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錬金術で進める国作り  作者: 黄昏人
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魔獣の森のマサキ、空中から視察すること

読んで頂いてありがとうございます。

 マサキは回転翼機でアサヒ基地に着陸する前に、一帯の半径10㎞ほどを空中から視察した。開発班に与えられた2機の回転翼機は、マサキが乗って来た機の護衛をしている。コンノ大森林には飛行する魔獣もいるが、それは狙撃銃で退治できる程度の強さであるとされている。


「ふーむ、凄い森林だなあ。樹木の高さは大きいものは50mに近いな。伐採地の近くの幹が見えているものは直径1m位もある。でも当然だけど、植生はそれ程密生していない」

 マサキは横に座っているミゾタ渉外担当部長に話しかける。


 回転翼機“回天2型”は乗員4名であるので、操縦士の他に護衛が1名にマサキとミゾタが乗っている。護衛のアキタ・シンジロウは、現状で最も連射性能が高い烈3型ライフルを抱いていて、その目は油断なく外を見回している。護衛の2機にもマサキの専属護衛が4人乗っており、いずれも同じ銃を持っていて、揃ってシマズきっての銃の名手である。


 ミゾタは、研究所の渉外担当ということになっている36歳の武人上がりの男で、科学的素養もあって様々な研究室に入り込んで得た広い知識を持っている。だが、才能のある技術者にありがちな“飽きやすい”性格から、コツコツ研究するのは向いていないが、何しろ口が達者で交渉がうまい。


 だから、内部的にはあちこちの研究室を回って、それぞれの研究成果を結び付けたり、マサキの意向を的確に研究者に伝えるなどのことをしている。さらに対外的には研究所の成果を、シマズの様々な部署に持ち込んで実用化させて、結果として研究所に研究費をもたらしている。


 前世の老人まで生きた男の精神が宿るマサキの見る所では、ミゾタは滅多にいないほど優秀な人物で、単一のテーマで研究させるのはもったいない人材である。実際に、彼は自分がやるべき仕事を代行できる唯一の人物であり、お陰で随分楽をさせてもらっている。


 とは言え、ミゾタ・セイゴはシマズに統合された領の出身で、武人としては平均以下であった。しかし、そこを優秀な知性を生かして、様々な斡旋を行うことで器用に生きてはいたが、プライドが高く無能な者に屈して頭を下げることが出来なかった。


 そのため、シマズの中での待遇としては低いもので、妻と2人の子供との生活は貧しいものであった。マサキには自分で売り込んできたもので、面白がって使ってみたマサキが評価して、現在では研究所のNo.3になっていて、待遇もそれに相応しいものである。


 マサキにとっては、彼は仕事を任せるに足りる人物であり、また広い知識と高い見識から共に語るのが楽しい相手である。それなりに時間を要するこの視察に、彼を伴ったのはそれだけ“石油”がマサキにとっても、研究所とシマズ王国にとって重要である証である。


 マサキが、窓から見て景色についてしゃべっているのは、相手がミゾタであればこそである。そもそも、護衛の者では彼の話に付いて来れない。

「そうですな。中央山地にはこれほどの大木は見られない。まあ、栄養の制限で大木が密生するわけはないし、日が遮られているから下生えも生えないので、中は割に歩きやすい状況ですな。それはまた魔獣も活動しやすいことになります。聞くと、すでに開発隊は魔狼とトカゲ人に何度も襲われたようですな?」


「うん。その2種類であれば、現在の装備で問題なく退けられるが、大魔獣が出たら手古摺るだろうな。しかし、ある程度の犠牲がでようが、ここで石油が出たらここで踏ん張るしかない。魔獣が逃げてくれるとよいが、そういう相手ではないからな」


「まあ。量は何とも言えないものの、油があることは間違いないようですな」


「ああ、現在の掘り出した土は油まみれのようだから、間違いないな。願わくば規模の大きい油井であって欲しいよ。石油があれば、色んなものがずっと便利になるものな」


「ええ、自動車も、燃料の補給が大体50㎞に1回くらい必要で、面倒と言えば面倒ですものね。まあ馬車や牛車に比べれば、自動車は凄く便利なので苦情を言う者はいませんがね。液体の燃料なら車の中に貯槽を作ってそこから補給する仕組みを作っておけば、途中の補給は必要ないですから随分違います。

 それに、飛行機はちょっと石炭やコークスで飛ばすのは難しいので、少ない灯油を使って実稼働しているのは回転翼機のみです。なにしろ、今は灯油がコークスを作る副産物ですので量が知れていますからね。でも、ここの石油が自由に使えるようになれば、ずっと早いプロペラ式の飛行機が使えるようになります」


 ミゾタの言うように、研究所ではすでにプロペラ機は作って試験飛行も行っているが、石油による液体燃料が出まわるまで、実用化は凍結しているのだ。ちなみに、コークスを作る副産物である灯油は、シマズ一族など一部の自動車と回転翼機の燃料に使われている。


 だから、ほとんどの自動車や船舶の動力は石炭を焚いて熱から電力を生みだしたモーター駆動である。また、大型船舶の動力については、現状では大出力のモーターを作ることが難しいために、石炭を燃料とする蒸気機関となっている。


 レシプロエンジン、ディーゼルエンジンなどの内燃機関は、すでに研究所では開発されているので、石油資源実用後は、自動車についてはエンジン方式と熱・電力変換+モーターのどちらにするか議論されている。また、船舶は小型を除き、エンジン方式になるものと想定されている。


「うん。回転翼機は速度が遅いうえに、燃費が悪いし大型化が難しいものね。その代わり飛行場が不要だから便利ではあるけどね。プロペラ飛行機であれば、速度と言い、航続距離と言い、うんと活用範囲が広がるよ。ただ、南北ワ大島の範囲であればそれほど必要はないかな」


「ええ、南北ワ大島の範囲?マサキ様は大陸まで活動を広げる事を考えておられるのですか?」


「ああ、無論当分は南ワ大島の新しい領土の開発で精いっぱいだろうね。だけど、こちらが南北ワ大島に閉じこもっていても、はるか遠いけれど相当に文明が進んでいるという連中がやって来るよ。その連中は、言葉はもちろん、肌の色も、顔つきも違っていて、それと違っている人々を人間として見ない可能性がある。

 そして、少なくとも対岸の大陸の連中より武器では進んでいるようだしね。多分、進んだ武器を持った船で、劣っていると思っている人々を征服するために攻め寄せてくると思う」


「なるほど、マサキ様が進めている兵器開発はそれをにらんでのことですね。南ワ大島は概ねシマズの勢力範囲に入ったと言ってよいと思いますが、北ワ大島は北ワ王国があります。しかし、もはやかの国が覇を唱えることはないと思いますので、私は今より進んだ武器は必要ないと思っていました」


「うん、北ワ王国は間もなくシマズの経済圏に飲み込まれることになる。つまり、シマズは近いうちに紙幣を発行することになると思うけど、北ワ大島もそれに同調するしかないだろう。さらに、今後の産業にとって最も重要な資材は鉄だけど、南北ワ大島の需要はすべてコンノ領に作っている製鉄所で賄うことになる。

 燃料も産業にとって重要だけど、これまたこのアサヒ開発地で産出し、コンノ領のマサラ付近で精製される石油類に依存することになる。


 さらに、食料の生産のためには肥料も重要だけど、これは今のところ錬金術であちこちから集めているが、早晩足りなくなる。これは多くは工業的にできるが、多分相当部分は大陸などから取り寄せなくてはならないけど、これもシマズが主導することになる。

 このように、今後重要な資源・資材はシマズが支配権を握るようになるうえに、通貨も同じことになるので、経済も握ることになる。

 加えて、ミゾタも実感していると思うが、今シマズ領では生活がどんどん変わっていっている。暮らすうえで、水は蛇口をひねれば使えるし、すでに家に電気が引き込まれて、煮炊き、冷蔵庫、灯り、ラジオなどの電気を使った道具がどんどん入っている。


 食べ物についても貧しい人々でも普通にコメが食えるようになったし、魚・肉、野菜など普通の家で食べることができる。さらに、昔ではとても手が出なかった甘いものも含めたお菓子が普通に買えるようになった。移動するのも車をもっているものは勿論、持っていない者も鉄道、バスで簡単に長距離を移動できる。

 そして、そのような生活を営むために必要な知識や機材は全てがシマズ発なんだよね。僕は北ワ王国はなし崩し的にシマズに統合されることになると思う。まあ、北ワ王国の王室は嘗て南北ワ大島の支配者だったので、何らかの権威として残る可能性はあると思うけどね。


 そういうことで、僕は今後南北ワ大島で大きな戦乱が起きることはないと思うよ。そして、南北ワ大島ともどんどん人々は豊かな生活が送れるようになるはずだ。そして、ワ国だけのことを考えれば、治安維持だけを心配すればよいので今以上の武器は必要ないし、兵も減らしてもいいくらいだ。

 だけど、豊かなワ国のことは大陸に知られずにはすまない。その時、もし碌な兵力がなかったらたちまち征服されてしまうだろうね。それだけでなく、さっきも言ったが、ずっと西に行った大陸から進んだ武器を持って征服に乗り出した国があったら、彼らに征服され隷属されることになる。

 だから、経済に無理がない程度に進んだ兵器と、軍はどうしても必要だと思っている」


「なるほど、今の軍関係の開発は、まだ見ぬ大陸の異民族の侵略を防ぐためということですか。とは言え、確かにその可能性のある相手がいるなら無防備ではおれませんからね」


「ああ、軍備に関してはその通りだけど、それより重点を置きたいのは、人々の生活を便利に豊かにするための研究だ。そのためには資源も必要だけど、その意味でこのアサヒ開発地の石油というものは最も重要な資源だ。

 人々が豊かになるということは国が豊かになるということだ。今までは、領の豊かさ・強さを民の数で計っていたよね。それも重要ではあるけど、それ以上に民一人当たりの豊かさも重要だ。つまり、1の豊かさの民10万と2の豊かさ民の民5万が同等ということだ」


「なるほど、それでマサキ様が金で計った生産高ということを言われている訳ですね」


「ああ、その通りだ。知っての通りシマズ王国設立と共に、貨幣の単位を制定し、呼び名をエンとして、粒貨1エン、銅貨10エン、大銅貨100エン、銀貨千エン、大銀貨1万エン、金貨10万エンとした。大体、庶民1家4人の生活費が月に2万~5万エンだ。一応研究所で昨年の王国の生産高を計算して、1兆エンと推定している。つまり、王国の人口が300万人とすれば一人33万エンということになる。

 これは、王国に加わったばかりの者達が半分ほどいるけれど、彼らの地域の開発は進んでいないために、元からのシマズの本領に比べて平均で一人当たりの生産高は半分程度だ。これが、5年すれは本領の今の水準に追いつくだろう。そして、その時には本領はさらに豊かになっているので、5年で王国の総生産高は2倍以上になっているはずだ。


 従来の領主たちは、無論自領を豊かにするための農地開発などを行ってはいたが、それ以上に他の領を犯して領地を広げることに熱中していた。そのための戦費は民のために使う金を圧迫しながら、多くの戦死者や不具の者を出しながらだな。それでも実質の豊かさが2倍になることは中々なかったはずだ。

 先ほど言った王国の生産高2倍というのは、戦をせずに領地も広げずだ。実際には、王国に加えてほしいという領が続々と出て来るはずで、多分5年後には南ワ大島の全てはシマズ王国になるだろうな。要は我々の知識と技術があれば豊かな未来は間違いなく来るし、領も広がるということだな」


「ただ、マサキ様。将の中には、早々に南北ワ大島を平らげ、大陸を征服すべきという方もおりますが?」


「ああ、知ってるよ。確かにシマズ王国が力を振るえば、ワ国全土を征服するのは2年もあれば出来るだろうよ。そして、それから力を蓄えて大陸に進出すれば、世界を征服することも多分できるだろう。

 しかし、だから何だというのだ。南北ワ大島の人々であれば、同じ言葉で同じ民族なので、その後融和は出来るだろうよ。しかし、その統一のための戦の段階で、多分10万を超える死者と不具者がでる。家を潰され涙する者も多く出る。しかし、そんなことをしなくても、南北ワ大島はシマズに落ちて来る。


 大陸の国々についても調べてはいるが、民族が違うので言葉も気質も全く異なる。そして、民はすさまじく貧しい者が大部分である。その社会は腐敗、不公正がはびこっている。確かに征服は出来るだろうが、利益を上げるのはなかなかできないだろうな。

 それに、征服されたということで相手から恨まれることは間違いないし、長い目でみれば将来は手に余って独立させるしかないだろうよ。そのために、大変な苦労をして、自らも相手からも多くの死人・不具者を出してまでやるべきことか?


 元々アマオウ陛下は戦が好きという訳ではないから、僕のこの話は判って下さっているし、カジオウ殿下は戦が好きだけど聡いお方だから判って頂いている。ミゾタの言ったようなことを、人前で口に出す武将は陛下からきつく咎められているはずだ」


 その言葉にミゾタはにこりと笑った。彼は、武人として教育を受け、戦場にも出たが、人を殺し、敵領の民を虐げるそのやり方に嫌悪感があった。その意味で、今の立場を大いに気に入っており、年若い上司であるマサキをその言動からとてもその年齢とは思ておらず大いに尊敬していた。戦を伴わない形でワ国に覇を唱えるのであれば大いに結構なことだ。


「そうですか。安心しました。自らは守る必要がありますが、侵略して女子供の泣き顔を見るは御免です」


「ああ、その通り……」

 マサキが言いかけた時、アキタが鋭く言った。


「北北西、飛竜が来ています。操縦士、俺が撃てるように機を操縦してくれ!」


「視認した!アキタが射撃できるように操縦する」

 操縦士はそうアキタに応じ、小さな発光信号を射出して護衛の機に合図して、すぐさま機を傾ける。


「おお、なるほど飛竜だな。3匹か」

 指先ほどに見える飛竜が、どんどん大きくなっているのを見つけてマサキが言う。アキタはすでに銃床を床に下ろしていた銃を抱え上げていて、狙いを付けようとしている。知られている限りでは、飛竜の飛行速度は150㎞/時程度で、回転翼機の250㎞/時に比べ遅い。


 見た限りでは、1匹が大きく、残り2匹は2/3ほどの長さと翼の幅のようだ。大きいものが今まで発見された最大のものと同等とすると、長さと翼の幅は10mほどだろう。重さは1トンもないはずであるが、回転翼に飛竜の体が当たれば、墜落の可能性もある。無論小回りは相手が上なので、近づけるのは禁物である。


 しかし、狙撃の的は基本的には頭でないと数発で相手を無力化は出来ない。心臓でも良いだろうが心臓の位置が判っている訳ではない。頭は長さと幅が人間の倍くらいあるので、それほど狙い難い的ではない。相手が手のひら程度に見える時点からアキタは銃を構えた。


 そうしながら、護衛隊長のアキタは、口元のマイクで飛び回る護衛の機に指示を出した。自分は先頭を飛んでくる最大の飛竜を狙い、2番機が中間位置の飛竜、3番機が最後尾の飛竜とした。音声の無線機が実用になったのは2年前であるが、到達距離は10km足らずである。


「アキタさん、飛竜は20m以上の距離で片付けて下さい。それ以下の距離ではとっさに避けきれない恐れがあります」

 操縦士が言い、アキタが照準から目を離さず応える。


「おお、任せろ!そんなに近くなくとも大丈夫だ」


 飛竜の頭が人間の手程度になった時、ダーンという銃声が響き、火矢が走って薄い煙が銃から吹き出す。マサキの若い目には、飛竜の目に血が噴き出した瞬間が見えた。そして、振り立てていたその首がガクリとなって、羽ばたいていた翼が力を失った。


 近くで見ると巨大な飛竜は、翼が襤褸きれのように垂れ下がってきりもみ状態で落ちていった。狙撃の距離は40m余りだっただろう。もう1匹の飛竜も同じように目から脳を撃ちぬかれて即死したが、最後尾の飛竜は狙撃の瞬間首を振ったために銃弾は逸れて、頭蓋骨に斜めに当たって逸れていった。


 その飛竜は、痛みに「ギャワー!」と叫んで必死に逃げていったが、速度に勝る回転翼機に追い付かれて頭を打ち抜かれてこれもきりもみ状態で落ちていった。これらの飛竜の死体は、開発地に近くに落ちて、伐採後の地点に落ちた最大のもののみが回収できた。


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