓を含む射撃の適性のある隊員が、魔力を纏うことで異常なほどに正確な射撃ができるお陰である。
その意味では、空を飛んで襲ってくる飛竜はいささか厄介である。一度は、急降下してきた飛竜に危うく基地内で歩いていた兵が爪で引っかかれるところであったが、兵は地面に身を投げて難を逃れている。そこで、今は2名の見張り兵を置いて、基地に近づくと狙撃銃で射撃させている。
飛竜にもそれなりの知能があるらしく、基地からの銃弾によって2匹が打ち落とされ、数匹が傷ついて逃げたことから銃撃が危険であることを学習している。だから、近づいても銃撃されると、すぐに逃げてしばらくは近づいて来ないようになっている。なお夜間に飛竜は飛ばないので見張り兵は置いていない。
お陰で、2交代であるために交代要員を含めて6人がそのために拘束されることになったが、あの爪で引っかかれると重傷を負うこと間違いないのでやむを得ない。このように危険に満ちている基地ではあるが、断固として開発するつもりのシマズ王国としては、どうしても安全を確保する必要がある。
開発隊長のムカイ1佐にとっての懸念材料は、まだ最強と思われる魔獣に出会っていないことである。大魔獣と呼ばれていた直立で5mほど、体長は10mに近い魔獣が最大の懸念材料であり、そのために鋼鉄の巨人が開発されたようなものである。この魔獣はマサキがティラノサウルスと呼んでいたことから、シマズではティラノと呼ばれるようになっている。
回転翼機によって、コンノ大森林は調査されており、その中でティラノは何度か見つかってはいた。大きな体躯から目立つ存在なのであるが、見つかった数は多くはなくそれほどの数はいないと見られている。大森林には魔獣としては最も数の多いと考えられている魔狼、それより少し少ないトカゲ人に、さらにトカゲ人のように2足歩行はしない魔トカゲが最も多くみられる。
魔牙熊は体高が3mほどもあるせいか数は多くはない。それらの中で、ティラノは当然食物連鎖の頂点に立つ存在であり、体が極端に大きいので数が少ないのは当然である。ただ、発見されたティラノは通常2頭以上であるため、戦うには猶更手強い相手になる。
ムカイは、いずれはティラノが開発地にやってくると覚悟はしている。すでに半径300mの範囲では鉄柵が完成していて、魔牙熊と言えども食い止められると考えているが、多分重量5トン以上になると考えられるティラノが、全力でぶつかると耐えられない可能性も高いと見ていた。
さらに、基地内に持ち込んでいる携帯兵器としては大口径の狙撃銃と迫撃砲があるが、目以外の部位であるとまず効果はないと見ている。要するに魔獣に共通の、鱗に守られた強靭な体を打ち抜くには携行兵器では貫通力が足りないのだ。
その点では、鋼鉄の巨人による槍攻撃が唯一の対抗できる武器であると考えている。ただ、鋼鉄の巨人の槍を撃ち出す速度はそれほど高くは取れないので貫通力は低い、この点を補うために、槍の穂先が相手の体に当たった瞬間に槍に仕掛けられた爆薬が爆発して先端が飛び出す。
こうして太さ10㎝長さ1.2mの鋼製の槍が、20㎜の鉄板を撃ちぬくほどの速度と運動量をもって相手に突き刺さるのだ。無論、沖に停泊する戦艦による主砲による攻撃も有効であろうが、残念ながら艦砲は自由に動くティラノに確実に命中させるほど精度は持っていない。
突然、唸るようではあるが高い音の彷徨が聞こえた。それも、ひと声の後続けてもうひと声である。
「おい、見張り兵、魔獣の姿が見えるかー?」ムカイは2つの見張り塔に詰めている兵に向かって声を張りあげたが、周りを見回しているのであろう兵から声が返るまで数舜の間があった。
「いえー、姿は確認できません。しかし、西北西方向の枝が揺れているようです。魔獣が下にいるのかもしれません。距離は多分500mほどだと考えられまーす」
1番見張り台から声を張り上げた兵の回答がある。
「分かった。よーし、状況が変わったら知らせよ!」
それから、ムカイは無線機を取り寄せ、鋼鉄の巨人の操縦士に、鉄柵の外の位置につくように命じ、アタッチメントを変えて槍を装着させた。
さらに、大声のやり取りにこちらを見ているマサキ他の掘削機周辺の人員を見てマサキに声をかけた。
「マサキ様、ティラノが現れたのだと思います。直ちに逃げられるように回転翼機に乗って下さい」
しかし、マサキはそれにすぐ従うほど素直ではない。
「いや、危なくなったら邪魔になるから逃げるが、鉄柵の所に来てからでも大丈夫だろう。それよりもしもの時の被害を極限するために、必要最小限の機材と人員を除いて海に逃がそうよ」
「うーん、まあそうですな。当面防衛に必要なくて、回転翼機に乗れない人員は船に逃がします。それと、最も重要な機材としてこの掘削機ですが……」
「いや、この櫓を避難させるのは無理だろう。多分、鉄柵と鋼鉄の巨人でティラノの2頭や3頭までだったら、大丈夫だと思っている。もしそれでもだめだったら、さらに強力な攻撃手段と防御手段を持って再度やって来る必要があるから、一旦はここを引き上げる必要がある。
いずれにせよ、ここが守り切れるかどうかは鋼鉄の巨人の操縦士の腕にかかっている。その意味では操縦士は“天才”を選んだはずだ。俺も操縦しているところを見たけど、自分の手足のように操っていたよね」
マサキの言葉にムカイは大きく頷き真面目な顔で答える。
「ええ、コムラ2尉、カジキ1曹、ムラ2曹の操縦士3名は、樹木の伐採と除根に加えて更に鉄柵の建設にも本当に頑張ってくれました。さらには一日の仕事を終わった後にも“槍”を使った訓練を熱心にやってくれました。私は、彼らなら鋼鉄の巨人の力を十全に発揮させてくれると思っています」
「うん、なるほど。彼らにはなにか相応の褒美を頼むよ。いずれにせよ期待している」
マサキは言いながら思っている。
『この魔獣は魔素で強化されてはいるが、超常的な力を持つほどではないし、プレスを拭くわけでもないからな。魔狼とかトカゲ人が猟銃でなんとかなっているのだから、大丈夫のはず』
10分ほどで、鋼鉄の巨人が位置に着き、槍をしっかり装着して、直接戦いに必要ない人員はボートに乗せて沖に停泊している船に送り出すなど、慌ただしくしていたが、やがて見張り塔から報告がある。
「来ました。高さ5m余りの2頭です。あれはティラノですーー!」
すでに迎撃準備は万端であり。鋼鉄の巨人は、鉄柵の前方の300mの切り開いた空き地の柵寄りに3台が並んでいる。見張り塔には、狙撃手兼見張り員がそれぞれ2人狙撃銃を持って椅子に腰かけているが、座っている彼らの前は手摺兼の銃座になっていて、それに銃を置いて狙いを付けるのだ。
その他に、マサキと一緒の研究所のアキタ及び、開発隊の司令官ムラキ1佐に副官のカジに現場指揮官のムライに護衛兵2名がまだ開発地に残っているが、狙撃手を含めて彼らは危険が迫ったら回転翼機3機で逃れることが出来る。
その意味では危険にさらされても、逃げることが困難であるのは、鋼鉄の巨人の操縦士3名である。彼らは文字通り自分の機を使って、大魔獣のティラノと格闘することになる。
総重量10トンの機体を最大時速35㎞で走らせることのできるキャタビラーの足、右手の長さ3mもあるチェンソー、射出できる1.2mの穂先を含めて長さ3mになる左手の槍を武器として、体高5mで重さ5トンの怪獣と戦うのだ。
操縦席は、径35㎜の鉄棒の籠で覆われていて、ティラノと言えども破壊は出来ないと信じられているが、大魔獣を真近に見ながら格闘するのは、よほど肝が据わっていないと無理だろう。
なお、開発地が囲まれている鉄柵は、高さが5m、40㎝間隔で250×100㎜のI型鋼が建てられていて、高さ1.5m毎に水平に同じ型鋼を縫われている。さらにこの柵は2m毎に斜めの支柱で支えられており、それぞれの基礎は深さ2mのコンクリート塊になっていて、魔牙熊ですら体当たりしても振動するのみである。
この総重量2500トンの鋼材を使った鉄柵も、ティラノ対策としてのものであり、この鉄柵がティラノに対する防御柵として機能するものと期待されている。
「どうだろうね、ムラキ1佐。僕としては対ティラノとして、ちゃんと考えたのだが。僕の知っている……、と言っても骨から想像したものだけど、僕の世界の遠い過去にいた恐竜だったら十分だと思うが。なにしろ魔獣は魔素の効果が読めないものなあ」
マサキの語りかけにムラキが応じる。
「ええ、実際の所は解りませんよね。しかし、いずれにせよ我々ではここまでの迎撃準備は考え付きませんので、十分な準備はしていただいたと思っています。我々は与えられた装備を十全に用いるために、最良の人材が出来るだけの準備はしてきました。
あとは、彼らがこの本番で全力を尽くすことを期待するのみです。ではマサキ様。私は見張り塔に登って指揮を執ります」
ムラキはそう言って見張り塔に身軽に登っていく。彼は全体を見張らせるそこから、狙撃手と鋼鉄の巨人の操縦士に指示を出すのだ。また、マサキの回転翼機の脱出もムラキの指示によることになっている。
もうティラノの2頭の巨体は、300mの伐採帯に入ってはっきり見えている。長さが1.5mほどもある大きな顔を立てて、顔に比べて小さな目を光らせながら、後ろ脚に比べると小さな前腕を使って四つ這いになってゆっくり近づいてくる。
少し小さい体の魔獣が少し遅れているが、2頭共に立ちはだかっている3機の鋼鉄の巨人を見ている。3台の鋼鉄の巨人はそれぞれに槍を持った腕を水平に構え、チェンソーを振り被っている。80mほど巨人の手前で、2頭は立ち止まり、2足で立ち上がる。巨大だ!
巨人の操縦席の頂点が地上2.5m、振りかぶったチェンソーの先端が地上5mほどであるが、直立した魔獣の高さは5mは十分あり、巨大な尻尾が持ち上がってその先も同じ高さにある。1頭が巨大な口を開いて吠える。
「ギャオー!」
続いてもう1頭が吠える。
「ギャオー!」
それを合図に、2頭が互いに5mほど離れて大きく足を踏み出して走り始める。巨体の割に動きが早く、長距離を走る人間程度の動きの早さである。1歩が多分3m以上はあるだろうが、その振動が開発地の中央付近にいる。マサキの所まで伝わってくる。
3台並んでいた鋼鉄の巨人の2台が、槍を突き出した状態でフル出力を持って並列で走り始め、残った1台が少し遅れて走る。その時、ターン、ターン、ターン、ターンという澄んだ音が聞こえ、大きい方の魔獣がブル!と叫んで首を振って足取りを緩めたが、少し小さい魔獣は同様にブル!とは叫んだが、足取りは緩めなかった。
「右(大きい方)の魔獣の左目に当たりました!」
「右の左目は外れです!」
「左の右目は瞼に当たりました!」
「左の左目は瞼に当たりました!」
狙撃手が次々に報告する。異常に目の良い彼らには自分の撃った結果がはっきり見えており、基本的には全部命中したようだが、大きい魔獣は片目を傷つけられた結果、頭を微妙に動かしてもう片眼は外れたらしい。小さい方の魔獣は多分、銃の火箭をみて瞼を閉じたために瞼に当たったのだろう。
流石に、目に当たった弾丸は痛みを与えたようで、大きい魔獣は顔に前腕の手をやり速度を緩めたが、小さめ魔獣は怒り狂って口を大きく開いて「ギャオー」叫びさらに突っ込んでくる。瞼で狙撃銃の12㎜の大口径の銃弾を防げるとは恐るべき強靭さである。
そのため、魔獣(小)が先に鋼鉄の巨人とぶつかることになったが、魔獣もそれなりの知能があるようで、剣呑な槍をするりと躱し、走りながらステップを踏んで巨人の機体も躱して尻尾を振って運転席付近をなぐりつける。
尾がダーンと当たった運転席の鋼棒の籠はその勢いに変形し、10トンの機体も少し傾いたが大きな被害はなかった。ただ巨人3号の操縦士のムラ2曹は、そのショックに頭を揺らされ、さらにシートベルトで振り回され一瞬気が遠くなった。
一方で魔獣(大)は、目の痛みと片眼が見えなくなったために、脚を縺れさせた棒立ちになった。そこに、巨人2号が突っ込んできて、走行の速度に突き出す速さを加えて槍を魔獣の胴体に突き込んだ。
そこは多分心臓があると想定される部位であったが、尖った槍は強靭な鱗と皮に阻まれて先端のわずかしか突き刺されないが、そこに先端部に仕掛けられた炸薬の信管が爆発して、先端部が飛び出す。
その勢いで、先端部の1.2mは半分ほども魔獣の体内に潜り込む。「ウガー、ギャオー」と魔獣が悲鳴を上げている内に先端部に仕込まれていた5㎏のINT火薬が爆発する。体内の爆発には魔獣の体も耐えられず、血と内臓を撒き散らして胴部が破裂して、魔獣はドウ!と倒れ伏す。
だが、まだ死んではおらずじわじわと起き上がろうとする。その恐るべき強靭さに恐怖しながら、巨人2号のカジキ1曹は、チェンソーを起動して、首に刃を当てるが、刃は首の鱗の上で火花を発してはいるが一向に切れようとはしない。
彼はすぐにチェンソーは諦めて、予備の槍の発射部を装填して、回り込んで背中を見せている魔獣の首の付近にもう一発を打ち込んだ。
背骨に当たったためか、30㎝ほどしか撃ち込めなかったが、それでも爆発で大きく首付近を切り裂いた。それでもなお、鈍くであったが動いていたが、やがてガク!となって動きが止まった。息を積めて見守っていたカジキ1曹はマイクに向かって報告した。
「こちら、巨人2号、ティラノ、動かなくなりました。仕留めたと思います」
「おおー、よーし。よくやったカジキ1曹。2号と3号がもう1頭のティラノと戦闘中だ、そちらに向かえ!」ムラキ1佐の声が次の行動を指示する。
「は、了解しました。巨人1号、もう一頭のティラノとの戦闘を助けます」
その間、数舜操縦士が操縦できなくなった巨人3号であったが、そのまま全速で走っていたので、魔獣も追いつくことはなかった。その後ろにいた隊長機である巨人1号の操縦士コムラ2尉は、大きな尾を振ってバランスを崩した魔獣(小)に走り寄り、顔にチェンソーを振り下ろした。
しかし勢いが強すぎて、ギャイーン!という金属音と共に、チェンが歪み回転が止まってしまった。とは言え、それは無駄ではなく顔の小さな鱗をはがして、血を流させる。魔獣は痛みに一瞬ひるんだが、上腕で回転の泊まったチェンソーを掴んで、キャタピラーを逆転させて逃げようとする巨人のそれをへし折る。
そこに、復帰した3号機が、槍を構えて突っ込むが音で気付いた魔獣はそれも避ける。なかなか機敏な魔獣であるが、それは相棒が倒されたのに気付いたようで、「グオーラ!」と怒りの声をあげ、開発地の鉄柵に向かって走り始める。どうも、中にいる人間に気が付いたようで、操縦席にいる者と同じとみたようだ。
そして、そちらの方が組みし易しと見たようで、2本脚で走ってくるが、多分時速30㎞程度の速度だろう。
「うーん、鉄柵が保つかな?なにしろ5トンの秒速5mの運動量だもんな。しかし、柵は柔構造ではあるし、どの高さで当たるかによるよな」
マサキがのんきに言っていると、見張り台のムカイ1佐が叫ぶ。
「マサキ様、直ちに回転翼機に乗って離陸してください。おい、ニシムラ2曹、マサキ様をお乗せしろ!」
護衛のために近くに残っていた若いニシムラ2曹が慌てて、マサキの腕を掴んで促す。指揮官の命令が出た以上は仕方がないので、素直に回転翼機に乗ろうとするときに、魔獣が鉄柵にぶつかった。魔獣は柵に当たる瞬間に体を低くして勢いをつけて頭で当たった。ドシーンという音が響いた。




